寺生まれ奥義、天葬滅(テン・ソウ・メツ)
『んべっ!?』
『血の味がしねぇ!』
『この女……人間じゃないッ!』
『騙しやがったなぁあッ!』
八尺様に群がった人面芋虫どもは怒り狂った。身勝手なことを喚き散らしながら、腐った肉団子のようにぐねぐねと塊になり蠢き続けている。
「ありがとう八尺様!」
獲物を魅惑するスキルで自らを囮に、緑の人面芋虫の群れを誘引してくれた。これなら一気にやっつけられる。
八尺様は、無惨に食い散らかされ惑わしの白粉へと成り果てた。文字通り身を粉にして人面芋虫どもをその場に足止めしてくれたんだ。
彼女は怪異だけど、立派な里の一員だ。
「うわぁああっ!?」
「八尺さんが食われちまっただ!」
「ちきしょぉおおッ!」
猟友会のおじさんたちや駐在さんが絶叫、車の窓から身を乗り出そうとする。
「とあ!」
「まかせて、一気に片付ける!」
ロリスを背後に守りながら、あたしは技の構えをとった。今までの【破】は単なる気合い。
ここからが本当の力。
勝利するための戦闘術。
あたしは虚空に向けて左手を掲げ、虚空を引き裂いた。
――天!
天の扉をこじ開けるや、大日如来の眩い輝きが降り注いだ。あまねく宇宙を照らす光が、おぞましい怪蟲の群れを赤裸々に照らし出す。
『ぬぅうっ!?』
『こ、これはッ!?』
『未知の高エネルギー反応ッ!』
――葬!
あたしは脚で地面を踏みつけ、地獄の門をこじ開ける。業火が渦となって幻出する。幾筋もの火柱が檻となり、人面芋虫の群れを捕らえた。
『ぐぅおおおッ!?』
『炎!? いや違う、これはッ……!』
『認識できない! ここはどこだ、空間認識が破壊されてゆく』
『ばかな、これはまるで……ッ!』
空間はすでに切り離した。
宇宙を照らす光に地獄の業火。
隔絶された空間は、あたしの手のひらの上。もう彼らは逃げられない。
『時空操作魔法!? 次元が、歪むッ!』
『神にも等しき我らが、り……理解できぬッ!』
『闇、光、熱、冷気! 全てが押し寄せてくるりゃぁッ! 認識がオーバーフロォオオっッ!』
『こんなバカなことがああッ……!』
『こ、小娘が……! 貴様! 一体、何者なのだぁああッ……!?』
――滅!
天の光と地獄の業火が激突し、宇宙の開闢の混沌を生んだ。
時間と空間、闇と深淵。凝縮した時空の彼方で、全ての源たる始まりの光が灯る。
宇宙の始まりと終わり。全ての時間と空間、あらゆる次元を束ね、拳へと収斂する。
「消え去るお前らに、名乗る名前なんて無い」
『うぐぉおおおおおおおッ!』
『おのれ、こんなっ! よぐもぁおお!』
あたしは大好きな里を守りたいだけ。寺で生まれた普通の『人の子』だ。
だから、喰らえ。
ここから消えろ。
「――【破】ぁあああッ!」
ドッ!
拳から光が爆ぜた。
真っ白な輝き、純粋な光が虚無の空間が広がり、刹那の時間で収束する。叩きつけるように突き出した右の拳から、光の道が生じ全てを飲み込んでゆく。
光が射線軸上のすべてを滅し、緑の人面芋虫の群れを一瞬で蒸発させた。人面芋虫の群れには、悲鳴をあげる慈悲さえ与えない。
抹消。
存在の否定。
痕跡さえ残すことさえ許さない。全ての時空からいなくなれ。
放射された拳の力は、対象を原子から素粒子に、それ以前の次元の揺らぎさえ残さない。次元上から消し去り虚無へと還元、葬送する。
静寂が訪れた。
周囲の景色も元に戻り、再び夏の熱気が押し寄せてきた。じぃ……じじじ、とセミの声が再び山々に沁み渡る。
「ふぅ……」
残身を解き、姿勢を戻す。
額の汗を拭いながらあたしは振り返った。
「と、とあ……?」
ロリスが地面にぺたんとへたりこんでいた。女の子座りのエルフが呆然とあたしを見上げている。
「終わったよ、きれいさっぱり」
手を差しのべてロリスを立たせた。
「今のは一体、どんな……魔法なのですか!?」
「んー? まぁ、なんだろうね」
実のところあたし自身、よくわからない。
気合いの【破】も、物心ついた頃から、出来るようになっていた。
理由は……寺生まれだから。たぶん、そういうことで良いのだろう。
「冬羽!」
「寺生まれの嬢ちゃん……!」
「すげぇええ! あの化けを消し去った!」
「はじめてみたぞ、あんな技」
「あの気色悪い緑の怪物だけを、世界から抹消してやった感じかな」
「天葬砲……といったところだな」
車から降りてきたハネトが、周囲を見回しながら呆れたように言った。
「なにそれダッサ」
好きに呼べば良いけど、砲とかつけんな。
森の木々は怪物たちが枯らした以外、なぎ倒されていない。
うまく対象のみを滅殺できたみたい。
「冬羽の本気ってやつか?」
「えー? それはどうかなぁ」
「……マジかよ」
ハネトは唖然としているけれど、実際あたしはフルパワーなんて出していない。どちらかというと抑制し、ピンポイントで緑の怪物の群れを狙い撃ち。
削り取るイメージで丁寧に放った。
「……とあ、この音……なんでしょう?」
ロリスが不安げに空を見上げていた。エルフ耳を動かし、森の向こうに視線を向ける。
「音……?」
「俺には何も聞こえないが……」
いや、何か感じる。
振動音。機械的な、甲高い音だ。
……ィイイイ……!
森の木々の梢が嵐のように揺れたかと思った、次の瞬間。黒い物体が上空に出現した。
「きゃ!?」
ロリスが悲鳴をあげ耳を塞ぐ。あたしはとっさに彼女を抱き留めた。
漆黒の機体、ヘリコプターみたいな飛行機が二機、森の上空スレスレを飛んで来た。ボディは太陽の光を吸収し、まるで空を鋭角的に切り取った影のように見える。
「とあ、あれは……!?」
「人間の乗り物だよ、大丈夫魔物じゃないから」
今さら来ても遅いのに。
駐在さんが呼んだ応援だろうか。
「電動ティルトローター仕様のステルスヘリ!? あれは……日本皇国軍の特殊戦用ヘリか!」
ハネトが即座に機体の種類を特定。
あたしには詳しくはないけれど、輪っかを胴体の左右に付けたティルトロータータイプのヘリだ。
シュィイイイイ! という甲高いローターの音が耳に響く。下方に噴出する空気で機体を浮かせているんだ。
「本部から応援が来てくれただぁああ! おーい!」
駐在さんが上空に向けて手を振る。
二機は上空で旋回しながら急速に高度を下げた。そして、機体側面に紋様が描かれているのが見えた。
神樹――扶桑の紋章。
「陰陽寮所属だと!?」
ハネトがそう叫んだ、次の瞬間。
上空から何本ものロープが放り投げられ、するすると兵士たちが降下。瞬く間に十人ほどの兵士たちが降り立った。
全員が黒づくめ、ヘルメットとバイザーで顔は見えない。特撮ヒーローみたいなプロテクターに銃器を装備した特殊部隊員たちだ。
「逃げろ!」
「ハネト!?」
「対象を発見、確保する」
数人の兵士があたしに向けて銃を構えた。
「電磁ワイヤーで拘束!」
「ッ!?」
<つづく>




