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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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プレゼント

 灼熱の真夏に、吹雪の日に、特別な送迎の時に、お客さまから何かを頂くことがある。

 一番多いのは、やはり飲み物だ。非常に寒い日に長い時間をお付き合いすると、温かいコーヒーやペットボトルのお茶を頂く。猛暑日などは冷たいお茶やオロナミンC───そう、私より先輩の世代は、何故かオロナミンCを常備しておいでなのだ───が、何本もトランクに溜まることもある。食べ物の好き嫌いはほとんどないが、飲み物は嗜好品で好んでは飲まない物もあるので、会社に持ち帰って『お福分け』として同僚にあげることもしばしば。


 『何かを頂く』ということだけで困るのは、介護タクシーの仕事の時だ。確かに『タクシー』の仕事ではあるのだが、この場合の我々は『介護士』として働いているので、金銭は勿論、物を頂くことさえ利益供与に当たり、福祉の規定に引っかかるのである。

 けれども、人生の先輩の先輩ぐらいに当たる利用者さま達のほとんどは、我々を『タクシードライバー』としてのみ理解されているので、御自身やご家族のみではままならない通院・入退院のお手伝いをする我々への感謝が深く、なにかしら下さろうとする。そのお気持ちはありがたいのだが、基本的なルールは守っていないと仕事にならないのも確かなのだ。難しいのは、強く断れば、利用者さんの気持ちを傷つけてしまうという点だ。幾度も幾度もカンファレンスの議題になった結果、ペットボトルの飲み物一本程度であれば、受け取った方が良いという結論に達した(本当はNG)。

 そこまでならまだしも、「お世話になったんだから、家(部屋)に上がってお昼でも一緒に」とか、患者さんである利用者さんを自宅で待っていたご家族が、蒸かした鍋一杯の肉まんを差し出して下さったりとか、仏壇のお菓子を下さったりとかが、特に困ってしまう。「次の予約がありますから」とか「さっき食事したばかりで」などと言って断るのだが、「持って行きなさい」と差し出された仏壇のお菓子等は中々断れない。そして、頂いたからといって、中々食べることも出来ない。いつから仏壇にあったか分からない物がほとんどだからである。やむをえず、「ありがとうございました」と手を会わせて廃棄することがほとんどだ。

 けれど、誤解しないでいただきたい。感謝の意を示していただけるのは、本当に嬉しいことなのだ。


 これが、『普通のタクシーの仕事』となると、頂く物も千差万別。

 桜が満開になる頃に、花見の帰りのお客さまをお乗せすると、「持って帰るのが重いから」とおっしゃって缶ビールを数本置いて行かれる方もいる。飲酒運転に厳しい世の中、アルコール飲料を持っているだけで途轍もなくヤバイ。けれども、通常の飲み会と一味違うテンションのお客さまは、断ることを許さず置いていかれる。その場合、トランクを開けただけでは分からない、スペアタイヤの隙間に隠すという機転も必要となるのだ。ついでに言えば、DNAにアルコールが流れていると豪語する飲兵衛家系の私だが、炭酸が駄目なのでビールだけは飲めない。頂いたビールは、やはり『お福分け』で同僚の喉を潤すことになるのだった。

 「御遣い物用に、どこかに美味しいお菓子屋さんはありませんか?」と訊かれ、「沢山あることはありますが、自分で食べて美味しかった所は其処此処で、名前を知っている有名店はあちらとこちら。日持ちが必要でしたら、こんな物も……」等の会話の結果ご案内すると、おすそ分けをいただいたりもする。運転状況を考えて焼き菓子などであれば助かるのだが、生シューや生ケーキだと困ることも───と、やんわり伝えた場合、お客さまは「わたし達が乗っている間は大丈夫、気にしないから今食べて。目的地に着くまでにっ!」。嬉しいけれど、それはそれで運転しながらなので難しいのです。それに、意外と同業者は擦れ違う同業者の車中を見ているものなんです───とは言えず、ワイルドに食することになるのだ。

 私も目撃したことがある。おそらく、同じ状況だったのだろう、ガ△ガ△くんソーダをワイルドに食べながら、交通量の多い繁華街を運転している同業者を。

 頑張ろう、みんなっ! おすそ分けはお客さまの+から出たお気持ちなのだからっ!

 他に珍しい物といえば、海外旅行帰りの方にフランスパンを頂いたり、焼き鳥の詰め合わせセット等もあった。お客さまをお送りした先が農家さんだった時には、各種土付き野菜一式。家計的にはとても助かる。ただ、トランクの中の隠し部屋に隠しきれないサイズの立派なカボチャを頂いた時は、カーブを曲がる度にゴロゴロと転がる音がするので、取り急ぎ実家に渡しに行ったということもあった。けれども、本当にそれは立派なカボチャで、食材として四日分はあった為、カボチャ料理のレパートリーが増えたというオマケも付いた。


 最も嬉しかったのは、もう十年以上前に、二人のお嬢さんを深夜帯にお乗せした時のことである。遅い時間まで飲んでいた方々は、得てして時間の感覚が無くなっているので、「今、何時?」と訊かれることが多い。この時もそうだった。

「深夜〇時を少し回ったところですね。ん?───おや、まあ…」

「運転手さん、どうかしたんですか?」

「いえ、誰とも何の約束もしていなかったんで忘れていたのですが、たった今、誕生日になりました」

「えっ? 運転手さんの?」

「きゃあっ! いやっ、停めてっ! そしてちょっと待ってっ!」

 お二人の思いがけない激しい反応に、私は言われるがままに路肩に車を寄せて、待機に入った。お二人は五分と待たずに駆け戻って来られ、小さな花束を私に下さり、ハッピーバースディまで歌って下さったのである。

 お誕生日に花束を貰ったことなど、これまでに幾度あっただろう? しかも、出会って数分のお客さまにである。

 この日は、人生で三本の指に入る嬉しい・忘れられない誕生日になった。


 こんな驚きや喜びがあるから、この仕事が辞められない───これはそんな日のお話。


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