帝都防衛戦線
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「早期警戒管制機(AWACS)より入電、宮城上空にて対象を捕捉!」
皇国軍の中枢、帝都市ヶ谷の地下施設。
統合作戦本部が慌ただしくなる。帝都方面総監を指揮官とするタスクフォースは、遠征打撃連隊を壊滅させた敵、異常な空中目標を追尾していた。
「レーダーと目視により確認! 対象は人型から大型の翼竜……ドラゴンへ形状変化!」
「なんだと!?」
「さらに増速! 時速1,000km/hを超え、亜音速に達します!」
「信じられん、生き物の出せる速度ではないぞ!」
北東北を鎮める結界領域『要』にて、異常な次元震が観測されてから数日――。
震源地とされた異次元へのゲートより出現したのは、三体の未確認生物たちだった。遠征打撃連隊の機甲部隊を壊滅させた三体は『ウィザード』と呼称された。
うち二体は『要』に留まり、結界を守護する免疫機構と交戦中。
しかしリーダー格と思われる一体が飛翔し、結界領域を突破。南南西へ進路をとり帝都へと向かっている。
「なんとしても阻止せねばならん!」
CP施設内の巨大ディスプレイに表示された日本地図の上では、仙台を通過した赤い輝点が刻々と南下していた。
追尾しているAWACSから送られてきた映像に、どよめきが起こる。
「バカな、まるで本物のドラゴンじゃないか!」
羽の生えた巨大トカゲが悠々と飛翔していた。全身がメタリックな鱗に覆われている。
「頭部から尾の先端まで、推定身長百メートル!」
「あんな怪物が亜音速で飛んでいるのか!」
「空力的には考えらません。何らかの未知の推進機関、あるいは重力を遮断する何らかの力場を形成しているものと推測されます」
技術士官が分析するも結論はでない。魔法使いの呼称通り、未知の力により飛行しているのだ。
「司令、仙台で大規模な火災発生中との報告が!」
緊迫の声とともに、炎上する市街地が映し出された。
「何らかの火器を使用されたものと推測されます」
「ドラゴンなのだから炎を吐いたというのか……!」
「飛行コース変わらず! このまま南下すれば埼玉の帝都最終防衛線に到るまで三十分!」
情報は錯綜し、作戦参謀の制服組の幹部たちが激しく意見を交わす。
そこへ一人の男がやってきた。
戦闘指揮所には場違いな、純白の法衣を身に着けている。まるで平安絵巻から抜け出してきたような容姿の男に、幹部たちが一斉に敬礼する。
「……我ら陰陽寮の戦闘法師が、福島の海岸部にて陣を展開します」
白手袋の甲の部分には『五芒星』が描かれている。陰陽寮の戦闘法師を束ねし、上位陰陽師。鋭い眼光でスクリーンに映る竜を睨めつける。
「総力をあげ福島上空で迎撃、地上に叩き落とせ!」
指揮官の帝都方面総監は頷き、指示を下す。
「皇国空軍より入電! 松島よりスクランブルした迎撃機、追いつきます」
ドラゴンに急速に接近する二つの青い輝点があった。
松島より飛び立った皇国空軍の最新鋭『F-3』ステルス戦闘機だ。
「二機だけか。海軍の巡洋艦と連携するよう、目標を追い込めるか?」
福島沖の太平洋沿岸に青い光がもうひとつ、巡洋艦『みょうこう』が最大戦速で向かっていた。
ドラゴンを後方から戦闘機が追いたて、海上にて巡洋艦が迎え撃つ布陣となる。
「福島の海岸上空を狙撃地点とする!」
『――CP(※Command Post=指揮所)、こちらアタッカーワン、目標を捉えた。AAM(空対空ミサイル)射程内、指示を!』
「射撃を許可する。ドラゴンを叩き落とせ!」
『アタッカーワン、了解! ターゲット、ロックオン!』
「攻撃開始」
『アタッカーワン、FOX3!』
(※「FOX3」はアクティブレーダー誘導式の空対空ミサイル発射を意味するコード)
『アッカーツー、FOX3!』
二機のF-3は復唱しつつ、ミサイルを発射。
全員が固唾を呑んで見守るなか、二発の空対空ミサイルが、赤い輝点へと迫ってゆく。
「3、2、1……着弾!」
「命中! 二発とも直撃です!」
おぉ! と歓声があがる。
「やったか!?」
ドラゴンにミサイルが命中した。しかし――
『こちらAWACS! 目標は健在! 空対空弾効果なし! なおも飛行中! 着弾直前に自壊し爆破、効果が届いていません!』
「な、なにぃ!?」
「ミサイルが届かんのか!」
『シールドです、ドラゴンの周囲に不可視のシールドが展開されています!』
「防御結界。ヤツに物理攻撃は通じません。この世界の外側から来たがゆえ、魔法のようなものを行使する存在のようです」
「魔法……! 機甲部隊を全滅させた力か」
「えぇ。しかし今ので、ヤツの気は引けたようです」
陰陽寮の法師が目を細める。ドラゴンが進路を変えたのだ。
