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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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泥酔したらス☆イムだった件

 介護タクシーのメンバーである事が、お客さまとの話題に上ると、時々言われることがある。

「大変ですね。小柄な高齢者の方でも、体に全然力が入っていないと、抱えにくいし重たいでしょう?」

 それは確かにその通りだ。

 だが、本当に抱える事が出来ない程、体が柔らかくなっているご高齢の方は意外に少ない。むしろ、拘縮といって、四肢が動かせないぐらいに固まってしまっていて、抱え上げること自体は問題ない場合の方が多いぐらいだ。この場合に問題なのは、抱え上げることよりも、四肢が固まっているが故に、動かすこと自体に痛みが伴うということだ。勿論、様々な工夫を凝らしてより苦痛が少ない方法を模索しているが、全く痛みが無いというわけにはいかないのが現状である。


 体の状態が掴み所のないタコさんのように、くにゃくにゃのニュルニュルになってしまっているのは、電池が切れて眠ってしまった子供───そして、泥酔者なのだ。

 酔客は、帰宅する時間に依って、その状態に特徴がある(勿論、例外は有り)。

 一次会終了後の二十時から二十二時ぐらいまでに帰路に付く方々は、ほろ酔いがほとんどだ。お酒が入っているのは確かでも、程よくご機嫌に帰れる程度。

 二次会・三次会に行かれて、終電・終バスを逃した方々が乗って来られるのが、二十三時から午前三時ぐらいまでの間。この方々は、かなり出来上がっていて、車内で騒ぐし絡む・目的地に着く前に寝る・車内リバースをするなどの可能性が高く、かなり厄介なことが多い。ただし、他に帰宅する手段がない為に、明け透けに言うと客単価が高い場合も多い。文字通り、ハイリスク・ハイリターンのお客さま方だ。

 この時間帯を越えて飲んでいらっしゃる方々は、深夜割増の終了待ち、もしくは始発待ちの方々なので、午前五時から午前七時過ぎに出没する。それで、何故タクシーに乗って来られるかというと、飲み疲れて他の公共交通機関で帰宅する余力が無くなっているからだ。つまり、最も泥酔度合いが高いとも言える。


 実際のところ、自力では車を停める事も乗車する事も出来なくなっている泥酔者の方は、時間帯を問わず遭遇する時はするものだ。

 歩道に転がって寝ていたりするのは、こちらに被害がないのでまだいい。けれども、仲間や友人を見捨てる事が出来ない人々が御一緒の場合、『泥酔者を誰が引き取るか』で熾烈な攻防戦が展開される。

 よくあるパターンとしては───


一・大人数で立っていてタクシーを停め、泥酔者だけを放り込む場合。

二・乗れるだけの人数で乗って来て、順番に降りて行き、最後に泥酔者だけを残そうとする場合。


 ───と、この二つである。

 一の場合、車のドアを閉めたり、メーターを掛けて発進してしまったら、タクシーの負け。例えお連れさんが問答無用でドアを閉めても、こちらですぐに開けて、「この方だけでお連れすることは出来ません」と断固として主張しなければならない。お連れの方が「住所を教えるから」と言っても、「ご自宅にお送りしても、ご自分でお支払いをしたり車から降りたり出来ますか? 我々は勝手にお金を貰ったり、お体に触ったりは出来ないので、警察に直行するしかないのですよ」と伝え、改めて引き取って貰うか、同行する人を要望するのだ。

 二の場合、泥酔者の一つ前で降りようとする方に、敢えて犠牲になっていただくしかない。勿論、一人で犠牲になるのだから、渋ればこちらも妥協案を示す。泥酔者を送る所まで付き合っていただくので、料金はそこで終了し、ご自宅にはちゃんとお送りするという条件で妥協して貰うのだ。


 これだけ聞けば、『タクシーの運転手さんも大変ですね』の世界だが、近年はここまでの事は少なくなった。おそらく、世の中が『飲酒』というものに厳しくなったからだろう。正体を無くしている泥酔者がいても、「僕達がちゃんと送ります」と言ってくださるお連れさまが付いて来てくれる場合がほとんどだ。ほとんど───つまり、前述のような状況が皆無ではない。タコさんは未だ存在するのだ。


 もう何年も前のことである。朝になって通り縋った歓楽街で、一晩中働いていたホストのお兄さんをお乗せした事がある。

 彼らは飲酒する事が仕事でもあるので、その時のお兄さんはまさしく泥酔者だった。しかし彼と彼らは、ある意味で泥酔のプロなので、きちんと同乗する人がいる旨、ご自宅には他のメンバーと同棲中の彼女さんが待っている旨を伝えてくださったので、快くお乗せした。

 そして、ご自宅に到着する頃には、お兄さんはまさしくタコさんと化していたのである。

 彼女さんが叱咤激励しても、同僚さんが車から降ろそうとしても、くにゃくにゃの体はツルポンツルポンとすっぽ抜け、いっかな事が進まないのでさすがの私も見るに見かねた。

 私が、財布を抜いたりセクハラをしたりしていないという、複数の証人が存在したので、「少し任せていただいてもいいですか?」と前面に出たのである。何しろ、私には介護で鍛えたテクニックとボディ・メカニックスという武器があるので、力だけに頼る必要が無かったからだ。

 お兄さんの健康なお尻を力の支点にして(高齢者の場合は、それも出来ない事がある)向きを調整し、ほぼお姫さまだっこの状態で車外に出して何とか立ってもらう事に成功した(でもまあ、この為に鍛えたテクではないのだけれど)。

 周囲のホスト仲間の方々からは、拍手喝采───けれども、私はもっと主張したいことがあった。

 「誰か、今のシーンを写メしましたか? ドクロのパンツが見えている状態で、オバサンにお姫さまだっこをされた証拠を見せると、今後この方も、こんな酔い方はしないと思いますけど」と言うと、同僚さんは爆笑の渦。唯一彼女さんだけが、「わたしがそのことはちゃんと伝えます。もうこんな事はしてほしくないので」と、おステキなまでにクールだった。


 かように、泥酔者はス☆イムと化す。

 できれば、ス☆イム化してしまった時には、どこかで一泊していただくことを切にお願いしたいものである───というお話。


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