『姦姦蛇螺(かんかんだら)』VS『八尺様』親衛隊
「き、君は……!?」
リーゼント頭の駐在――宮下は、長身の女性を見上げていた。
颯爽と現れ、自分の危機を救ってくれた女性を。警官であり市民を守る立場である自分が、逆に守られてしまった。
『ぽ、ぽぽ……』
彼女は言葉の代わりに、不思議な旋律を奏でた。
白いワンピースに大きな白い帽子、万葉の世界から抜け出してきたかのように艷やかで長い黒髪――。
美しい、と思った。
化け物と対峙している異常な状況にも拘らず、宮下は彼女の存在を強く感じていた。
――八尺様だ……!
見覚えがあった。駐在所の前を歩いているのを何度か見かけ、綺麗な女性だと、密かに恋い焦がれ想いを寄せていた。
「彼女は八尺様だよ」
そう教えてくれたのは、地元では誰もが知る「寺生まれの女の子」だった。
でも八尺さんがなぜここに?
「くそ、今はそんなことより……!」
歯を食い縛り立ち上がる。宮下が今、考えるべき第一優先は、人々の安全を守ること。
あまりにも異常で異様な怪物との遭遇でパニックになりかけていたが、駐在の宮下は冷静さを取り戻した。リーゼントを整えて身構える。
銃の弾倉は既に空、怪物に銃は通じない。だとしたら自分にできることは、ひとつ。
「本部、応援要請ッ! 皇国警ら隊本部、我、未確認生命体と遭遇、至急応援を要請!」
無線に叫びつつ、八尺様の手をとりこの場から逃げようと促す。だが、八尺様はびくともしなかった。
『ほぅ? 空間振動……電波による通信技術か。ふん、下等生物だと思っていたが、それなりのようね』
緑の芋虫女はギョロリと宮下を睨めつけた。
「うぐ……!?」
身体が金縛りにあったように動かなくなった。
だがその邪眼を遮ったのは、白いワンピースの女――八尺様だった。
『ぽ……ぽ!』
『貴様……? 似ているが人類種ではないな? 不安定な身体の構成元素、霊体と物質の中間体……さしずめ思念の集合体といったところか』
緑の芋虫女――ラマシュトゥは薄笑いを浮かべつつ、攻撃を無効化した八尺様の正体を看破してみせた。
「危険だ八尺さん……! 下がるんだ!」
宮下が叫ぶが、八尺様は退かない。
『ぽ、ぽぽ(ここは私の庭)』
八尺様にとって目の前に出現した『異形』は、大切なテリトリーを侵食する敵だ。
希薄で曖昧な存在である自分。それを女性として認識してくれるのは、感覚の鋭い少年や、若い男性たち。彼らが恋い焦がれることで「存在の確率」は、より確かなものになる。そんな男たちを手勢とし侵入者を排除しようとしている。
八尺様は、十数メートル先にいる緑色の芋虫女と対峙していた。
『消えろ、邪魔だ』
芋虫女ラマシュトゥが再び、緑の鞭のように触手を放った。
「危ない!」
『ぽ、ぽぽ……』
長い前髪の隙間で眼光が鋭く光る。八尺様は自らの存在確率を変動させることで触手の攻撃を避けた。
『ほぅ……? 避けおるか。ならば、これはどうだ!?』
マラシュトゥの腕は脇腹に三対あり、昆虫の脚を思わせる。その六本の腕を突き出し、八尺様に向け波動を放った。
――ズゥム……!
『ぽ……ぽ!?』
「ぐあっ!?」
八尺様がよろめき、側にいたリーゼント駐在宮下も地面に倒れた。
「お、圧し潰される……!?」
宮下が呻く。
『これは避けられまい。圧殺結界、下等生物には過ぎた神威の顕現、思い知るがいい!』
芋虫女ラマシュトゥの攻撃により、八尺様と駐在がギリギリと圧し潰されそうになる。
がくりと膝を折り、黒髪が地面に流れ落ち渦を描いた、その時。
けたたましいクラクションの音と同時に、四輪駆動の車が突っ込んできた。
『ぬ……? こんどは機械か』
未舗装の荒れ地を疾駆し、土を蹴散らしながらターン。急停止するや三人の男たちが降り立った。
「おうおう、気持ち悪い化け物だな」
「蛇の下半身に女の上半身たぁ、すげぇな」
短髪と髭が印象的な二人は、猟銃を肩に抱えたまま口々に言った。
「ありゃ姦姦蛇螺っつう妖怪にちげぇねぇ」
運転席から降りた猟友会会長、大門がサングラスを光らせた。
「だ、大門さんたち!」
思わぬ援軍のお陰か、攻撃が緩んだ。宮下駐在はすかさず八尺様を抱え起こす。
『ぽ……』
「今のうちに安全なところへ」
『カンカンダーラ……? 我がマラシュトゥの分身の名を、この世界の人間がなぜ』
――姦姦蛇螺
現代に伝わる凶悪な妖怪の一種。上半身は女性で腕が六本、下半身は蛇の姿。山奥の僻地、封印された場所に迷い込んだ人間を襲うという。
実際は緑の芋虫女ことラマシュトゥとは別物だが、見間違えても無理はない。
「うわ!? しゃべったぞ!」
「妖怪だからな、そりゃぁしゃべるだろうさ」
「豚小屋を襲ったバケモンだ。駆除するぞ」
「あそこで駐在さんと女がやられてるだ」
軽口を叩きつつも三人は散開、射線を確保する位置へと移動した。
「白い服のねーちゃん、八尺さまじゃねぇだか」
「この前もよ、飲み会の帰りに声をかけたんだけんども、追い付かねぇんだぁ」
「んだば、この機にお近づきだ」
三人は同時に猟銃に散弾を装填、安全装置を外す。
「人間どもが、何人来ようが無駄なこと。我が幼生の餌にしてくれるわ……!」
「化けモンがぁ!」
――ガァン!
