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『忌み地』と『赤い岩魚』(後編)

 周囲が白く塗り潰されてゆく。

 少年を中心に白い菌糸が広がるや、地面も樹木もベッタリと、白く変色した領域に変わってしまう。

「結界……!」

 あたしは囚われたらしい。


 白い菌糸はある程度まで範囲を広げると、今度は上空へと成長。頭上で互いに絡まりながら天蓋(てんがい)を閉じた。

「ケケケ、キミはここから出られない」

 白い子供――赤口(しゃっくう)がニタリと嗤う。

 気味の悪い子、可愛い夏樹とは大違い。


 白いシャツに白い半ズボン。髪も皮膚も白い。

 目玉と口だけが赤く光っている。

 どうやら赤口(しゃっくう)自身も、白い菌糸みたいな結界を纏うことで、身を護っているのだ。


「陰陽師ね」

「そうだよ。破れるか試してみてよ」

 挑戦的に首を傾け、右手を上に向けてクイクイと誘う。

 ふざけるな!

 こんなもの、消し飛ばしてやる。

「破ぁッ!」

 衝撃が広がらない!?

 周囲の白いウネウネに吸い込まれ、無効化されてしまっている。


「ほらね、無駄さ。キミではボクの戦闘結界『黴の棺(カビのひつぎ)』は破れない」


「くっ!?」

 あたしの『破』が……通じない。コイツは、


「ボクは『極六曜(きわみりくよう)』の一角さ。この意味……わかる?」


 遠野の結界を司る名家、宮郷(みやごう)の子。

 陰陽寮(おんみょうりょう)に属する陰陽師、それらの頂点に立つという『極六曜(きわみりくよう)』の一柱。

 極六曜(きわみりくよう)は古来より災厄クラスの怪異や妖怪と戦い、封じてきたという。

 別の極六曜(きわみりくよう)とは二度ほど遭遇したことがある。

 けれど里ではあたしに手出ししてこなかった。


 ――我らは互いに不干渉!

 ――見届けさせてもらうわ

 

 そう言ったのは確か、大安(たいあん)仏滅(ぶつめつ)と名乗った二人組だった。

 でも目の前のコイツ、赤口(しゃっくう)は違う考えの持ち主なのだろう。


「……ひとん()で好き勝手はさせない」


「今の君に出来るの? ボクは人間だよ」

「それがなによ」


「君が祓う(・・)ことを得意とする怪異でも妖怪でもない。キミの力は人間相手には通じない」

「……!」

 図星だった。

 確かに、あたしの力は人間には通じない。

 里に入り込む怪異、異形、妖怪の類いなら一撃だけど、人間には放てない。

 誰かを護りたいという気持ち。想いこそがあたしの力の源だから。


「確かに陰陽師(アンタ)相手だと不利かもね」

 コイツは一筋縄ではいかなさそう。

 気がつくと、じわりとあたしの履いていたスニーカーにも菌糸が侵食しはじめていた。蹴飛ばして踏みつける。


「ほら、だんだんキミも腐ってゆくよ」


「他人の領域(ナワバリ)で、勝手に気持ちの悪い結界をつくるのはマナー違反でしょ……!」


「気に入らないならどうぞ、破ってみなよ」

 どこまでも挑発的。

 自信があるんだ。

 絶対に破れない、という自信が。


 そもそも、あたしの行動はコイツに見透かされていた。ここを通り、宮郷の家に殴り込むと見越し、ここで待ち構えていたのだから。


「そうだ、聞きたいことがあるの」

「ケケ、なぁに?」

「川の主を使って、夏樹を祟らせたの?」

「すこし違う。流石のボクも祟りや障り(・・)は嫌だからね。法力が穢れて乱れるし……。だから佐藤くんを媒介に、夏樹くんにけしかけたのさ」

「同じことじゃないの!」

 あっさりと自分の犯行だと自白したに等しい。

 忌み地を流れる川で『赤い岩魚』を獲ろうと、友達をけしかけた。

 コイツのせいで夏樹は祟られた。いや、祟りが夏樹だけじゃなく、あたしや家族、佐藤くんにまで及んでも構わないと考えている。

 なんて卑劣……!

