日本皇国へようこそ! ~妖怪特区~
芋虫怪物出現事件の翌日、あたしたちは事情聴取をうけた。
朝から陰陽寮直轄の日本皇国軍連中がやってきて、ロリスとハネトと一緒に、里の診療所へ強引に連行されてしまった。
軍用車両の冷たい座席に、三人で大人しく座る。
「任意同行という強制連行だな」
「ロリス、こいつのアジトに着いたら、魔法で全部お花にしちゃって良いよ」
「そんな……!」
「バカ、よせ! これ以上話をややこしくするな」
「なによハネトったら、お利口ちゃんか」
「俺は利口なんだよ! 世渡りは上手くやれが家訓でね」
予備のメガネをついっと指先で持ち上げ、
「少なくとも陰陽寮は味方で損はない」
「ふぅん……?」
あたしの幼なじみは高校生のくせに、そんな計算高いとは。一目惚れで恋愛とか絶対無理なタイプね。
里に唯一の診療所に着いた。
そこは皇国軍が接収し、臨時の『害獣駆除陣地』という看板が掲げられていた。
「はじめまして。私は陰陽寮公安部、情報将校の斑目三佐と申します」
白い軍服を身に着けた凛々しい女性は、斑目三佐と名乗った。
「こんにちは」
「どうも……」
「生きる結界免疫機構のTさん……いえ、冬羽さんのご活躍は、かねがね耳にしております」
彼女は丁寧で柔らかな口調だったけど、眼光鋭く抜け目も無い。明らかにあたしに興味がある風だ。
事務室へ通されて根掘り葉掘り。一通り経緯やら何やら、事情聴取をされた。
「……貴重な情報をありがとうございます。異世界の魔導師、魔物、侵略。どれも大変興味深いお話でした。ロリスさん。今後の安全は我々が保障いたします」
ライトノベルの設定みたいな話を、斑目さんは真剣に聴き取っていた。戯言でなく真実だと陰陽寮は承知の上なのね。
「頼んだわよ、里の人も迷惑してるんだから」
すると斑目さんは「情報はギブアンドテイク」と思っているのか、陰陽寮と皇国軍の動きを少し教えてくれた。
「化け物の発生源『地下のまる穴』は現在、皇国軍戦略部隊の監視下あります。ご安心を」
「化け物を野放しにしないってこと?」
「皇国の防衛が我々の任務です」
「また湧いてくるわよ、きっと」
「必要とあらば、積極的防衛も」
彼女はそれ以上は語らなかった。
ちらりとハネトのほうに視線を向ける。
「積極的防衛、つまり防衛のため、敵基地への先制攻撃も辞さないという意味だ」
「ゲートの向こう側を」
こっちから攻撃する?
「方法は知らん。目の前の軍人さんに聞いても教えてはくれないぞ」
こそこそと小声で囁いた。
窓の外から振動が伝わってきた。山の上を通る国道を、大型トレーラーがカバーに包まれた車両を運んでいる。黒々とした砲身が夏の強い日差しを受けて鈍く光っていた。
その後、ロリスだけ「健康診断」と称して、別室へと連れていかれそうになり、ひと悶着あった。
斑目さんは「彼女の安全は保障します」と言うけれど、あたしは気が気じゃなかった。
「冬羽さん。この聴取は形式的なものです。上層部は貴女を含めたみなさんの処分を、すでに決定しています」
「はぁ? なんのことよ」
「救国的英雄行為に免じ、国家財産破壊の罪は無罪放免とします」
斑目さんはキリッとしたドヤ顔で言いきった。
なんのこっちゃ?
と首をひねっているとハネトが慌ててあたしの頭を後ろからつかんで、強引に下げさせた。
「ちょっと……!?」
「あ、ありがとうとざいます!」
ハネトの早口解説によると、あたしやロリスは死刑になってもおかしくない破壊行為を「やらかした」らしかった。
――いいか、最新鋭のステルス型ティルトローター2機で百九十億円、特殊部隊員の装備一式で十億円。素人が見積もってもざっと二百億円ほどを、俺たちはオシャカにしたんだからな……!
ハネトの声は半笑いかつ震えていた。
「二百億円……?」
それってスマホ何台ぶん?
