【幕間】皇国軍 VS 魔術師 VS 陰陽師
■■■
「ぐぉおッ……!?」
突如ドラゴンの翼が燃えあがり、さしもの巨頭ォの魔術師も悲鳴をあげた。
――指向性を持つ光、エネルギー兵器! 想像以上に進歩した機械文明ゆえの小癪な技よ!
弾道ミサイルを迎撃可能なメガワット級レーザー砲によって、竜の羽と尾が焼失した。
「おのれッ……! よくも人間ごときがッ!」
レプティリア・ティアウは重力に逆らい、飛翔するためにドラゴンに変身したわけではない。
人間にとって「竜」は太古よりの畏怖の対象だ。哺乳類の人類種がネズミ以下だった太古より、この惑星の支配者はは虫類型の大型生物、恐竜だった。ゆえに遺伝子に刷り込まれた恐怖そのもの。
数多の世界を渡り歩いたが進化のプロセス自体は変わらない。
だからレプティリア・ティアウは、人間の前でドラゴンに変化することを好んだ。
脆弱な人類種はドラゴンを見れば恐怖し、絶望し、抵抗する気力すら失う。ドラゴンに変化できる魔導師を畏怖し、崇め、命乞いをしながら泣き叫び死んでゆく。
今まで退屈しのぎに殺し、滅ぼしてきた数多の人間が、国々や世界がそうだったように。
実に愉快!
享楽とえもいわれぬ快感。
効果は絶大だった――はず……なのに、何故だ!?
なぜ我を怖れぬ……!?
地表に落下しながら魔導師――レプティリア・ティアウは「違和感」の正体に気がついた。
――儂の力が、失われておる!?
この世界に来てから感じていた重さ、辛さ、息苦しさ。重力井戸の底、濃密な泥で足掻くような感覚は、魔法の無い、物質世界の法則に囚われているが故か。
高次元からの自由エネルギーが存在しない。物質と言う檻にエネルギーが閉じ込められている。エネルギーを取り出すためには、物質同士を超高温高密度にして融合、あるいは分裂させる核反応を起こさせる以外に無い。
全てが凍りつく原子の冥府、絶対零度の静止世界に近い、地獄のような場所なのだと理解する。
「おのれ……ッ! あのエルフの小娘……! 儂を……ハメおったなぁああッ!」
罠にハメられたのだ。
豊穣なる異世界へ渡る手段として、指標として、エルフどもの魔法の力を利用してきた。
しかし、エルフの里の者たちは、あろうことか巫女の少女を地獄に送り込むことで、魔導師たちを誘導することに成功した。
ドラゴンの巨体が地表に叩きつけられた。
それと同時に、周囲で爆発が連鎖する。さながら火炎地獄のような業火がその身を焦がす。
「ばかな、何処から……ぐごッ!?」
金属の槍が水平線を掠めるように飛来。次の瞬間には炸裂し、鋭い金属の破片を撒き散らした。
激痛と衝撃は、結界が失われ機能していないことを意味していた。
■■■
「命中! 巡航ミサイル至近弾、効果あり!」
「VLS弾倉が空になるまで叩き込め!」
「目標地点の熱源に向け、射撃続行」
「……日本皇国軍には、陰陽寮の法術者が到着するまでの足止めをおねがいします」
白衣の陰陽師が静かにモニターを見守っていた。
「我々軍が殲滅、倒してしまっても構わぬのだろう?」
「……出来るのでしたら」
「ふん! 各艦艇! 巡航ミサイルによる攻撃を続行! 沿岸に近い艦は艦砲射撃開始!」
CIC――戦闘指揮所からの座標データリンクが、125ミリ主砲へと転送される。
「徹鋼弾装填、砲撃開始!」
ドラゴンの着落地点めがけ、あらゆる火力が投入されてゆく。
それは確実に異世界からきた魔導師を損耗させていった。
■■■
「ドラゴン形態が維持できぬ……!」
次元の重力傾斜の最下層、重力井戸の底で足掻く。ようやく見つけた理想郷「豊穣なる大地」に巣食う人類種は、魔法さえ使えぬ劣等種のはずだった。
「人類種ごときが……! このワシにッ!」
灼熱のブレスを放つが、破壊する兵器も、兵士も周囲には存在しない。すべてが遠隔による精密打撃。重金属の炸薬形成弾が次々と撃ち込まれる。
魔力に頼らない火力、百万近い魔王軍を壊滅させた力がこれほどまでとは……!
