愚者と愚か者(神)
魔王軍幹部スキュレーをどうにか退けた後俺たちは安全だと思われる王城に戻ってきた。緊迫した状況下にあった為か2人とも疲弊している。疲れているためで取り敢えず夕食を取る事になった。食堂に向かうととても複雑な表情で国王が座っていた。
「勇者様方。今回の件、儂らの不注意で危険な目に合わせてすまない。以後はこんなことが無いようにローレンツを護衛に付けよう。彼なら魔王軍幹部でも1日は守り抜くであろう。」
「今回の襲撃はカイグルクが献身してくれたからな。3度目には数えないでおくさ。」
「それはありがたい。カイグルクに褒美を取らせなければな。さて、話は変わるがこれが粛清する貴族達の罪状と統計等が書かれた資料だ。あいつが溜め込んでいたもの中で興味がある物は持って行って構わないから見ておいてくれ。」
そう言って手渡されたのは数枚の羊皮紙が紐でまとめられた資料だった。内容としては言われた通り罪状と名前や治めていた領地や家財、隠されていた場所までもが事細かに書かれていた。
「それらは各騎士団が貴族の屋敷に同時に突撃して押収した情報だ。そこまで細かい必要は無いとは思ったが今後の参考程度にはなるかも知れないと思ってな。処刑が行われる日は1週間後になっている。カクト殿には特等席を用意してあるがミノ殿とユウキ殿は見物するかね?するなら特等席を用意しよう。」
2人は熟考した後に処刑と言うのは流石にハードルが高いと言って断っていた。
「そうか。処刑は御二方の趣味に合わなかったか。食事が運ばれて来たな。頂くとしよう。」
いつもと違う執事が食事を運んできた。動いたせいで腹が減って仕方がなかった俺は早速熱々のスープを頬張った。次の瞬間激痛が走ると同時に視界が歪み始めた。
「え?…あ………」
腕に力が入らなくてフォークを取り落としてしまった。
『翔斗!?』
美之と優輝がこちらに気が付き手を伸ばして来るが触られてる感触が無い。これは不味いかもしれない。
「騎士よ!此奴と料理した者を即刻捕らえろ!医療班を至急呼べ!大丈夫か!カクト殿!」
視界が霞む……寒気がして来た。そんな中料理を運んできた執事が高笑いし始め、段々と人間とは違う姿に変貌して行った。
「クフフ…ギャァッハッハッハ!スキュレー様が全力で隠蔽なされたヒュドラの毒だ!助からねぇよ!これで1年掛けた計画が終わる!魔王様万歳!魔王様万歳!」
霞む目で奴の方を見る。それは茶色の毛をした狼男のような怪物だった。奴は赤色に光り始めた。
「ッ!不味い!ライフリンク起動!皆伏せろ!」
俺の方を心配しながら伏せる2人を尻目に体から力が抜けて行く。どうやら死ぬらしい。そう思うと色々な事がフラッシュバックしていく。戦争の凄惨な光景。親友二人との邂逅。父と母の顔。それらの記憶と共に後悔が押し寄せてくる。
(なんでもっと警戒しなかった…!奴らは誘拐犯だ信用出来るわけない!そしてなぜスキルや魔法をもっと使わなかった!それが当たり前だと言うなら使えるものは使えば良かった!情報収集も甘かった!全てが甘かった!異世界という状況に浮かれてたのか?クソっ!)
そんなどうしようも無い思考をしている内に視界が完全に黒くなり始めた。
「つ、ぎは、必ず……」
次は無いというのに我ながら滑稽な事だと自嘲する。
そして翔斗の意識は暗転する。
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「おい。さっさと起きてくれたまえ。人間よ。」
そんな上から目線なことばを耳に目を覚ますと目の前には男とも女とも取れないような中性的な外見の不思議な人物だった。衣服の類は纏って居ない様だ。変態なのか?
「失礼な人間だ。私は変態などではない君らの言う所の神と呼ばれる存在だ。不敬だぞ。」
神物だったらしい。心を当たり前のように読まれているし神に近しいのは確からしい。
「つまりお前が俺達をこんな世界に誘拐して来たのか?」
「そうだが何か?」
戦場殺剣術藍吟流奥儀。|"馘閃"《カクセン》
藍吟流の奥義とはそれ即ち極まった基礎動作である。基礎動作?と思う人も居るだろう。この技、の馘閃を例に説明しよう。この技は文字通り光るような速さで首を切る技だ。それは主に前に進む。剣を振る。という2つの動作で構成されている。相手の死角に入ったりして確度を高めたりはするが2つの基礎動作を如何にはやく如何に無駄なく首に叩き込むだけである。単純だからこそどうしようもない。初心忘るべからず。シンブルイズベストである。
「危ない事をするじゃないか。人と話すのだからと人と同じような体を用意したが視野が狭くて困る。」
「なん…だと…?」
翔斗が驚いたのは他でもない。奴の首に寸分違わず刃を立てたのに薄皮1枚も断てていないからである。
「ふむ、面白い技だ。実に興味深い。やはり貴様には期待が持てるな。」
「期待だと?誘拐犯が何を囀る!早く元に戻せ!」
「戻す?それは無理だ。もう連れて来てしまったからな。それはそうと貴様には光魔暗勇神龍アナンタの討伐を依頼したいんだがどうかね?」
「誘拐犯の依頼など受けてたまるか!それに俺はもう死んでいるんだろう!?討伐など出来る物か!」
「そういえば話していなかったか。貴様は元の世界の神の加護で死んでも元の時間軸に戻る。私も加護を授けたのだが混ざってしまってな。表記はおかしいままだがな。」
「元の時間軸に戻る?元の世界に帰れるのか?」
「ああ、元の時間軸と言っても呼ばれたタイミングに戻るように設定してある。君はへキシル王国とかいう国の王城に戻る。そうだな…流石にその剣ではアナンタを討伐するのは難しいか。不壊とチャージの能力を付けよう。」
奴が指を鳴らすと首に突き付けた剣が光り収まった。
何か細工を施したようだ。剣を握っているのが不安になって来た。
「依頼をしているのだから小細工などしてる訳無いだろう。アナンタ討伐の為の最低限の付与だ。上手く使って見せろ。」
奴は心外だとでも言うように肩を竦め相変わらず上から目線な物言いをする。
「依頼など受けないと言っているだろう。」
「依頼達成を祈っておこう。地獄を何度か経験するだろうが運命の神として獅子奮迅の活躍を期待している。」
「だからやらないと言っているだろう!」
そう言った後、俺の意識は微睡みに落ちるようにスっと落ちていった。