新たなる結界少女と『白いひと』
バスに揺られること三十分。
森に囲まれた山間の風景から、次第に開けた平野部へと変わる。
結界を離れると、あたしは少しだけ不安になる。
高校への通学路。通いなれた道なのに。
巣穴から出たイタチ、繭から出た蛾も、こんな気持ちなのかもしれない。
「わぁ……! 可愛いお家がいっぱい! 車もいろいろな形や色があるんですね……!」
「うんうん、新鮮な景色だよねー」
あたしはロリスの感動に寄り添いながら、車窓ごしの風景に目を細める。彼女の目に映るものは、何もかもが新鮮で楽しそう。それがあたしも嬉しい。
いつしか民家の密度が増し、市街地が近くなる。それでも田んぼと畑、なだらかな丘陵が織り成す風景は夏の田舎そのものだ。
「とあ、あの小さなお家は?」
「あれは稲の神様のお社だよ」
田んぼの中に、まるで浮かぶ小島のような社が見える。
「金色の仏さまが入っているのですか?」
「中は……今は留守みたい。信仰だけが残っているのかも」
「この世界には、いろいろな神様がいらっしゃるのですね」
神妙な横顔のエルフ。あぁ睫が長くてうらやましい。
「フフ、日本は八百万の神様が住まう国! あちこちに神様がおわす。あそこで奉っている稲荷さまは、稲の穂が出る頃に鳴る雷と関係があってだな――」
ハネトが後ろの席からウンチクを披露するけれど、あたしたちは聞いちゃいなかった。
「冬羽、あれは?」
道路と並行して流れる小川がキラキラと太陽の光で眩しい。そのせせらぎの中で、泳いでいる大きな影が見えた。波紋とともに水面から顔を出したのは、緑色のカエルじみた人型の生き物だ。
「河童だな」
ハネトの声が聞こえてきた。こっちの話を聞いてるらしい。
「まぁ、半魚人ですか?」
「ロリスにも見えるんだね。それ系だね」
ヌメヌメした子供みたいな体。背中の甲羅と頭のお皿が特徴的。季節がら、結構町に近い川でも泳いでいるみたい。
「あれ、冬羽が追い払った里の河童じゃないか?」
「かもね。馬を溺れさせようとした悪い子。お仕置きしただけだもん。そのうち戻ってくるわよ」
河童――。
水棲の半妖怪。日本中の川に普通に生息。けれど近年は環境汚染や開発の関係で激減しているとか。
実は現世と幻界の狭間を行き来するタイプ。故に波長の合わない人だと見えないらしい。それはテレビを賑わすツチノコやUFOなんかも同じ理屈。
人によって見えたり見えなかったりするっぽい。
バスはいよいよ中へと至り、市街地へ。目指すショッピングセンターもすぐそこだ。
『――次は市役所通り一丁目――』
アナウンスが流れる。
「ロリス、そのボタンを押すことを譲るわ!」
「こ、これですか?」
「おぉ今ならチャンス」
ハネトの言うとおり他の乗客たちは降車ボタンを押す気配がない。どうせ誰かが押すだろう、というか確実に停車するバス停だからか。
「よろしいのですか? えいっ」
ピンポーン♪ と音が鳴り、ロリスが「ひゃっ!?」と縮こまる。バスはゆっくりと減速、停止する。
「子供の頃は取り合いだったわよね!」
「他の子と争っていたのはおまえだけだ……」
ハネトが似合わない予備のメガネをスチャリと直す。
ついたのは町で一番のショッピングセンター。イオン系列の「とぴあ」だ。
「お、お城ですか!?」
「言うと思った(笑)」
大抵のものは揃うけれど、近年は客足が減少しているらしい。今日はまぁまぁ家族連れや高齢者で混んでいる感じ。寂れた感じもあたしは好きだけど。
「ほぉわ……ぁ!?」
ロリスは並んだお店と、吹き抜けのフロア、溢れる品物に感激し、楽しそうに見回している。
あたしの腕にぎゅっとしがみついて、可愛いったらありゃしない。
「疲れたら休息もできるからね」
「は、はひ……」
最初からあちこち見学していると、ロリスが目を回しそう。
「最初にスマホ、選んじゃおうよ。服とかメガネはそのあとで」
「賛成だ。どうせなら最新機種をいただこう」
「スマホ、私にも使えるでしょうか……」
「大丈夫! あたしのを使えたでしょ、ロリス専用のスマホがあれば、離れてもすぐに連絡もつくし」
「魔法よりもずっと便利なものですね……!」
最近、ロリスには家でいろいろな「文明の利器」に触れさせる機会を増やしている。ドライヤーやテレビなどの家電製品はもちろん、スマホや寺にあるパソコンなどなど。
賢いロリスは「機械」イコール「魔法仕掛けのカラクリ」と理解したらしく、流石に毎回機械に向かってお辞儀したり、感謝の祈りを捧げたりすることはしなくなった。