「目標、転進! 戦闘機を追い、急速にターン! 南南東へ……海岸部に近づきます!」
「よし! いいぞ『みょうこう』から百キロ圏内まで引き寄せろ!」
「各機、武器使用の制限を解除!」
「残弾すべてを叩き込め込め!」
『アタッカーワン、了解! 至近弾を叩き込む!』
迎撃機は二手に分かれ旋回。
高機動を誇る空対空ミサイルを更にドラゴンへと叩き込む。
シールドに阻まれ効果はないが、命中することでドラゴンの気を引き、進路を沿岸部へと誘うことに成功する。
だが、
『緊急事態! こちらアタッカーツー! 機器異常ッ! 敵の強力な電磁妨――』
「二番機ロスト!」
青い輝点が消滅した。
『くそっ! 目標は未知の対空兵器を……うあっ!』
「二番機に続き、一番機も撃墜されました!」
「各機パイロット、緊急脱出を確認!」
「だが、チェックメイトだ!」
司令官が拳を握りしめ、叫んだ。
海上の巡洋艦が待ち構えている空域への誘導が成功していた。
『――こちら『みょうこう』! イージスシステムにて目標を捕捉! 主砲充填完了、データリンクよし! 対弾道弾迎撃レーザー砲、最大出力! 照射……始め!』
百キロ離れた海上から光学兵器が放たれた。
レーザー砲の輝きが大気を一瞬でプラズマ化。一条の赤い光となってドラゴンを射抜いた。
『目標に命中! シールド貫通! 赤外線映像にて翼と尾の破壊を確認!』
成層圏から極超音速で飛来する弾道ミサイルを迎撃するための切り札――超高出力の収束型ルビー・イットリウムレーザー砲にとって、鈍重なドラゴンを熱破壊するなど造作もなかった。
「ドラゴン炎上! 落下してゆきます!」
「おおっ!」
「流石は艦載型の壱六式レーザー砲だ!」
CPが大歓声に包まれた。
「正確な位置を計測、地上部隊を向かわせろ!」
「……ご苦労さまです。あとは我々が」
陰陽寮の法師が白手袋のまま印を結ぶや、モニターの一部が黒い円で覆われた。
衛星画像やAWACSのレーダーから遮断されるほど、強力な戦闘結界が展開された。現地に急行していた戦闘法師たちが、ドラゴンを捕縛――。
「殲滅させていただきます」
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「――レプティリア・ティアウ様……!?」
ライオン頭の彼女が、不意に攻撃を止めた。
南の空を眺め、息を飲んだように見えた。
「……?」
「まさか。そんな……あのお方が……」
自称、神の化身という彼女の名はゼクメィト。この里に土足でズカズカと侵略してきた迷惑なヤツ。
――私の炎の吐息は一瞬で鉄をも溶かし、全てを灰にする!
なんて息巻いていたくせに、残念。
あたしの結界領域ではその程度の力は意味を成さない。承認されない力、皆が受け入れない事象は否定されてしまうのだから。
「どうでもいいけど、まだやる気?」
あたしは飽きてきた。この騒ぎを終わらせて、お風呂に入って寝たい。
そして明日の朝には全てのものが元通り。いつもの、なんでもない夏の一日を始めたい。
「おのれ……! 人間ごときが!」
「それ、強めの妖怪はよく言うよね」
ゼクメィトが繰り出した火焔は、まるでレーザー光線のように鋭く熱い。
一撃で鉄の車(おそらく戦車)を溶断し破壊したらしい。
だけど、無意味。ここでは「お呼びでない」力は否定される。
「ばかな、私の極大、数億度の炎を……きゃあっ!?」
黒い渦が炎を吸い込んで膨れ上がった。そのままライオン顔の自称女神にビタビタと張り付いて、しつこく付きまとう。
「ほら言わんこっちゃない」
やってるのはあたしじゃない。
この山に住まう謎の存在『ブチブクレ』たち。今やぱんぱんに膨らんだ黒い球体が音もなく、そこらじゅうを転がりまわっている。
あの女が炎を放つたびにブチブクレが吸い込んで、膨れ上がる。そして少しずつ力を奪ってゆく。
ブチブクレの存在は意味不明。けれど水を激しくかき混ぜると水面に発生する泡に似ている気がする。
静かにしていればなにもおこらない。過剰な力、エネルギーに反応して吸収、還元しているのだろう。
「こんな、こんなバカな!?」
激昂したゼクメィトが、たてがみを振り乱しながら突っ込んできた。
あたしは『くねくね』の式神の力を解放、相手の認識をズラしながら巧みに避けまくる。
「よっ、はっ」
「ぬ、おおおっ!? 人の……分際で! 神の拳を……!」
まるでバトルアニメのワンシーン。無数の連打をあたしは華麗に避けて見せる。
炎をまとった拳も、蹴りも届かない……というか、そもそも明後日の方向を殴っているんだけどね。
「とあ……!」
「とあ姉ぇ、やるじゃん!」
「はあっ……! はあ……! ばかな、こんな」
「そろそろ『破』しちゃおうか」
<つづく>