「アホか。極刑か無期懲役ってところを、未成年だからと大ディスカウントしてくれたんだ」
「ロリスの魔法が悪いとでも言いたいわけ!?」
あたしは思わず斑目さんをにらんだ。
「魔物――未知の生体のサンプルの回収は失敗に終わりました。ですが冬羽さんが危険と判断し、滅却処分されたのは賢明でした」
「当然じゃんそんなの。それより怪物のせいでスマホがダメになって困ってるんですけど」
「こら冬羽おま……!」
「民間の損害は全てこちらで補填します。ただし、口頭、マスコミ報道機関、SNSなどに対し一切の情報漏洩を行わないことが条件です」
斑目さんはそこだけ特に厳しい口調で言った。交換条件というわけね、
それぐらいわかる。あたしもハネトも同時に頷いた。
「わかった」
「皇国の寛大な処置、慈悲深いお心遣い、心より感謝いたします」
物わかりの良いハネトが三指をついて、深々と頭を下げた。ったく、ペコペコしすぎ。
斑目さんの視線が嗜虐的な気がした。ハネトは彼女のヒールに踏まれてしまえ。
「情報の混乱により、先行部隊による誤解があり、その点は謝罪します。我々はあなた方とよい関係を維持したいのです」
「それは、そうよね」
外のことはよくわからないし。あんな化け物をあたしだけで相手にするのも限界がある。
陰陽寮の連中が『要』と呼ぶ『領域』をあたしは妖怪特区と呼んでいる。
昔ながらの妖怪や、現代の怪異。それらを自由に、野放しにしていることを、あたしはとても感謝しているのだ。
「……我々は超能力や怪異、陰陽師の法力を、認識し利用しています。ですが、今回出現した魔導師による魔物は『魔力』という別種のエネルギー。我々はそこに価値があると考えています」
「価値?」
「ロリスさんの魔法には特に興味があります」
女性の情報将校は薄く微笑んだ。
「……ロリスはどこ?」
健康診断だと言われて別室に連れていかれ、まだ戻ってこない。
あたしは嫌な予感がしてソファから腰を浮かせた。
「落ち着いてください。今後とも冬羽さんやロリスさんとよい関係を維持し、ご協力を頂きたい。国家安寧のため、地域の平穏と、皆様の健やかな暮らしのため」
言っていることは尤もらしい。でも目の奥には冷酷で計算高い光がチラついていた。
「ロリスをどうする気……?」
ロリスが変なことをされていないか心配で、気もそぞろ。
「ロリスさんは異界からの避難民です。事情も確認できました。これで政治的な亡命者と認定されるでしょう。そうなれば、我が皇国の臣民として受け入れる決定が下されます。国籍、居住の権利が与えられます」
斑目さんの話もあまり耳に入らない。
「国民として受け入れると」
ハネトが冷静に聞き返した。
「はい。同時に教育を受ける義務、国防の義務も課せられますが」
「学校に通えるってこと!?」
「そうです」
やったねロリス! と、思わず喜んでしまった時、悲鳴とバタバタという足音が聞こえてきた。
そして、検査着姿のロリスが車椅子にのせられ、看護師さんと一緒に戻ってきた。
「とあ……」
「ロリス! 大丈夫!?」
顔色が悪く涙目。エルフ耳もくたん、と下がっている。駆け寄って肩を支え、抱き寄せる。
「何をしたの!?」
あたしは思わず叫んだ。
「け、健康診断で血液検査とレントゲンまでは平気だったのですが……。CTスキャンの寝台に固定したところで……泣き出してしまわれて」
看護師さんが申し訳なさそうに、斑目さんとあたしたちに説明した。
「とあ、私……怖くて、がまんできなくて。生け贄にされるみたいで」
「そりゃそうだ、エルフをあんな装置に入れるなんて! 怖いに決まってるだろ!」
流石のハネトも強い口調で抗議の声をあげる。
「す、すみません」
看護師さんに続いて検査技師らしい白衣の男性がやってきて、彼岸花の束を差し出した。
「CTスキャン装置が一瞬で献花台になりまして……」
看護師さんと検査技師さんは困り顔だった。
「魔法が発動しちゃったのね」
「範囲は検査室だけですか?」
斑目さんが立ち上がり詰問した。
「は、はい。CT装置だけが彼岸花に覆われて分解してしまって」
「追加で何千万円か……」
ハネトがあちゃーと顔を覆う。
「すばらしい!」
声をあげ立ち上がったのは斑目さんだった。ものすごい勢いで部屋を飛び出し叫んでいる。
「――サンプルの回収と魔法発動時のデータ解析! カメラ映像もあるわね!?」
唖然としていると一分もしない内にダッシュで戻ってきた。ひっつめ髪が乱れている。
あたしたちに笑顔を向け、
「今日はここまでで結構です。ご協力に感謝するわ。今後とも……よろしくねっ!」
ギラギラした凄い笑顔で言い残すと、彼女は再びどこかへいってしまった。
と、いうわけで。
あたしたちはようやく自由の身になった。
里では防疫部隊による消毒作業や、生き残りの怪物がいないか追跡調査が行われていたらしい。
「あーもう、二日間も無駄にしたー」
「どうせ冬羽は何にもしてないだろ」
「そうだけどさー」
貴重な夏休みををつぶされてしまった。青春の貴重な一頁が。
「それよりロリス、晴れて日本皇国の国民として、ここで暮らせるんだって。よかったね!」
「国民……とあと同じですか?」
「そ!」
「なんだかホッとしました」
車で送られて寺に帰ると、ロリスはすっかり元気になっていた。
そして翌日――。
里にいつもの平穏と夏が戻ってきた。
朝からセミは騒がしく、田んぼを渡る風さえも熱を帯びている。
「さぁ、今日は街へいくわよ!」
あたしは『スマホ無料引換券』を空に掲げあげた。ロリスのぶんもふくめて三枚!
斑目さんの部下という人が来て、進呈してくれたのだ。
「買い物……。街は初めてなのでドキドキします」
「大丈夫! あたしにまかせておいて」
ロリスを連れてショッピング。
あぁ最高じゃん。
「俺も一緒にいってやる」
ハネトは『メガネ引換券』を手に無邪気な笑顔で微笑んだ。
<つづく>