 自分の手は絶対に汚さない。

 自分だけは安全圏にいて、祟りだけを振り向けてきた。


「言っておくけど、仮にボクを倒せても、夏樹くんの祟りは消えないよ。あれは天罰のようなものだから。なぜか今は中和されているみたいだけど……じきに命が削られる」


 細い目を開き、唇を三日月のように曲げて嗤う。

 本当に不快で気持ち悪い。

 腕がぞわぞわする。

 手で左腕を(さす)ると、いつのまにか白い菌糸がまとわりついていた。思わず嫌悪感に駆られ、払い除ける。


「ふざけないで! 何のためにこんなことを! あたしや夏樹が何をしたっていうの!?」


「キミを形作る世界を壊し、弱らせるためさ」

「あたしの……世界って、何を言って……?」


「キミは……本気で言っているの? とぼけるなよ、人間の姿をした化け物のくせに」

 赤口(しゃっくう)は、白い仮面じみた顔に、驚いたという表情を浮かべながら言った。


「あたしは人間だ!」

「そう思い込んでいるだけさ」

「違う!」


 途端に、地面から白い触手が襲ってきた。あたしは身を屈めて避ける。

「アハハ! 運動神経もいいんだね」

 けれど背後から別の触手に絡みつかれた。足首を掴まれたことで、バランスを崩し地面に倒れた。

「くっ……!」

 咄嗟に掴まれた足の内側と左手から、タイミングを合わせて同時に『破』を放つ。

 バチン! とゴムが千切れるような音がして、白い触手が砕けた。

 あたしは素早く立ち上がり、クラウチングスタートみたいな姿勢をとる。


「驚いた、結界の術式を壊すなんて。やっぱりキミは並の化け物じゃない」


「だまれクソガキ! 深夜徘徊で警察に突き出してやる……!」


 あたしは地面を蹴って、ダッシュ。

 こうなったら体当たりをして直接『破』を叩き込む。コイツのカビ臭い結界さえ消えれば、本来ここはあたりのテリトリー。妖怪や怪異の力だって借りられる。

 けどガクン、と膝が折れ視界が傾いた。

 ――脚が!?

