美少女エルフ拾いました
『◇』マークは「冬羽の目線」となります★
◇
あたし――冬羽は、エルフの少女を拾ってしまった。
夏の風物詩、現代妖怪『くねくね』にやられ、田んぼで倒れていた。そのまま放置するわけにもいかないんだし、仕方ないよね。
「それにしても、どう見ても異世界ファンタジーの住人よね、この子」
意識が朦朧としているのをいいことに、ついまじまじと観察してしまう。
尖った耳は触れるとプリプリとした弾力があって、人間やに似た感触がした。耳にはイヤリングをつけている。さらさらの緑色がかった銀髪は、顎のあたりで切り揃えたショートボブ。エメラルドグリーンの瞳はとても綺麗。肌は色白で北欧系っぽい整った顔立ちの美少女だ。
「……星だぁ……?」
ちょっと変なことを言っているのは『くねくね』の影響ね。
服装はアイヌを連想する民族衣裳、弓矢の装備と腰にぶら下げたナイフが『森の狩人』って感じがする。
膨らみかけた胸、細身なのに太ももと胸はむちっとした肉感で、年頃は中学生ぐらいかしら。
「これはめっけもんね、ぐへへ……」
あたしは花も恥じらう女子高生ということも忘れ、ついゲス顔になってしまった。
「って、いけない! そんな場合じゃないよ!?」
はっと我に返る。
あたしまで『くねくね』の毒気にあてられていたのかも。ぱんぱんと自分の頬を叩き、清純な女子高生の顔に戻す。
「……ここ、どこですかぁ……?」
小柄なエルフ少女は虚ろな目付きで、田んぼの稲の間に座り込んで空を見上げている。なんとか肩を貸して立たせ、田んぼの外へと連れ出す。
「歩ける?」
「……あはは、大きい! あれ彗星かな……?」
精神崩壊したカミーユみたいな事をつぶやいている。
「ちょ、ちょっと大丈夫? 気を確かに」
きっと『くねくね』が珍しくてガン見したのだろう。重症だ。
これは早急に寺に連れ帰り、浄化する必要がありそうね。
「ふんぬ!」
気合を入れて女の子を「おんぶ」して、未舗装の農道を歩き出す。
小柄な女の子でも背負うと結構重い。
田んぼ脇の小道を、大股でどすどすと進んでゆく。小高い山の中腹に見えるお寺『岡板寺』があたしの家だ。無医村だった当時、あたしは病院ではなく寺で産まれたらしい。
「うぅ、暑い……重い」
午後三時の日差しは強烈で、ジージーとセミの声が暑苦しい。道端の苔むした道祖神が、じっとあたしたちを見つめていた。
地面の熱気で大気が揺らいでいる。こんなんじゃまた『くねくね』がリポップしちゃう。
「……暑苦しいよぉ、ここから、出たいよぅ」
「はいはい、家まで我慢してね」
エルフ少女はうわ言をつぶやいている。
あたしは背負ったエルフ少女の体温と共に、胸の膨らみを感じていた。小柄なくせに、もしやあたしより大きいんじゃね……?
