『ざしきわらし』
◇
「ハートのエース……こっちかな? あ、また揃いました」
ロリスが畳の上のトランプを二枚、嬉しそうに拾い上げる。
「すごい! よく覚えてるわね」
「えへへ、こういうの得意みたいです」
「リス姉ぇ記憶力良すぎ!」
夏樹も記憶力はいいけれど、ロリスはそれ以上かも。
いつのまにかロリスは日本語も書けるようになってるし、持ち前の記憶力のよさが羨ましい。
エルフは綺麗だし頭もいい。数学は苦手みたいだけど、人間の上位互換というファンタジー設定そのまんま。
「ちょっとチートだよね」
「チート……?」
「なんでもない」
「ていうか、とあ姉ぇは記憶力ダメすぎじゃ?」
「うっさいわね!」
びし! と向かい側に座る弟に蹴りを入れる。
「暴力姉!」
「なにおー」
生意気にも蹴り返してきたので年甲斐もなく小競り合いが起きた。
とはいえ、神経衰弱を三回したけどロリスは負けなしだ。
あたしはトランプの裏側なんてどれも同じに見えるし(実際同じだけど)表側の数字や記号まで覚えていられない。
だから小学生にさえ負ける始末……。これじゃ姉としての威厳が保てない。
「こんどはページワンにしよう!」
「とあ姉ぇ……」
呆れ顔の弟はほっといて、全員のトランプを集め、畳の上でぐりぐりとシャッフルする。
「ページワン、確か、同じ手札を捨ててゆくルールですね」
「そう!」
ページワン。これは記憶力よりも手札を減らす駆け引きが物を言う。なによりも、神経衰弱をやった直後のページワンは早く勝敗がつくという罠。
フフフ、あたしってば策士。すでに勝負は始まっているのよ。
「半分運ゲーじゃん」
キッ! と夏樹を睨む。いちいちうるさい。まぁ確かに手札を配る順番と運は大事かもしんない。
いまの時刻は夜の7時半。
みんなで美味しいご飯を食べて、早めにお風呂に入ってスッキリさっぱり。テレビも飽きたので、冷たいサイダーを飲みながらトランプをすることになった。
夏樹は変な英語の書かれたTシャツにハーフパンツ。
ロリスは白いチュニックみたいな、ふわふわのワンピース。寝巻き代わりだけどこれがまた可愛い。
「じゃぁ僕が配る。とあ姉ぇがずるしないように」
「し、しないわよ!」
「だよねー」
あたしの考えを見透かしたように夏樹が笑う。日焼けした腕でトランプを集めると、素早く配り始めた。
いち、にぃ、さん、よん……と四ヶ所にトランプを配り、手札の山を築いてゆく。
「……まずは手札を整理して」
全て均等に配り終わったので、手札を揃え、同じ数字のカードを中央に捨ててゆく。
古い蛍光灯が照らす畳の上、四方向から手が伸びては、カードの山を作る。
「あれ……?」
ロリスがはた、と手を止めた。
「どしたの?」
「……なんでもないです」
「よーし、じゃぁ僕からいくね!」
ロリスの手元から二番手、夏樹が札を抜き取る。
スペードの3とハートの3、二枚のトランプが山札に加わる。
「今度はあたし」
わざとらしくつき出ている一枚がジョーカー、とみせかけて、その隣がジョーカーとみた。
夏樹の手札から突き出ている一枚を抜く。
……ジョーカーだった。
「っぷ! 親切に教えてあげてたのに」
「うっぐぐ!」
深読みしすぎた。策士、策に溺れるとはこのことか。
「はい、つぎ」
あたしは隣の子に手札を向ける。
「……」
白い手が伸びて、すっと躊躇いもなくクローバーの七を持っていった。
「ロリスのばんだよ」
「えっ? あ、はい……あれ?」
ロリスは隣の子から手札を一枚抜いた。運のいいことに三枚を捨てる。
それから順繰りにカードを引いては捨ててゆく。
あたしの手元にはスペードのキングとジョーカーが残った。
白い手の子が戸惑う。
「さぁどっちだ!?」
「…………」
あろうことか、キングが消えた。
あたしの手元にはジョーカーが残った。
「あわわ……!? 負けた!」
なんという運の悪さ、勝負運の無さ。完敗だ。
「僕が一番だね!」
「二番が……私です」
「ビリがあたしね、もーやめやめ!」
トランプタワーでも作ろうかしら。夏樹は飽きたのか、サイダーのお代わりをもらいに台所へ向かっていった。
「とあ、この部屋……三人だけでしたよね?」
トランプをちゃぶ台の上に並べていると、ロリスが小声で話しかけてきた。
「んー? だよねぇ」
「そうですよ! 私と冬羽と夏樹。なのに、四人でトランプしていました」
すこし困惑気味のロリス。
このままだと混乱して眠れないだろうから、種明かしをする。
「最初から四人いたよ。ただ見えなかったり、見えたりしたというか」
「……霊の類ですか?」
察しのいいロリス。当たらずともとおからず。
「うん、一緒にいたのは『ざしきわらし』っていう子供の精霊だよ。妖怪っていう人もいるけど、ちょっとちがうんだ」
「ザシキワラシ……?」
西洋だと「屋敷精霊」なんて呼ばれる存在。
このあたりの里では昔から家々を渡り歩く、子供の姿で目撃される。
「幸福をもたらすって云われてるんだよ」
「そうなのですか。確かに、怖い感じはしませんでした」
「あたしたちが楽しそうに遊んでいたから、出てきちゃったんだよ」
というか、あたしたちはそういうものを呼び寄せるパワーが強い。それに三人の配置が偶然、降霊術みたいになっていた。
だから姿を具現化、出てきやすかったんだと思う。
「大勢の親戚で集まると、子供が紛れていたり、一人増えていたり。そんな感じのことがあるの。人に交わりたい子なんだ」
「とあは……最初から気づいていたのですか?」
「ううん。正直、わからなかった」
「とあでも、気付かない?」
正直にいえば、ちょっとだけ違う。
ずっとわかっていた。
普段から見えているし、存在を感じている。
だから見分けがつかなかった。
お寺にいる普通の同居人だから、あまり気にさえしてもいない。
むしろ夏樹やロリスが見えていないことに、最初は気付けなかった。
そっか、もしかして……。
「あたしって、みんなと違うんだ……よね」
たまにふと不安になる。
寺生まれのあたしは、何者なのか。時々わからなくなる。ううん。本当は、たぶん、わからないことに気がつくのが怖いだけ。
だって、あたしは――――
「冬羽は私と同じです」
ロリスは迷うことなく言いきって、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「ロリス……ありがと」
襖の向こうにある和室。敷居という境界の向こう側。その暗がりからザシキワラシがじっと、あたしを見つめていた。
此岸と彼岸を隔てるものなんて、本当は何も無い。
また遊ぼうね。
<つづく>