 さっき絡み付かれた足に激痛。みると血の気が失せ、白く変色していた。痛み混じりの痺れが広がってくる。

「あーあ、もうだめだね。キミの力は半減、身体もくずれちゃう」


「い……痛っ……!」

 どうしたらいいの。

 あたしは、こんなところで……倒れている場合じゃ……ないのに。

 痛みよりも、夏樹のことを助けられない悔しさと、不甲斐なさに涙が出てきた。


「ヒッヒヒ!? 泣いてるの!? 涙なんて流したふりをして」


「うるさい! っ……ぐ!?」

 右腕に白い触手が絡み付き、引き倒された。

 なんとか、顔をあげてクソガキを睨み付ける。


「ボクはね、人間のふりをしている怪異が……化け物が大嫌いなんだ! ボクのお父さんは、人間の姿をした妖怪に騙されて、殺されたんだ……!」

「……!」

 赤口(しゃっくう)の激しい剣幕に気圧される。


「他の極六曜(みんな)は、信じてみよう、様子をみよう……そんな事を言うけど、ボクはおまえなんか絶対に信用しない!」


 あたしは何も返す言葉が見つからなかった。

 白い子供の怒りと、深い嘆き。慟哭の叫びに、息を飲むばかり。

「だからって……あたしを……」


「うるさい! 正体を現せよ化け物! せっかく『地下のまる穴』まで呼び寄せたのに……! 異界から最強の怪物を召喚したのに……! おまえは……いったい何なんだ!?」


 地下のまる穴が、里の外れに封印されたのはコイツが裏で糸を引いていたからなのか。でも、今はそんなことどうでもいい。


「お願い……行かなきゃ……夏樹が……」

 手を伸ばしたけれど、指先が白くなりはじめていた。感覚が失われ、視界も徐々に暗くなる。


「昔……お父さんが言っていた。村外れの誰もいない廃寺に、怪異が棲みついたって。でも、そいつは人間に憧れ、人間になることを望む変わったヤツだ……って」


「……」


「そいつはやがて人間になるため、ボクら人間に害を為す他の怪異を倒し、喰らい、自らの力にした。やがて人間の姿を手に入れて、あろうことか人間のふりをしはじめた」


「それが、あたしだって……いうの?」


 白い子供が近づいてきた。

 あたしを冷たい目で見下ろし、

「そうだよ。忘れちゃった? 忘れたフリをしているだけでしょ。姿さえハッキリしない正体不明の化け物……。それがキミだよ」


「違う……!」

 叫んで、唇を噛んで涙をこらえる。


「どうして言いきれるの? キミは最初から一人でしょ。あそこには本当は誰もいない。無人の寺さ。妖力かなにかで家族ごっこをしているだけ。幻覚だよ」

「う……ぅ」

 腕が踏みつけられた。でも痛みなんてもう感じなかった。


「じゃぁキミのお母さんはいつからいるの? 夏樹……? 弟なんていつからいるの……? 理解不能だし……怖いよ」


 あたしは……冬羽。

 お母さんとお父さんがつけてくれた名前。

 弟の夏樹は……………………あれ?

 生まれたときに、病院で可愛いでしょ、って。弟だよって見せてくれた記憶は……?


「消えなよ。ひとりで」


 赤口の脚が持ち上がり頭を踏み砕こうとした、その時だった。


 ―――――っぁあああああああ……!


 叫びが聞こえてきた。


「……?」

 脚が止まる。

 視界の隅で、白い空間が人が全力で走る姿に歪み、そして破れた。

「――冬羽(とあ)ぁあああああああっ!」

 ハネト!?


「なっ!? ボクの結界を……外から破った!?」


「とあから……離れ……ろぁあああああっ!」


 跳ねた。

 それは見たことがないほどにアクティブなハネトの姿だった。

「ぐほぉ……っ!?」

 あたしの頭上を飛び越え、見事な飛び蹴りを赤口(しゃっくう)に叩き込んだ。

 どっ、と鈍い音がして白い子供は吹き飛んだ。


 ずしゃぁあっ、と着地するやハネトはあたしを抱き起こしてくれる。

「大丈夫か、冬羽(とあ)

「……ハネト?」


 そうだ、思い出した。

 あたしは……ひとりじゃない。


「俺がきたからには、もう大丈夫だ」

 最高にピンチのときに、最高に頼りになる幼なじみが。

「大丈夫……かな?」

 思わず苦笑する。


「げほっ……! おまえぇぁあ! 何しやがるぁああ!?」

 白い子供が怒り、喚き散らしながら起き上がった。

目は血走り、両手から白い光を揺らめかせている。

 だけど白い結界が、ほころび消えてゆく。あたしの手足の痺れも解けて元通りになる。


「結界が……」

「天狗の血を引いているからな、こんなもの、破れるさ」

「そ、そうなの?」


「半妖風情が……! 死にたいのかぁあ!」


 ハネトはあたしを起こすと、すっと身構えて赤口(しゃっくう)に向き直った。


冬羽(とあ)、ここは俺に任せて、夏樹くんとロリスのところへ戻れ」

「ハネト……!?」


「おちつけ。おまえは大事なことを見落としている。冷静になれば、答えはみつかる」


 メガネをはずし、シャツの胸ポケットに納める。


「……わかった!」


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 陰陽師の下劣で巧妙な策謀に掛かったとあ。 さしものとあも年貢の納め時なのか!? 追い込まれたとあでしたが、幼馴染が助けに来る熱い展開とは……。 後編という割に決着が着かなかったようですが……
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