次元渡りの者ども ~異界からの侵略~
◇
地面が揺れ、地鳴りがした。
闇夜だというのに烏が啼き、混乱している。
「とあ……!」
「ロリス、ちょっと外を見てくる」
山の向こうで不穏な気配がした。
サンダルをつっかけて外に飛び出すと、青白い閃光が西の山並みの向こうで弾けた。夜空に浮かぶ薄雲が不穏な青紫色に染まる。
「とあ、あの方角は」
「また『まる穴』で何かが起こっている」
遠雷のような光に遅れて、腹に響く衝撃音が連続して聞こえてきた。
そこは西にある忌み山、陰陽寮が『地下のまる穴』を封印した場所だ。
結界との境界領域。不安定な場所に陰陽寮の連中はやっかいなものを封印した。
京都や東京といった霊的な中枢から離れた東北。古来より蝦夷や鬼門の方角と云われたここは、連中にとって臭い物に蓋するには丁度いいのだろう。
でも大切な友人となったロリスは、その『まる穴』を通ってここへ来た。
そして余計なことに彼女を追って芋虫怪人までもが出現した。
「これは何の音ですか?」
ロリスが不安げに山の向こうに視線を向けた。
別の音が聞こえる。ジェット機のエンジン音、爆発音だ。
「武器……戦闘が行われているんだ!」
■■■
「次元振動増大!」
「ゲートより未知のエネルギー反応!」
露天掘りされた『地下のまる穴』周辺が慌ただしくなった。青白く光る『ゲート』を囲むように陣地展開していた日本皇国軍は、戦闘車両の陣形転換を急ぐ。
「10式戦車小隊を前面展開! 高出力マイクロ波車両後方へ!」
重装甲の戦車がキャタピラ音を響かせながら壁を作り、その背後ではメーザー戦闘車両がアンテナを持ち上げた。
「ゲート境界面不確定性増大、崩壊します!」
青白いゲートが波打ち、まばゆい光を放った。
「強力な電磁攻撃!? レーダー及び各種センサー、ダウン!」
まるで恒星を思わせる熱と光に、兵士たちは後退し周辺の装甲車両群へ退避する。
「戦車隊! 火力をゲート正面に集中!」
「10式戦車砲撃手、手動で狙え!」
「――撃てェ!」
44口径120mm滑腔砲が火を吹いた。
放たれた砲弾が波打つゲートの境界面に吸い込まれた。わずかに遅れて轟音と衝撃、激しい揺らぎとなって炸裂する。
「着弾!」
「やったか!?」
「ゲート内は観測不可能領域です、着弾による効果観測ちゅ――ぁ?」
戦車の前面装甲が赤く赤熱し、オレンジ色から黄色へと変色。装甲がアメ細工のように溶け、内側から激しい爆発を起こし砲口が吹き飛んだ。
それは瞬く間の出来事だった。
『直撃弾! 二号車大破!』
『ゲートのむこうから狙われてる! 各車配置転換を急――』
ジィ……ッ! と白い光が戦車の前面装甲を舐めるように通過。瞬時に二両の戦車が赤熱し、装甲が溶解、あっという間に二両の戦車が爆発する。
『なっ、なにぃいいい!?』
「ここが……」
「地球?」
ゆらぐゲートの向こうから、ライオンの顔をした二人の男女がゆっくりと歩み出てきた。古代エジプトの神々を思わせる姿に兵士たちは息を飲んだ。半裸の侵入者たちは立ち止まり、静かに周囲を見回す。
「随分と騒がしい」
「見たこともない武器だけど」
「ついに見つけたぞ、こきが人間どもの巣じゃ」
二人からやや遅れ、巨大な頭の小人も出現した。グレーの肌に巨大な頭、不釣り合いな黒い眼球。ローブのような銀色の衣を纏い、手には金属の杖を持っている。
『観測班より各位! 敵影を視認、人間型三体!』
『攻撃! 各車両、発砲せよ!』
装甲車が30ミリチェインガンを叩き込み、メーサー戦闘車両が致死性の電磁波を浴びせかける。
だが、物理攻撃は見えない壁により阻まれ、指向性エネルギー攻撃はライオン頭の一人が出現させた赤い球体へと吸い込まれてしまう。
「地球文明とはこの程度か……?」
「多少は複雑になっているみたいだけど、原始人と変わらないじゃん」
「先手を打たれ魔物は滅びましたが、私達には通じぬ」
「金属とセラミックの塊だ」
少年のようなライオン頭が右手を一閃すると、緑色のしなやかな刃が放たれた。命中した戦闘車両はひしゃげて潰れ、爆散してゆく。
兵士たちが慌てて逃げ出すが被害は甚大だ。
『本部! 至急! 支援攻撃を要請! 本部!』
『出現した三体は別格の戦闘力を有しています……! わが隊の現有戦力では、対応は困難ッ!』
がなりたてていた前線の無線通信はやがて沈黙、防衛陣地は瓦解した。
■■
「ぬしらは次元羅針……エルフの小娘を奪取せよ。あやつを贄とすれば、ここより彼方……新たなる世界への扉が開けようぞ」
巨頭ォの魔導師、レプティリア・ティアウが黒い目を細めた。
すでに超感覚でロリスの居場所はわかっている。特別な力を有する魔法世界の特異点。彼女は今、小高い山の中腹の寺院のような建物に身を寄せている。
「僕ら二人で?」
黒毛のライオン少年神、ネフェルトゥムが怪訝そうに傍らにいる母の顔を見た。
「そのようなこと私ひとりで十分かと」
黄金色の獅子頭の半神美女、ゼクメィトが進言。炎の吐息を漏らす。
「……守護三神が一柱、ラマシュトゥを葬った相手がおる」
しわがれた声でレプティリア・ティアウが言葉を発するや、ライオン頭の親子は顔を見合わせた。
「「御意」」
「ふむ、その間にワシはこの人間の国の中枢を……滅するとしよう」
巨頭ォの魔術師は一直線に上昇、銀色の流星となって、南へと飛翔していった。
「緑の芋虫なんて、どうでもいいけど」
「神と同等の存在たる我ら、守護三神を倒しうる存在には興味があります」
ネフェルトゥムとゼクメィトは足場の空間を歪ませると、まるで散歩でもするような足取りで悠々と空中を進みだした。
<つづく>
激突必至、以下次号――!




