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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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草の根国際交流・その二

 中年女子のチャレンジの結果を試すかのように、二〇一五年・ラインオンズクラブ国際会議が立ちはだかる。

 勿論、片言英語がやっとでビジネス英語なんてとんでもないっ!───という私なので、会場に詰める仕事は回って来ない。けれども、会議前、会議後も彼らはそれなりに行動しているのだ。


 事の始まりは、『ライオンズクラブ会議の方に観光案内が出来る人』という予約センターの呼びかけだった。

 すでに会議が開催されて数日が経っており、英語が堪能な同僚が営業所に帰って来て、「英語だけでは世界は渡れない……」と打ち拉がれているのを皆が見ている。加えて、世界のセレブに観光案内となると……志願者がいる筈もない。

 私はといえば、観光案内自体は、放って置けばしゃべり倒すので問題ない。問題なのは会話だ。手持ちのカードは英語一択。それも、最近多少鍛えたとはいえ、まだまだ観光案内レベルではないことは、自分が一番判っていた。けれども、通訳さんがいれば、もしかすると?

 そういうことで、予約センターのスタッフに直接問い合わせ、通訳さんがいる旨と、英語圏の方々である旨を確認し、それならば行きましょうと志願した。

 だが、人生はそんなに甘くはない。仕事においての報連相が重要だと言われるようになって久しいが、それでもいまだに言われ続けるのは、色々な職場でそれをきちんと実行する事が難しいという証拠でもある。


 かくして、指定のホテルに行ってみると、当然のごとくに話が違った。

 通訳さんの同行がないのだ。予約センターに「話が違う」というと、「頑張ってねぇ」と激励されただけだった。

 私にとって幸いだったのは、一つは夫婦二組のお客さまがカナダの人だということである。英会話の先生もカナダの人。若い頃に一緒に働いて仲良くしていた同僚も、日本生まれのカナダ人。私にとって、カナダ系の英語が、最も耳馴染んでいる英語だといえるからだ。

 そしてもう一つは、行きたい場所の指定があったということである。しかも、内容が市内の寺社仏閣に偏っているのだ。これらは、得意分野と言ってもいいぐらいの場所だった。

 十分ぐらいの待ち時間の間に、マイ・タブレットでうろ覚えの部分の予習を済ませ、いよいよお客さまを迎えた。二組のご夫妻は老年と呼ぶには少し若い方々で、一組は白人系(細かい人種は判らない)の夫婦で、もう一組はエキゾチックなご夫妻だった。

 いざ出発となり、運転しながらの自己紹介タイムである。取り敢えず、定番通りに「Welcome to my city. My name is Aoi」とやってみた。───が、話しに聞き及んでいた通りに、母音がメインの日本名は彼らには聞き取り辛く、発音し難い様子だったので、別の提案をした。これは、何となく以前から考えていたので、サラリと出て来たアイディアだった。

「Please call me Anne. I do not Ann. My name ANNE.」

 Aから始まる一番簡単な名前を、自分に想定していたのだ。ちなみに後半は、相手がカナダの人であるのなら通じるだろうとやってみたアドリブである。「私の名前は、アン。Ann じゃなくて、Anne で呼んでね」というのは、カナダの作家・モンゴメリ氏の名作『赤毛のアン』の中で、主人公のアンがのちの親友ダイアナにした自己紹介のパクリなのだ。

 斯くして、この一言が実にウケた。取り敢えず、掴みはOK。

 そして、単語そのものはよく聞き取れなかったが、「これから行く所の紹介をして?」との要望があり、何とか英文を組み立てようとしながら、モグモグと話し始めると、お客さまの方から「頑張れ」と声援を受けたのだ。名前の件と応援と───これで頑張らなければ、女が廃るというものだろう。

 「Yes. I am fight.」と気合を入れ直し、過去形や現在進行形なんぞ知ったことかと開き直った。運転しながら、知らない単語を考えても仕方がない。とにかく、自分が知っている言葉で話すしかないのだ。

