表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/36

それは夏の夜の夢のように

「はあっ……! はぁっ、こんな……バカな!?」

 獅子頭の女妖怪ゼクメィトは、段々疲れてきた様子だった。

 炎の技を連続して使ったせいか、威力も徐々に落ちている。


「もうやめようよ」

「神と同格であるはずの……私が……!」


 神々しいまでの勢いと自信に満ちた態度はどこへやら。すっかり疲弊している。金色の(たてがみ)は輝きを失い、目はうつろ。両腕をダラリと下げて両肩で喘いでいる有様だ。


 これ以上の戦いは無意味だし、あたしはそもそも戦いなんて望んでいない。普通の女の子なんだから。


「私たちは……! 時空連続体……マルチユニバースの彼方から、偉大なる魔導師レプティリア・ティアウ様によって召喚され、肉の器を与えられた。すなわち神に等しい力を有する眷属として……。いくつもの国を、世界を滅ぼしてきた……。私の炎の拳の一撃は山を砕き、吐息は大地を溶岩の海に変えられる……! なのに、何故……!」

 自分の手に視線を向け、炎のゆらぎを握りつぶす。

 信じられない、理解できない。そういう感情が見て取れる。

 きっと彼女は本来、一撃で山ごと吹き飛ばせる力、世界を滅ぼせる程の力があったのだろう。だけど、そんなものは認めない。危ないもの。


「空を飛ぶ鳥がさ、水の中に落ちたらダメになるじゃん?」

 あたしは静かに語りかけた。

 最初に挑んできた黒髪のライオン頭の子と同じ。名前は確かネフェルトゥムだっけ。この人達は、ここがどこだかまるでわかっていない(・・・・・・・)んだ。


「力が……失われたと?」

「たぶんね、それと同じことだよ」

「君がやったのですか」

 ここにやってきた来た時点で、里の「習わし」に従ってもらう。それが道理なだけ。


「うーん、少し違うかも。スポーツのルールって、それぞれ違うじゃん? サッカーのプロ選手が野球場に来ても活躍できないのと同じっていうか。そんな感じだと思うけど」

 あたしは言葉を選んで説明した。うまく伝わらない気もしたけれど。ニュアンスは伝わったらしい。


「君の言って事は理解できない。だが、ルール……(ことわり)が異なる、と」

「そんなかんじかな」

 あたしはグーチョキパーをしながら、ライオン頭の女に近づいた。

 拳を握りしめ震えている彼女に、あたしは手のひらをむけて「パー」を出す。

「……?」

「これで、あたしの勝ち」

 ライオン顔の彼女は目をまたたかせた。

 ルールはあたしだから。

「ここでは、私は勝てない……と」


「あたしの友達のハネトもね、もとは強い天狗の一族だったんだ。あ……天狗っていうのは空を飛ぶ妖怪でね。暴れん坊で怖いやつだったの。でも、ここに来てからは大人しくて優しいの。普通の幼馴染になっちゃった」


「なるほど、そういうことか……。この世界は冥界に近い。有機物のスープ……泥の沼の底なのですね。私たちは、そこに引きずり込まれ神性を穢され……力を失っていた。それがこの世界のルールというわけですか」


「なんだかその言い方ひどくない? ここは住めば都。天国だよ!」

 あたしは両手を広げて微笑んだ。

 そう。

 住めば都、どこだって楽しく暮らせれば天国みたいなものじゃん。


「君は……何者だ?」


「あたしは冬羽(とあ)、この寺で生まれたの」


地球(テラ)生まれの……(ことわり)の子か」

 何か勝手に納得した様子だった。

「あたしだってアンタの言っていること、よくわかんないよ」


 ライオン頭の彼女は苦笑したみたいな仕草をすると、静かに南の空に視線を向けた。


「……もはや魔導師レプティリア・ティアウ様も滅せられてしまったようです。自らの力を過信し、圧倒的に進んだ物理と科学の文明に滅ぼされ……。いや、最後は何か魔法めいた法力によって。泥水に落ちた鳥は、存外に無力なもののようです」


「ふうん? 飛んでいったもう一人がボスだったんだね」

「この肉体も維持できまい。じきに消える」

 全身から光の粒子のようなものが立ち昇りはじめた。まるで昇天する寸前みたいな、そんな雰囲気で。

「人間だってみんないつか死ぬよ」

「そうですね」

 彼女はライオンの口元に笑みを浮かべ、手を差し出してきた。

 握手のような形で開いた手のひらを重ねる。熱いくらいの温度に驚きつつ、ぎゅっと握手して『破』を願う。


 彼女は爆散し、光の粒子となって消えた。


「またね」


 ホタルのような残光につぶやくと、静寂が戻ってきた。


 夜気と湿った風が頬を撫でる。

 気がつくと西の山で燃えていた火災も消えていた。赤いパトランプの明かりが明滅し、空をヘリコプターが旋回している。


「とあ……? あれ、ここで何を?」

 ロリスがきょとんとした表情で、庭先に立っていた。

 弟の夏樹が何かを思いついたように、

「とあ姉ぇ、花火」

 と言った。


「いいね! ロリスも花火しようよ!」

「おかーさん、花火どこー?」

 夏樹はやるき満々で寺の中に駆け戻ると、お母さんを呼んでいる。


「花火は、王都で夜空に打ち上げていたのをみたことがあります!」

「あはは、そんな大きなのじゃないよ。手持ちの小さなの」

「まぁ、そんなものが?」

 エルフの少女と庭先で待っていると、花火を手にした夏樹とお母さんがやってきた。


「火の始末はしっかりね、ナツとロリスに火傷させないように」


 すこし金髪気味に染めた髪をラフに結わえたお母さんが、バケツを突き出す。


「はーい」

「トアはお姉ちゃんなんだから」

 そう言い残すとエプロン姿のお母さんは戻っていった。

 もう、お母さんはうるさいんだから。


 それからあたしたちは三人で花火をした。

 あたしと夏樹はヘビ花火に大笑い。

 手持ち花火は可愛くて、ロリスはとても喜んでいる。

 エルフのエメラルド色の瞳に、花火がきらきらと映っている。それはまるで夏の夜の夢のように、とても儚くて綺麗だった。


「またしようね!」

「うん!」


 夏は明日も続くのだから。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 結局、魔導師レプティリア・ティアウ様は前話で滅んでいたのか……。 呆気ない最期に、合掌。(チーン) そして獅子顔の彼女も滅して、ロリスの記憶からも消えた!? のか?? 某賢者様の方は苦戦し…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