コラテラル・ダメージ
◇
ロリスの魔法は凄い!
うーん? 素敵といったほうが良かしら。武器をお花に変えちゃうなんてファンタジー!
「ありがとね、ロリス!」
あたしは小さな手をぎゅっと握り、そのまま細い身体を抱き寄せた。
「私、夢中で……つい。みなさん、お怪我はありませんでしょうか?」
「優しい子」
襲ってきた連中のことまで心配するなんて。よしよしと頭をなでる。
「心配ないよ、時々湧いてくるお邪魔虫みたいなものだし」
「そ、そうなのですか?」
「おいおい! 寺生まれのお嬢ちゃんよ、おじゃま虫たぁ聞き捨てならねぇな」
ヒゲの隊長が憮然とした顔で抗議してきた。
「ほんとの事でしょ。近づかないで頂戴、ウザいから」
あたしは汗臭いオッサンからロリスを護りながら、しっしと手を振った。
「その娘……向こう側からの来訪者か?」
「だったら何よ。今はあたしが面倒見ているの。手出ししたら許さないからね」
ヒゲの隊長は、彼岸花だらけになったヘルメットを呆れたように眺めると、肩をすくめてため息を吐いた。
「……寺生まれのアンタの庇護下にある。そう報告するほうが、こっちとしても楽だしな」
「知らないわよそっちの事情なんて。それより! 芋虫の化け物を退治しに来たの? それともあたしにちょっかいを出しにきたの?」
強襲してきた連中の行動は、あたしも含めて全てを制圧しようとしているように思えた。
ロリスの魔法で武器も装備も失った彼らは、今は完全に無力。迷彩のTシャツとズボンだけの姿で、立ち尽くしている。
「あのなぁ、いいかよく聞けよ。危険な怪異を鎮圧、脅威を除去するのが俺らの仕事なんだ。芋虫怪物相手に『要』の守護者を嘯くおめぇが暴れすぎたんだよ!」
ヒゲの隊長はあたしをズビシ、と指差した。
「しょうがないじゃん。ヤバイ相手だったんだから」
ロリスを追ってきた怪物。
あれは単なる魔物ではなかった。
人語を操り、高度な知性を備えていた。それに生き物としての異常な能力、未知の強固な防御結界。
あたしが初めて遭遇した、異世界からの侵略者だった。
「らしいな。だが、陰陽寮の中枢は今回の件を含め、以前から情報を集めてる」
あたしはヒゲの隊長を睨みつけた。
「そもそも! 里の外れに『地下の丸穴』なんて危険物を捨てた陰陽寮に原因があるでしょ!」
ロリスとの出会いは天恵だけど。
ゴブリンやらオーク、そして今回の邪神めいた怪物。あれらは里の境界に出現した『地下の丸穴』が原因なのはわかっている。
「機密情報を話すことできんが、国内に無数に存在する『要』の中でも、ここが選ばれたのは天命だとさ」
「ふざけんな!」
勝手なことばかり。陰陽寮も大人もだいっきらい。
――陰陽寮。
悠久の歴史を持つ日本皇国を呪術的に守護する陰陽師の集団。
この連中は、脅威を除去する役目を担う尖兵、特殊部隊らしい。
最先端ハイテク装備を有し、霊的領域、電脳領域、宇宙領域など、あらゆる脅威と対峙。排除するのだとか。
宇宙怪獣とも戦っているらしけど、ハネトの話だからどうだか。
「怒るなよ、おめぇさんは期待されてるのさ」
「バカバカしい。ポジティブにも程があるわ」
「ははは、こっちの情報も錯綜してな、敵味方の識別で混乱しちまったのは事実だ。だが荒事は、俺らプロにまかせておけ」
「ふんだ」
あたしは腕組みをしてそっぽを向いた。
だったらもう少し早く来なさいよ。
「……これは独り言だが。寺生まれのアンタが『葬天の儀』クラスの技を使えば、監視衛星が察知。戦術核が使用されたのと同じ警戒レベルへと移行する。今頃中枢は大騒ぎだろうぜ」
「もう平穏そのものよ、騒ぎを大きくしないで」
