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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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社内園芸部・部員一人

 事の切っ掛けは、二〇一六年の震災の年の五月、私の生息区域のとある場所で、熊本のバラ農家さんを支援するバラの苗の即売会に偶然行き合わせたことだった。


 自分でバラを育てる───というのは、若い頃から抱いていたロマンの一つである。その根源が、漫画家の萩尾望都先生の名作の一つ、『ポーの一族』であることは否定出来ない。

 その後、自分でバラの育て方の本を読んで何度か挑戦したが、ことごとく枯らしまくって来た。

 動物好き&生き物好きの延長で、植物も大好きなのだが、園芸関係で上手くいった例がなく、挙句の果てにはサボテンまで枯らす始末。いつしか、植物を育てる事を諦めてしまった。


 しかし、偶然遭遇したバラ農家さん直営の即売会には、見た事もないものが沢山あったのだ。これまで名前しか知らなかった有名な種類や、挿し木をして一年目の愛らしい苗から、数年に渡って育てられて来た素晴らしい大苗などラインナップが素晴らしく、『何度も枯らして来た私が購入してはいけない』と思いつつも、離れることが出来なかったのである。

 そして、展示されている一つ一つを楽しみながら、いつしか私は、一つの大苗に釘付けになってしまった。

 バラの名前は『モリニュー』。オレンジからイエローにかけてグラデーションしている色合いも素敵で、何だか一目惚れをしてしまったのである。けれど、大苗故にお値段もそれなり。

(この子いいなぁ……でも、まともに育てられたことないし)

 そう思いながらも離れ難く、鉢の前に座り込んで葛藤していると、花農家さんの女性の方から声を掛けて下さった。

「お気に召しましたか? どうかされたんですか?」

 私は、これまでに何度もバラの苗を枯らして来たこと、この『モリニュー』をとても気に入ったのだけれど、また枯らしてしまうのではないかと思うと、連れて帰ることに躊躇(ためら)いがあることを正直に告白した。すると、彼女は幾つかの質問をして、私にある程度の知識があることを確認すると、的確なアドバイスをくださった。

 そのことに勇気を貰い、思い切って購入した『モリニュー』ちゃんは、五年経った今でも元気に花を咲かせてくれている。


 そのことがあってから、沼化するのが必然の、禁断の趣味の扉をまた一つ開けてしまったのである。

 やり始めてみれば、私の若い頃と違って、情報は簡単にいくらでも入手出来た。そして丁度その当時、仕事もタクシーに乗務する以外の仕事が増え、老いた両親が居る家と職場を行き来するだけの生活に、心が少々疲弊(ひへい)気味でもあった。なので、営業所長に『経費は要求しませんので、私の癒しの為に会社に花を持ち込んでいいですか?』と申し出て、無事に許可をいただいたのだ。

 一人園芸部の設立である。


 初秋のことでもあり、最初に手を付けたのは寄せ植えだった。

 バラは勿論好きなのだが、小さな草花がこんもり・もこもこと咲いているのも好きなのだ。

 最初は欲張って、吾亦紅(われもこう)竜胆(りんどう)、小さな鶏頭など色々試してみたが、あまり長持ちしなかった。最終的に落ち着いたのは、パンジー・ビオラ系で、上手く育てれば春まで間断なく花を咲かせてくれる。『寄せ植え』というぐらいなので、アリッサムやイベリス、ストックなどを混ぜてみたり、鉢の中に球根を仕込み、季節が進むと風情が変わるようにもしてみた。

 ───が、ここで思わぬ誤算が生まれたのだ。

 全乗務員の九十五%が男性。そのうちの九十五%がおいちゃんの職場である。花なんぞ誰も興味なかろうと思っていたら、砂糖よりも蜂蜜よりも黒糖よりも甘かった。おいちゃん達は、意外に小さきものが好きだったのだ。

 「そういえば、シングル・マザーの同僚の小さな子供達を可愛がっていたなぁ」と思い立ったのは、随分後日のこと。

 小さき花々を愛でるおいちゃん達は、手入れの仕方も知らないまま草花には水をあげればいいのだろうと、私が見ていない所で土が乾く間もない程に、ひたすら水をあげ続けたのである。

 頃は、秋から冬、春に至るまでのことだ。霜注意報が出ていても、凍結注意報が出ていても、ひたすら水をあげ続け───一体、何鉢(とど)めを刺してくれたことか……。

 最終的には、無粋の極みながら、秋の初めに寄せ植えを持ち込んだ時には、一ヶ月ばかりは『決して水をあげないでください』との立看を設置せざるを得なかった。なにせ一年後には、去年の注意書きを忘れているのだから……。


 興味深かったのは、秋から春先の寄せ植えを引き上げ、代わりにいつしか増えたバラの鉢植えを持ち込むようになってからである。

 幾度か夏の草花の寄せ植えにチャレンジしてみたが、営業所の陽当たりの良い所=駐車場の為、あまりの暑さに耐えきれなかった。それ故に、『草花』ではなく、『樹木』であるバラの蕾がついている物を持ち込んだのだ。

 すると、おいちゃん達は間断ない水やりをしなくなったのである。

 おそらく、バラ=高価な花・手入れが難しい花───という意識があったのだろう。

 おかげで、初夏に向かっている現在、日光浴が必要なバラちゃん達は営業所に持ち込まれ、日々元気に咲いている。


 何かの世話をするということには疎いおいちゃん達が、意外にお花が好きだったという、これはそんなお話。


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― 新着の感想 ―
[一言] >小さきものが好き なんとなく分かります。 植物じゃないのですが、というか、金魚(!)なのですが。 誰かが、お祭りで釣ってきた金魚を職場に持ち込んだのです。そして別の誰かが、「金魚の餌」…
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