『ぐっ!?』
芋虫女マラシュトゥの上半身が仰け反った。
防御結界で弾丸は止めた。
だが、先程の豆鉄砲とは違う。質量弾の着弾エネルギーが先程とは比べ物にならない。衝撃波が結界を揺るがした。
「見えねぇ壁があるっぺな!?」
「なぁに、ヒグマの皮下脂肪もあんなもんだ」
一射目でコツは掴んだとばかりに、今度は二人が銃で狙い構える。
「いくで」
「射っ!」
ガン、ガァン!
違う角度から叩き込む。
二人の猟銃はショットガンだ。レミントン・アームズのM870。弾丸は12ゲージ、直径18.4ミリ口径。弾種はバックショット。狩猟用でカートリッジに9発の金属弾を内包。着弾の衝撃によるストッピングパワーは凄まじく、鹿や熊の突進を止め仕留めることが出来る。
『がはぁっ!? ばかな……! こんな……原始的な武器で……!』
着弾と同時に緑の血飛沫が散った。弾丸が結界を貫通、本体にダメージを与えている。
「見えねぇ壁だども、耐久限界はあっぺさ」
「喋るより、弾ぁ叩き込め」
三射、四射と散弾が命中。
蛍光色の血が散るたびに、マラシュトゥが悲鳴をあげのたうった。ジュッ、と毒の煙が舞い上がり木々の葉が枯れ落ちる。
「あんれ、毒さ撒き散らすど」
「くそオラの山を汚しやがって!」
「奥羽の人食いヒグマ狩りのほうがマシだぜ」
サングラスの大門が、タバコを咥えたままライフルの狙いを付けた。
ダァン!
激しい銃声が響く。
『ごッぶぁ!?』
緑の芋虫女の身体を弾丸が貫通した。
ライフルは狙撃仕様の銃。ミロク社製の国産猟銃に貫通力のある、フルメタル・ジャケット弾を使っている。ヒグマの分厚い皮下脂肪を貫通し心臓を破砕する威力をもつ。
「やったか!?」
『――ぐ……ぐぼぁ! 我が、神に等しき我に……よくも、よくもこんな……!』
マラシュトゥが崩れ落ちる。ズチャァ……という重く湿った音があたりに木霊した。
「あぁ? うっせえぞ化けもんがぁ」
散弾を至近距離で叩き込み、頭部を完全に破壊。
「巡査さん、ぶじだっぺか?」
「あれ? 八尺のねーちゃんが消えただ」
「連絡先聞こうとおもったのに……」
「……お前ら、巡査さんと車に乗れ」
大門がタバコを地面に落とし、ぎゅっと踏みつけた。
サングラスの視線の先、マラシュトゥの死体が蠢きはじめている。
ボコボコと内側から何かが膨らみ、泡立つ。骸が緑色の不気味な腫瘍に覆われてゆく。
『…………グブ、グブブ……、我が幼生たちよ……喰らい尽くせ……世界に満ちよ、増やせ……』
マラシュトゥの半分残っていた頭部も、緑の網目に覆われた腫瘍に飲み込まれた。
「体内に何かがいやがるッ!」
「やばいぞ、ありゃぁまるで」
「怪物の卵巣……か」
びちっ、と肉の裂ける音がした。
骸のあちこちから同時に――。
『『『ビキィヤァア!』』』
人間の胎児と幼虫を混ぜ合わせたような、子犬ほどの怪物だった。巨大なウジ虫のような不気味な怪物がマラシュトゥの体を食い破って這い出してきた。
「こ、こんな奴らが里に放たれたら」
「終わりだぁ……!?」
<つづく>