「俺らの商売は、出番が無いに越したことはねぇ」
ヒゲの隊長は頭を掻きながら、部下に負傷者の救護と撤収の指示を下した。
「隊長、負傷者はありません!」
「よし。合流して撤収だ」
武器も装備も失った特殊部隊の隊員たちは、すごすごと撤収しはじめた。
墜落したティルトローターのヘリの乗員たちも無事らしい。分解した機体が彼岸花の花弁と化し、クッションになったのだろう。
特殊部隊員たちが去るのを見送って、あたしたちも帰ることにした。
向こうでハネトと、猟友会や駐在さんたちが話している。
四輪駆動車も分解し、ガラス窓だけが花弁の山に埋もれ残っていた。
「おらの猟銃が……とほほ」
「今年車検を通したばかりなのに、保険使えるのか、これ?」
おじさんたちが途方に暮れていた。
分解し尽くした車両を眺め、彼岸花の束――朽ちてしまった元猟銃を抱えている。
「あちゃー、そりゃそうよね」
「す、すみません! 私の魔法のせいで」
「よいのよロリス、気にしないで」
「でも……」
あたしとロリスを見て、おじさんたちは苦笑しながら、
「いいっていいって気にすんな!」
「そうだとも、何よりも助けてもらって感謝するぜお嬢ちゃん」
「寺生まれさんや森の女神さんは、里の人たちの命の恩人! 本署から表彰してもらって然るべき!」
「よかったねロリス」
「は、はい……」
ロリスの魔法の影響範囲は、直径百メートルほどにも及んでいた。
車両も、空中のヘリも。あらゆる文明の利器が否定され分解されてしまった。
金属だけというより、ポリカーボネイトなどの合成されたものが軒並み対象になるみたい。
敵味方の区別なく平等に。あらゆる現代文明の利器を崩壊させてしまうロリスの魔法。これはとても凄い力だと思う。
「ロリスさんの魔法は、とてもユニークであることは間違いない」
ハネトが彼岸花のフレームになったインテリメガネを外して言う。
「あはは、おしゃれなメガネ」
「うるさい。保険で直すからいいんだよ」
「私の魔法は、争いを止める力だと。そう教えられていました」
ロリスがあたしの手を握ったまま言った。
「相手次第では絶大な威力を発揮するだろうな。特に武装した相手なら」
「そうよね。剣や銃を使えなくしちゃうから」
それどころか戦車もミサイルもロリスには通じないってことだ。ある意味あたしより強いじゃん。
「でも、魔物を止める事はできませんでした」
「そっか。辛かったね。でもあたしたちは助かったよ」
「現代の科学文明を否定する魔法か……。これはこれで、陰陽寮に目をつけられそうだが」
「余計な心配しないで。今後、手出し出来ないってことじゃん」
「冬羽はお気楽だなぁ」
何はともあれ。
陰陽寮は危ない『地下の丸穴』からの化け物を監視してはいるらしい。
ヒゲの隊長や特殊部隊が化け物を相手をしてくれるなら、ありがたい。
あたしだって『葬天滅』なんて使わなくて済むんだし。
「お腹すいたね、帰ろうか!」
「そうだな。ところで今何時……んはぁあっ!?」
ハネトが変な悲鳴をあげた。取り出したスマホが、彼岸花の固まりに変わっていた。
「って、あたしのスマホもぉお!?」
慌てて尻のポケットから取り出すと、愛用のスマホは手の中で、ほろほろと赤い花弁となって散ってしまった。
「「ッいやぁああ!?」」
あたしとハネトの悲鳴が森に木霊する。
「ごご、ごめんなさいごめんなさい!」
ロリスが涙目で謝った。
「だ、大丈夫。副次的な被害は仕方ないさ」
「うん、平気、平気だから」
流石に笑顔が引きつってしまった。
ロリスには今夜、たーっぷりご奉仕してもらおう。
<つづく>