「むふぅ……」
おまけに汗の香りが甘い! 柑橘のような甘酸っぱさのある爽やかさ。香水? いや違う。生き物の汗なのに、種族が違うせい……? すんすん。あぁ良い匂い。
男子だったら欲情しかねない。ふぅ危ない、見つけたのがあたしで良かった。
その時、一台の軽トラが横を過ぎて減速した。
「――冬羽? 何してるん?」
小馬鹿にしたような、面白がっているような声がした。
「あ……?」
視線を向けると、軽トラの荷台に誰かが乗っている。
特徴のない髪型、同じ高校の制服の男子。
インテリメガネのレンズが陽光をキラリと反射する。
「なんだ、ハネトじゃん」
「なんだとはなんだ」
停車した軽トラの荷台で仁王立ちしたのは、鹿角ハネトだった。
あたしの幼馴染。家が近所というか、いろいろあって幼稚園の頃から高校まで一緒という腐れ縁。
「ちょうどよかった、家まで乗せてよ」
「そのつもりで声をかけたんだが」
「声掛け不審者なら殴るとこだった」
「俺の声を忘れるか?」
ぶっきらぼうに言って不満げに口を尖らせた。あたしと帰りたいって言えばいいのに。素直じゃない奴め。
ハネトは紺色のスラックスに白い半袖シャツ。赤地に縞模様のネクタイ。同じ高校の夏服だ。
家が近所というだけで、別にそれだけなんだけど。あたしにとっては気楽な友達だ。いろいろと相談できるし、頼める。とても便利な相棒といったところ。
ハネトはあたしの背中で首をぐらぐらさせている女の子に気がついた。
「今日も人助けか?」
「ま、そんなとこ」
「流石、寺生まれのTちゃん……だな」
「その二つ名、アンタが流行らせたんでしょ!」
ハネトはフッと微笑んでニヒルを気取り、運転席のおじいちゃんに話しかけた。寺まで運ぶから……とかなんとか聞こえてきた。
「その子、熱中症? 荷台に乗せるけど、病院のほうがいいんじゃね?」
「ううん家にいく。なんか『くねくね』にやられたみたいで」
「なるほど、仕方な…………なぁッはぁ!? エ、エルフじゃね!?」
ハネトが気がついた。目をひんむいて、エルフぅううう!? と狂喜じみた叫びをあげている。
「ウザイ、狂うな」
興奮気味にメガネをくいっくいっ! と激しく動かしている。
「うそだろ、マジか!? え!? コスプレ? 本物のエルフ族?」
「落ち着きなさいよ、変態」
「どこで拉致った!? それとも森で見つけたのか!?」
「田んぼで拾ったの」
「イナゴやカエルじゃあるまいし……! くそ、羨ましいヤツめ!」
何が羨ましいのか。まぁ可愛いけれど面倒ごとの後片付けみたいなものだけど。しかしハネトはいったいなんで興奮しているのか。
こういう手合いに見つかっていたら、拉致監禁されちゃっていただろう。あぁ怖い。
「……あのさ、キモいから」
「おっとすまん。で、その子は……異世界から来たのか?」
「かもね」
ハネトは興奮しつつも、すんなりと状況を受け入れてくれた。
流石というかなんというか。
まぁハネト自身、古典妖怪の血を引く家系なので今さらだ。
この里はいろいろなものが交錯する。
世界が重なりあう場所なのか、昔から妖怪が普通に出没する。だからエルフだって迷い込んでもおかしくない。
「ま、まず乗せよう」
ひょいっとハネトがエルフ娘をお姫様抱っこし、軽々と荷台に乗せてくれた。荷台には荷物を保護するボロ毛布が積んであったのでそれに寝かす。
「軽いな」
「変なとこ触らないでよ」
悪態をつくあたしに、ハネトは手を差しのべる。ついでに、あたしの手も引っ張て、荷台に乗せてくれた。
「従姉妹らと変わらんだろ」
「あ、ありがと」
ハネトはヒョロガリのインテリメガネに見えるけど、実は結構パワーがある。
なぜならハネトは古典妖怪『天狗』の血を引いているのだ。日本を支配する有名な八天狗、なかでも飯綱三郎の子孫……の子孫、そのまた従兄弟……。ぐらいの薄い血筋らしい。
ピンチになると『管狐』を使役、平均的な高校生より、若干ジャンプ力もあるらしい。実力のほどはさておき、中学2年の頃は「俺の中に封印されし血が覚醒する……!」だの「光の翼を得た、飛べる!」と言っては屋上から「アイキャン……フライ!」と飛ぼうとして制止されたこともある。
「しかし、冬羽は面白いな」
「アンタに言われたかないわよ」
軽トラはゴトゴトと農道を進み、あっというまにウチの寺へと運んでくれた。
ハネトとおじいちゃんに礼を言い、エルフっ娘を背負って寺の敷地へと入る。
振り返るとハネトがもの惜しげな目でじーっと見ていたけれど、危ないので寺へは入れない。
「じゃぁまた明日ね!」
「お、おぅ……」
お寺の本堂脇に居住スペースへと至る玄関がある。鍵はかかっていない。カラカラと開けるとひんやりと冷たい空気にホッとする。
「ただいまー! 誰かいるー?」
<つづく>