それは夏の夜の夢のように
「はあっ……! はぁっ、こんな……バカな!?」
獅子頭の女妖怪ゼクメィトは、段々疲れてきた様子だった。
炎の技を連続して使ったせいか、威力も徐々に落ちている。
「もうやめようよ」
「神と同格であるはずの……私が……!」
神々しいまでの勢いと自信に満ちた態度はどこへやら。すっかり疲弊している。金色の鬣は輝きを失い、目はうつろ。両腕をダラリと下げて両肩で喘いでいる有様だ。
これ以上の戦いは無意味だし、あたしはそもそも戦いなんて望んでいない。普通の女の子なんだから。
「私たちは……! 時空連続体……マルチユニバースの彼方から、偉大なる魔導師レプティリア・ティアウ様によって召喚され、肉の器を与えられた。すなわち神に等しい力を有する眷属として……。いくつもの国を、世界を滅ぼしてきた……。私の炎の拳の一撃は山を砕き、吐息は大地を溶岩の海に変えられる……! なのに、何故……!」
自分の手に視線を向け、炎のゆらぎを握りつぶす。
信じられない、理解できない。そういう感情が見て取れる。
きっと彼女は本来、一撃で山ごと吹き飛ばせる力、世界を滅ぼせる程の力があったのだろう。だけど、そんなものは認めない。危ないもの。
「空を飛ぶ鳥がさ、水の中に落ちたらダメになるじゃん?」
あたしは静かに語りかけた。
最初に挑んできた黒髪のライオン頭の子と同じ。名前は確かネフェルトゥムだっけ。この人達は、ここがどこだかまるでわかっていないんだ。
「力が……失われたと?」
「たぶんね、それと同じことだよ」
「君がやったのですか」
ここにやってきた来た時点で、里の「習わし」に従ってもらう。それが道理なだけ。
「うーん、少し違うかも。スポーツのルールって、それぞれ違うじゃん? サッカーのプロ選手が野球場に来ても活躍できないのと同じっていうか。そんな感じだと思うけど」
あたしは言葉を選んで説明した。うまく伝わらない気もしたけれど。ニュアンスは伝わったらしい。
「君の言って事は理解できない。だが、ルール……理が異なる、と」
「そんなかんじかな」
あたしはグーチョキパーをしながら、ライオン頭の女に近づいた。
拳を握りしめ震えている彼女に、あたしは手のひらをむけて「パー」を出す。
「……?」
「これで、あたしの勝ち」
ライオン顔の彼女は目をまたたかせた。
ルールはあたしだから。
「ここでは、私は勝てない……と」
「あたしの友達のハネトもね、もとは強い天狗の一族だったんだ。あ……天狗っていうのは空を飛ぶ妖怪でね。暴れん坊で怖いやつだったの。でも、ここに来てからは大人しくて優しいの。普通の幼馴染になっちゃった」
「なるほど、そういうことか……。この世界は冥界に近い。有機物のスープ……泥の沼の底なのですね。私たちは、そこに引きずり込まれ神性を穢され……力を失っていた。それがこの世界のルールというわけですか」
「なんだかその言い方ひどくない? ここは住めば都。天国だよ!」
あたしは両手を広げて微笑んだ。
そう。
住めば都、どこだって楽しく暮らせれば天国みたいなものじゃん。
「君は……何者だ?」
「あたしは冬羽、この寺で生まれたの」
「地球生まれの……理の子か」
何か勝手に納得した様子だった。
「あたしだってアンタの言っていること、よくわかんないよ」
ライオン頭の彼女は苦笑したみたいな仕草をすると、静かに南の空に視線を向けた。
「……もはや魔導師レプティリア・ティアウ様も滅せられてしまったようです。自らの力を過信し、圧倒的に進んだ物理と科学の文明に滅ぼされ……。いや、最後は何か魔法めいた法力によって。泥水に落ちた鳥は、存外に無力なもののようです」
「ふうん? 飛んでいったもう一人がボスだったんだね」
「この肉体も維持できまい。じきに消える」
全身から光の粒子のようなものが立ち昇りはじめた。まるで昇天する寸前みたいな、そんな雰囲気で。
「人間だってみんないつか死ぬよ」
「そうですね」
彼女はライオンの口元に笑みを浮かべ、手を差し出してきた。
握手のような形で開いた手のひらを重ねる。熱いくらいの温度に驚きつつ、ぎゅっと握手して『破』を願う。
彼女は爆散し、光の粒子となって消えた。
「またね」
ホタルのような残光につぶやくと、静寂が戻ってきた。
夜気と湿った風が頬を撫でる。
気がつくと西の山で燃えていた火災も消えていた。赤いパトランプの明かりが明滅し、空をヘリコプターが旋回している。
「とあ……? あれ、ここで何を?」
ロリスがきょとんとした表情で、庭先に立っていた。
弟の夏樹が何かを思いついたように、
「とあ姉ぇ、花火」
と言った。
「いいね! ロリスも花火しようよ!」
「おかーさん、花火どこー?」
夏樹はやるき満々で寺の中に駆け戻ると、お母さんを呼んでいる。
「花火は、王都で夜空に打ち上げていたのをみたことがあります!」
「あはは、そんな大きなのじゃないよ。手持ちの小さなの」
「まぁ、そんなものが?」
エルフの少女と庭先で待っていると、花火を手にした夏樹とお母さんがやってきた。
「火の始末はしっかりね、ナツとロリスに火傷させないように」
すこし金髪気味に染めた髪をラフに結わえたお母さんが、バケツを突き出す。
「はーい」
「トアはお姉ちゃんなんだから」
そう言い残すとエプロン姿のお母さんは戻っていった。
もう、お母さんはうるさいんだから。
それからあたしたちは三人で花火をした。
あたしと夏樹はヘビ花火に大笑い。
手持ち花火は可愛くて、ロリスはとても喜んでいる。
エルフのエメラルド色の瞳に、花火がきらきらと映っている。それはまるで夏の夜の夢のように、とても儚くて綺麗だった。
「またしようね!」
「うん!」
夏は明日も続くのだから。
<つづく>