 挙句の果てに始めたトークが、「Once upon a time…」である。つまり───。


 昔々ある所に、ブッダが誕生しました。ブッダは仏教を作り、仏教はインドから中国、そして日本に渡って来ました。


 きちんと文章にはなっていなかったとは思うが、概ねそういうことを話した。「ああ、知ってる、知ってる」という反応が返った所をみると、一応通じてはいたようである。それから───。


 中国から有名な僧侶が日本に来て、最初に建立したお寺が、このお寺です。


 計算していたわけではなかったが、丁度そこまで話した時に、最初の目的地に到着した。英語は非常に怪しいものだったが、内容は嘘ではない。


 そのお寺には、堂内に大仏様がおられ、胎動巡りが出来るようになっている。白人夫妻とエキゾチック夫妻の旦那さまは、思い思いに見学していたが、エキゾチック夫妻の御夫人の方は大仏様に手を合わせ、他のお連れ様より参拝に熱意があった。そして、まるでそれが目的であったかのように一人で胎動巡りに入って行く。案内係である私は一人なので、三人と一人であれば、一人の方が優先だろうと付いていくことにした。

 私は、高校の修学旅行の時に、長野の善光寺の胎動巡りの経験はあっが、このお寺の胎動巡りは初めてだ。地方やお寺によって違うのか、善光寺の胎動巡りはひたすらに暗闇だったが、このお寺では最初に地獄絵図が展示されている。

 それが死後の世界であることを説明しようとすると、御夫人は「知っているから、いいわ。私はインド出身のヒンディーだから」と遮られる。真摯なキリスト教の信者やムスリムに出会ったことはあったが、本物のヒンディーに出会ったのが初めての私は、つい興奮気味に言ったのだ。

「ヒンディーなんですね。私、ヒンズー教には興味があるし、好きですよ」

 返った反応は、意外なほどクール。「あら、そうなの?」と言い、少しばかり鼻で笑われた。これは、リップサービスと思われたらしい。

 しかし、観光案内はまだ始まったばかりで、誤解されたままでいたくはない。なので、黙って胎動巡りにお付き合いをして、外に出た時にもう一度話し掛けたのである。

 「Congratulation」───と。彼女は何を言われたのか判らないとばかりに、きょとんと振り返った。

「We were bone. Once more now.」

「Yes, I know.」

「Happy birthday. Welcome The World.」

 胎動巡りをしている間、リップサービス疑惑を解く為に、どう言えば誤解を解けるかを考えていた。私の英語力を考えると、本当に理解していることを出来るだけ簡潔に言うしかなかったのである。

「Oh……Oh, Thank you. Thank you so much.」

 御夫人は、そう言って優しいハグをして下さった。

 この件で、どうやら私は彼らの信頼を得る事が出来たようで、それからの道中は楽しいものになった。

 神社に行けば、私が拙い英語で解説する神社での流儀───参道の中央を歩いてはいけない理由や手水の使い方、柏手の打ち方など、興味津々で聞いてくださり、楽しんでくださっているようだった。

 私のリクエストに応じて、気軽に「Anne」と呼んでくれて、お土産の相談もしてくださった。

 エキゾチック夫人が日本茶をお土産に選ぶ時、やたらと日本茶のカフェインの事を聞くので少し困惑したが、「Sleeping tee.」という言葉と、彼女がインド生まれの上流階級と推定される事が結びついて、ようやくピンと来た。インドの上流階級といえば、英国文化が浸透していると推測して間違いない。つまり、Morning tea で Afternoon tea で、その次がSleeping tee なのだ。それならば、訊かれたことに納得出来る。納得が出来れば、それなりに説明も出来る。雑学万歳!

 その後は、とんとん拍子に事は進み、最後には無事にホテルまでお送りする事が出来た。何とか任務終了である。


 およそ三時間半、¥14,000程の仕事のお話。

 けれど最高の報酬は、四人に最後にしていただいた、親愛の情を籠めたハグだった。

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