夏の『くねくね』とTちゃんの拳
新作です、よろしくお願いいたします!
田んぼの向こう側で白いミミズが踊っている。
あれは『くねくね』という現代妖怪だ。
暑い夏の昼下がり、陽炎が揺らぐ田園風景。畦道で白いビニールじみた人形が、不気味なダンスライブを披露している。
「危ないしほっとけないか……」
冬羽は気味悪い『くねくね』を直視しないよう、慎重に田んぼを迂回しながら接近する。
あの「不思議な踊り」を直視すると、精神異常をきたす。正気度――SAN値が激減しちゃうので、放置してはダメなヤツなのだ。
跳梁跋扈する妖怪や悪霊を退散させるのは、大切な地域貢献。
寺林冬羽――TT。この界隈では「寺生まれのTちゃん」の二つ名で親しまれている少女である。
「あーもう、それにしても暑っちい」
冬羽は制服のスカートに籠った熱気をばふばふと払い、セミロングの黒髪を耳にかきあげた。
周囲は見渡す限りの田んぼ、民家もまばらな田園風景が広がっている。とても辺鄙な田舎の村だ。
積乱雲と底抜けに青い夏の空、向日葵、道祖神、真っ赤な花を咲かせるタチアオイ。そして白いダンス妖怪『くねくね』――。
これぞザ・日本の原風景というやつね。
「そこを動くなよー」
額を流れる汗を手の甲で拭い去り、腰を屈めて『くねくね』に接近する。
通りすがりの子供が『くねくね』を目撃すると、頭がちょっと変になる。熱中症が疑われるが、病院に行っても治らない。医者も首をひねる。そこで親御さんが冬羽の両親が住職をつとめる寺に駆け込んでくる……というのが、夏の風物詩になっている。
当然、実家の手伝いを冬羽もさせられるので、アレを見過ごせば面倒な仕事が増えるというカラクリだ。
青く茂った稲穂を背に、学校帰りの女子高生が、獲物を狙うハンターの目になった。
――霊力集中
退魔と封印のイメージを拳に集める。
右手の拳にチリッと電気で痺れたような、稲光の力が宿る。
稲妻の権現は季節がら都合がいい。稲穂に実を宿す力はすなわち稲光。
まぁこんなのは寺生まれなので慣れている。
『……クネッ!?』
「破ぁ!」
気づいたところでもう遅い。冬羽は気合いもろとも右ストレートを叩き込む。ボッ! と『くねくね』のいた空間もろとも、円形の衝撃波が弾き飛ばした。白い『くねくね』は一瞬で爆散。
蜘蛛の糸を思わせる断片となって辺りに舞い散った。
「ま、ざっとこんなもんね」
楽勝。
超楽勝。
余裕の笑みを浮かべつつ、振り抜いた右の拳の反対、左手の手のひらを上に向ける。
すると白い霊気の残骸が渦となり、小さな竜巻となって手のひらに集まった。
それはみる間に白い紙切れに変容する。
「……今日からあたしの式ね」
紙型式の『式神』として再構成、封印する。
これは遠く四国の地で、独自に発展した陰陽術。いわゆる『いざなぎ流』の流れを汲む術だ。
もっとも、寺生まれのTちゃんこと冬羽にとって真似るのは容易いことだ。特段修行も何もしていないが、できてしまうのだから。
何はともあれこれでひと安心。
下校する小中学生の安全は守られた。
あとは途中の商店でアイスでも買い食いして帰ろ……と思ったその時。
青々と繁った田んぼに、人間形に刈り取っとったような穴があることに気がついた。
「ん……?」
さっき『くねくね』が出没していたすぐ近くだ。田んぼの脇から背伸びして覗き込むと、誰かが倒れていた。
「って、誰か『くねくね』にやられてるし!?」
どうやら既に被害が出ていたらしい。
えぇ!? どうしよう。周囲を見回しても誰もいない。冬羽は仕方なく、意を決して田んぼに足を踏み入れる。田んぼは土用干しのため、既に既に水は無くなって大分乾いている。腰まで成長した稲を掻き分けて進む。
「大丈夫ですか!?」
それは小さな女の子だった。いや小学校高学年か中学生ぐらいだろうか。アースカラーの民族衣裳(?)を着ている。刺繍入りの服はどこかアイヌを連想した。
「え……? 外国人?」
美形だとわかる目鼻立ち、ほっそりとした身体つき。
そして若草色の髪と先の尖った耳……! 耳は人間よりもちょっと長くて特徴的だ。少女の傍らには弓と矢筒も落ちていた。
これは、よもや外国人というより、
「エ、エルフ族……ってやつぅ!?」
冬羽はすっとんきょうな声をあげた。そして恐る恐る肩を揺り動かすと、生きていた。
「……うーん?」
「しっかりして、どこか痛む?」
緑髪の少女は目をゆっくりと開け、
「……? い、今さら……戻ってこいと……言われても、もう……遅いんだからね……」
と言った。
「日本語だ……」
瞳は綺麗なエメラルドグリーン。コスプレにしては再現度が高すぎる。
「……ステータス……オープン?」
空中を指でなぞろうとしている。
頭をちょっと『くねくね』にやられているのかもしれない。
「大丈夫!? とりあえず立てる? 家にいこ」
冬羽は助け起こすと、小柄なエルフの少女を家に連れ帰ることにした。
<つづく>
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