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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
4/60

ちょっぴりホラーテイスト

 これは、深夜帯に『お客さんを送って&お客さんを求めて三千里』的仕事をしている時のお話。


 何故か、タクシードライバーは情報通だとの定説があって、色々な人に色々なことを訊かれる。景気の動向から、地元有名人の自宅や流行の店、事件の現場や心霊スポットまで───答えられることは答えるし、答えられないことは答えない。当然のことながら、知っていたとしても個人情報漏洩などは以ての外である。

 その中で、心霊スポットや心霊現象を遊び半分に訊ねる人は多い。下手をすると同僚にすら訊かれる。大多数の人は、「本気で訊きたいんですか?」と真顔で訊ね返すと、「訊きたくないです!」と答えるものだが、「マジなら、訊きたい」と食い付く人もいる。

 その場合、真剣に怖い話は口にしたくもないので、本当の話なのだけど、笑いオチのある話をすることが多い。


 だがしかし、この仕事をしていて、本当の本当に怖い話は心霊ネタではないのだ。


 繁華街から少しだけ離れた、人影が朧に判別できる程度の灯りしかない路地裏で、繁華街方面に向かって鉄パイプを引き摺りながら歩いて行く人がいたり(その人の行く手にお巡りさんが巡回しているのを知っていたので、特に通報していないし、事件も起きなかった)。

 半オフィス街の一角にある居住用のマンションにお客さんを送った帰りに、小さい箱庭のような真っ暗な児童公園立っているだけの男性がいたり。

 寝静まった戸建てばかりの住宅街で、何をするでもなくしゃがみこんでいる若い女性がいたり。

 正直に言って、心霊現象に遭遇するより、生身を持っているそちらの方が数万倍怖いのである。

 幸いにして、私自身は金魚鉢───もとい、内側からロックをかけた車の中に守られているので、何とか仕事をすることが出来ている。けれど、その近辺をノコノコとスマホを片手に、あるいはその上にイヤホンまでして一人で歩いているお嬢さん方を見かけると、「ちょっと待てっ!」と言いたくて堪らない。実際に、「ヤバイかも?」と感じる時には、停車したまま日報の処理をしているフリをして、彼女らが危険地帯を通り抜けるまでその場に居る場合もある。

 こんな話をすると、「運転手さん、優しいですね」と言われるが、そうではないと強く主張したい。結構本気で小心者の私は、万が一の事があった場合に、翌日の新聞やニュースでそれを知ってしまうのが怖いのである。『もしも、あの時にこうしていれば』的後悔を、一生背負ってしまう自信があるのだ。


 直接私を知っている九割の人は、「嘘つけ。いつも自信満々落ち着き払っていて、図々しいくせに」というだろう。けれども、それも違う。

 小心者歴ン十年、しかもトラブル遭遇率の高い人生を送って来た為に、『トラブル&緊急事態対応マニュアル』が脳内に作成され、広辞苑並みの分厚さで居座っているのだ。しかも、頻繁にそれを使う機会がある為に、マニュアル検索の為のショートカットキーまで付いているという優れものである(頻繁に使うという点で、嬉しくないスキルだが)。そして、そのマニュアルを適正に使う為に脳内に形成された物が、棚だ。例えでも何でもない、『棚に上げる』の棚が確かにある。

 何か事が起こり、脳内に緊急アラートが発動した時、私の心の中の狼狽や驚愕や恐怖は、オートでこの棚の上に一時保管されるようになっているのだ。それを『冷静な対処』と人はいうようだが、あくまでも一時保管なので、緊急アラートが解除されれば、狼狽や驚愕や恐怖はアドレナリンの嵐と共に私に返却されるということである。事がすべて終わり、周囲の人達も落ち着いた後になって、一人パニックが訪れるのだから、これを冷静とは言わないのではないだろうか?

 直接私を知っている残り一割に満たない人々は、これらの事実を良く知っているのだ。彼らの評価は、「おまえはなぁ、人一倍ビビリで人見知りだからなぁ」である。


 そんなこんなで人一倍小心者の私は、小心者故に周囲をよく見てしまい、見なくていい物まで見てしまうのだ。


 朝の通勤時間に、政令都市最大のJRの駅から出て来る何十人・何百人の人波が、スマホで話をしているかスマホを見ているかの二通りの不自然な首の角度で、前も見ずにランダムに流れて行く不気味さとか。

 オープンカフェに居るお客さんが、タブレットやスマホを手に、耳にはイヤホンをして、同席している人がいても誰とも視線が合わない姿が、自主的に自閉している病的な姿に映るとか。

 世の中が荒れて来ると、綺麗な服を着た若者達が街中に集まって来て、どこかの店に入るわけでもなく、ただ路上に座り込んでたむろしている空虚な笑い声の中の荒廃とか───そんなものに気付いてしまう。

 実際、彼らが私のお客さんになった時、泣きながら、あるいは笑いながらでしか話せない話をしていくことが多い。

 無数の集団でありながら、みんな淋しくて・みんな傷ついている───そんな我々は、どこに流れていくのだろう?

 それらのことの方が、ずっと怖い。


 それに比べれば、建物や街路樹の影にいる黒いのとか、路線バスのボディから腕だけを出して手を振っている連中が如何ほどのものか。彼らはたまに居るだけで、別にこちらに何かをしてくるわけではないのだから。


 きっぱり¥0、空車での走行時のお話。


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