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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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リクエスト

「お見受けしたところ、運転手さんは私より少し下の世代の方と思いますが、少しお伺いしてもよろしいですか?」

 例によって、初めてご一緒した男性の方にそう訊かれた。

「私で答えられることであれば、どうぞ」

 『タクシーのドライバーは情報通』というのは定説らしく、意外と色々なことを訊かれる。多くの場合は景気の動向やグルメ情報だが、それ以外のことも多い。はてさて、今度はどんな質問なのか。

「自分はいわゆる団塊世代で、ご存知の通りもうすぐ定年を迎えます。仕事をしている間は会社のことばかりだったので、退職後は誰か人の為になることをしたいと思っているのですが、自分よりの下の世代の方が、我々の世代に望むことはありますか?」

 おお……なかなか深い問い掛けだ。

 けれど、自分は即答した。

「あります」

 即答──というのは、先方も予想していなかったらしく、少し食い気味に問いを重ねた。

「どんなことですか?」

「自分は、長い時間をこの車の中で過ごして、色々な所で色々な事を見聞きするのですが、最近の人生の先輩方は、最近の若者より目に余ることがあります」

 真摯な問いかけには、真剣な答えを──自分の主義である。

「例えば、一日車で移動していると、お手洗いと補給物資と一服休憩を求めてコンビニに寄ることが多々あるのです。最近のコンビニに商品には、店で買ってすぐに食べられる物がありますよね。それらを買って、店の前で食べて、ゴミを路上に捨てる。若い人たちは、『ゴミ箱があるんだから、ゴミ箱に捨てようよ』というと、『あ、すみません』とすぐに受け入れてくれます。けれど、年長者はこちらを罵倒しながら、そのまま去って行くんですよ」

「そんなことがあるんですね……」

 物腰から察するに、この小父さまは、コンビニで買い食いなどしないだろう。なので、解り易いように、もう少し例を挙げてみる。

「ご高齢の方を含め、子供の手を引いている親世代までが、コンビニのゴミ箱に生ゴミなどの生活ゴミを捨てて、買い物もせずに帰って行く。歩きタバコをして、路上にポイ捨てをする。交通の邪魔になる所で違法駐停車をする。孫ちゃんの手を引いて、渋滞している幹線道路の信号のない場所を渡っていく。『最近の若い者は』というのは、どの世代でも言われているでしょうが、身をもって手本を示すのは大人の義務と考えます。若い世代や子供たちの素行の悪さは、親族を含む、周囲の大人が手本を示さなかったが故の、鏡像的答えではないでしょうか? 『最近の年長者は』見習うに値しないというのが、私の意見です。なので、自分より年長の皆さまに望むことは、『格好いいオトナ』でいてください───ということです」

「例えば、今おっしゃった公共のマナーのようなものですか?」

「それも含めてですが、若い人は知識と体力はあるけど、圧倒的に経験が足りない。逆に我々年長者は、体力が衰えている代わりに圧倒的な経験値と積み重ねた知恵がある筈です。だから、『このクソジジィ、煮ても焼いても食えねえ。男としても人間としても、全然かなわねぇじゃないか』と若者を滅茶苦茶に悔しがらせ、クソジジイだけど格好いい───と思わせるような、素敵なクソジジイになって欲しいです」

 自分が言ったことを噛み締めるように、小父様、しばしの沈黙。

 そして───。

「運転手さん、大変難しく、厳しいご意見ですね」

 おっと、この自分の意見を『厳しい』と受け取るだけ、この小父様はかなり脈あり。

「なるほど、後進を育てる為にということですね」

「はい。加えて言うなら私の理想は『小煩いクソババァ』ですから、理想を現実にする為に、日々修行中です」

 真剣に私の話を吟味していた小父様は、最後の一言を聞いて軽やかに笑ってくれた。

「では、お互い頑張りましょう」

 別れ際の挨拶に言われる。

 生意気なことばかり言ったが、伝えたいことは概ね伝わったようで、ほっとした。


 ずいぶん後になって、偶然同じ方をお乗せした同僚に、たまたま聞いたところによると、この方は地元の大きな企業の方だったとのこと。そして、私の小癪な意見を気に留めてくださっているとの事だった。それは、私としても、とても嬉しい事である。


 トータル¥2700ほどの、移動時のお話。


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