まずは一階のスマホ売場。各社が混在している販売センターみたいな一角だ。
陰陽寮の情報将校さんがくれた交換チケットを受付で見せた。すると店の責任者みたいな人がすっ飛んできて「お好きな機種をどうぞ!」と笑顔で言ってくれた。
「国家権力恐るべしね」
「大門さんたちも、早速新車と猟銃を買ったらしいからな」
店員さんの案内で順番に好きな機種を選んで、手続きをする。小一時間ほどで三人分の新品スマホが入手完了! 早速使える状態になった。
「おぉ……! 嬉しいっ!」
赤いボディの最新型。扶桑マーク入りの純国産。
「つるつる、ぴかぴか、よい手触りです」
ロリスは大事そうにスマホを持ち、感触を確かめている。
「よ、よし……仕方ない。ためしに二人の連絡先を登録させてもうぞ」
「えー」
「えーとはなんだ!?」
ハネトは早速あたしたちの連絡先を登録したがっている。仕方ないヤツめ。
「さぁ次はハネトはメガネ。あたしたちはロリスの制服と、服の買い出し!」
「うむ一時間後ぐらいにフードコートでいいか」
「そだね、じゃぁね!」
あたしたちはハネトと分かれ、二人でショッピングを楽しむことにした。
ちなみに、ロリスのエルフ耳は流石に目立った。ちらちらとすれ違う人が見てしまう。スマホ売場では何も言われなかったけれど、視線は気になった。
「……この世界は人族だけなので、仕方ありません」
「エルフ耳可愛いのに! 獣耳とかも!」
そこで、あたしがお手洗いで『くねくね』を粉にして、ロリスの両耳に塗ってみた。
認識を撹乱して、存在を希釈する。すると効果はてきめんで、その後は誰も気にしなくなった。
あとは店でウィンドゥショッピング。いろんな品物を見て、ロリスと手にとって眺め、微笑みあう。
お買い物にも慣れてきたようで、純粋に楽しい、ロリスのそんな気持ちが伝わってくる。
「なにか飲もっか」
「そうですね」
昼近くになり人も増えてきた。
と、その時だった。人混みの喧騒のなか、はっと目についた人物がいた。
白い人――?
全身が真っ白な人間、という印象がした。
よくみると普通に歩いている、二人組の女の子だった。あたしやロリスよりすこし幼い、中学生ぐらいの年格好の。
「あのお方……」
ロリスが気がついた。
「同類……かな」
白い、と感じていたのは二人組のうちの一人。
よくみると普通の地味目な少女で、髪も目も黒いのに、まるで銀光のような白いオーラを纏っている。
不思議な感じ……。柔らかい繭のような、まるで歩く結界のよう。
向こうもこちらを見た。
白い子と腕を組んで歩いている、スラリと背の高い子が睨んできた。
栗色のさらさら髪の少女の、射すような視線があたしを捉えた。
「――ふむ?」
大勢の人混みを挟んで、視線が交差する。
一瞬、音が消えた気がした。
結界の主、あるいは同等の存在……だ。
こちらに向こうも驚いた様子だった。
日本における鬼門の方角、東北の一角には泡のような『結界領域』がいくつも存在する。ドーム状の怪異の特区、保護区のようなものを想像すれば良い。そこを預かる、名のある領域の主なのかも。
「……」
霊力の「圧」がすごい。怪異なら一瞥しただけで追い払えるだろう。
やがて二人組はいってしまった。
「とあ、ドキドキしました。ケンカするのかと」
「えっ? あたしそんな顔してた!?」
無表情でいたはずなのになぁ。
⬛⬛⬛
「っぷは……! 白子、いまの見た!?」
「し……視線を向けられなかったよー」
栗林美馬の手をぎゅっとつかんだのは、桑原白子。涙目で声が震えている。
「モロに目があっちゃったよぉ」
「……怖い」
「何なのあの子、ヤバい。特級の怪異みたいな……霊力の塊ってか、そんなのがなんであそこでスマホいじってるの!?」
「しーっ! 追ってきたらどうするの!?」
白子が、後ろを振り返る美馬の首を前に向ける。
「痛てて。それに一緒にいた『緑の子』もちょっと、何か違う感じがしたね」
「……うん。霊力とは波長の違う何か。不思議な感じがした」
白昼堂々、怪異が出歩いているはずもない。
きっと人間なのだろう。おそらくは自分達と同じ類いの。
各地にある結界領域、『要』にはそこを守護する結界少女が存在する。
陰陽寮は免疫機構などと呼んでいる。実際、霊力持ちの少女だったり、人の側にある怪異だったり。
それらは人の暮らす現世と、重なりあう幻界のバランスを保っている。
「最近、次元震とか多いしどうも物騒だね」
「……うん。私たちも気をつけないと」
<つづく>