竜の肉体は肉片と血を散らし、本来の脆弱な灰色の小人へと戻ってゆく。
「……くっ! なんたる屈辱。だぁが、このままおめおめと殺られる儂ではないわ……!」
魔導師――レプティリア・ティアウは地面に手をつき、体内の魔力を注ぎ込んだ。世界に魔力の因子が無いのなら、体内に宿した魔素から組み上げればよいだけのこと。
ボコボコと地面が腐ったように泡立ち、氷柱のように泥の柱が起立する。
撃ち込まれてきたミサイルの構造を模倣し、土とそこに含まれる金属原子を再構成。この世界で通用する理屈に従って魔導武器を錬成したのだ。
錬金術にも精通した魔導師にとって、冷静になればこれぐらいのことは可能なことだ。
「ギヒヒ……! さぁ、ゆけ」
土の柱が崩れ、中から黒光りする禍々しいミサイル状の物体が姿を現した。先端のギョロ目を動かしながら炎を吹き出すや、異形の飛翔体が舞い上がった。
飛来する巡航ミサイルを迎え撃ち、空中で撃破する。砲弾も空中で防ぎながら、残った数本が沿岸まで接近していたフリゲート艦めがけて襲いかかる。
「巡航ミサイルが迎撃されました!」
「なにぃ!?」
「目標地点から飛翔体多数飛来! 小型の対空いえ、対鑑ミサイル……! CIWS起動、迎撃フェーズ!」
艦艇に備えられた自衛用兵装――CIWS(※近接防御用のバルカンファランクス)が自動で目標を捕捉。20ミリの弾丸を無数に排出し迎撃する。
しかし魔導師の放った槍は「ギョロ目」を動かしながら蛇のように飛び、弾幕をすり抜けた。
「いかん……! 総員、対ショック防御!」
フリゲート艦に命中、爆発炎上する。
「被弾! フリゲート『もがみ』大破!」
「おのれ、撃ち続けろ!」
「ダメです! 対地巡航ミサイル残弾ゼロ! 援軍到着までヒトマル!」
「くっ……!」
司令官が思わず椅子を叩きつけた。現有戦力での対応はここまでが限界だ。
「ヒャハハ! 脆いものよ、儂の魔眼で捉えたものは模倣できる……! さぁ次は魔導の艦隊を編成し、反撃するとしようかのぅ」
魔導師レプティリア・ティアウは、徐々に調子を取り戻しつつあった。永遠にも等しい時間を生きてきた魔導師は、魔法の世界ならば魔法で、物理の世界ならば物理で戦う術を身に付けていた。
故郷の惑星を滅ぼし、時間と空間、次元を越える術を知った。どれほどの星々を渡り歩いてきたのか。もはや覚えてもいなかった。
「さぁ、殺戮の悲鳴を、血の海を……!」
周囲の地面がボコボコと泡立った、その時だった。
空間が閉ざされた。
半球形状のドームが天蓋のように空を覆う。音と光が半減。薄暗く静まり返り地面には白いもやがたちこめた。
「ほぅ……? 結界のつもりか、ヒヒ、下らぬ」
武器での攻撃を諦めたのか?
先ほどまでとは違う……。
巨頭ォの魔導師は、余裕を装いつつ内心困惑する。魔法の無い世界で、未知の力による干渉を受けているのだ。
どこからともなく笛の音が聞こえてきた。
「天に召そうか」
「地で踊ろうか!」
シャン! と錫杖が打ち鳴らされる。
結界の向こうから、巫女と法師、二人の人間が姿を見せた。
「……この貧相な結界は、おまえらの仕業かぁ?」
魔導師レプティリア・ティアウが下卑た笑みをうかべ、十数メートルの距離を置いて対峙する。
「結界を張っているのは、仲間の先勝のヤローだ」
法師がふてぶてしい表情で、左手に持った錫杖で地面を突く。すると魔導師の周囲で泡立っていた毒の沼が一瞬で鎮まり、白い砂へと変わる。
「……ほぅ、我が魔導を拒絶しおるか。……何者だ? 名前だけは聞いておこう。虫けらども」
俄にレプティリア・ティアウが表情を引き締める。
「私は『極六曜』の大安」
横笛を吹く巫女が静かに口を開く。
「俺は『極六曜』の仏滅!」
戦闘法師『極六曜』――。
陰陽寮最強の名を冠する二人(と結界を展開した一人)が、異界から襲来した魔導師に対峙する。
「……笑止! ムシけらどもが、この儂に敵うとおもうてか!」
<つづく>




