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金魚鉢の中から  作者: 睦月 葵
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子供たちは挑戦したい・その一

 子供たちは、挑戦したがりで知りたがり。思えば、自分もそうだった。


 我が愛しの甥っ子が小学三~四年生だった頃、某有名ゲーム&アニメ『妖◎時計』にハマっていた頃、とある問答をしたことがある。この叔母は、姪&甥に構いたくてならないのだが、滅多に会えない上、優先順位は爺婆(両親)の方が先だ。構う為の持ち時間が非常に短い為、会う機会がある時は、事前に兄嫁にリサーチして彼らのmy ブームに関する予習を欠かさない。

 と、いう訳で、『妖◎時計』の基礎知識も、帰省前に仕込み済みだったのである。そして、車二台に分かれて家族で移動している時に、さくっと話題を振ってみた。

「ねぇ、『妖◎時計』にハマっているんだって? 叔母ちゃん訊いていい? 主人公の相棒のニャンコは、どうしてジバってついているの?」

「地縛霊のジバだから」

 甥っ子の返事は明快だ。けれどもこの叔母は、三回転半ほど捻りが入っている(友人談)。

「甥っ子よ、間違えてはいけない。妖怪と幽霊は別のモノなんだよ」

「え? そうなの?」

「妖怪は変化。幽霊は魂から発生するものとされている。けれどもあのニャンコは確かに尻尾が二本あるから、確かに猫又系の妖怪になったのだろう。その後、地縛ってしまったのだな」

 思わぬ話題の展開に、どちらかといえば人見知りの甥は、目を白黒させていた。

「じゃあ、もしかして、ふゆというニャンコは……」

「浮遊霊のふゆ」

「うむ、そこはキチンと区別するように。妖怪と幽霊は別のモノだから。ちなみに、モンスターと妖怪も別だからね」

 ゲームやアニメでは混同されがちなそれらの違いを指摘されて、小学生の甥は大きなカルチャーショックを受けたようだった。

 それを笑いながら聞いているのが兄嫁、不満そうなのが兄───おそらく、余計な事を教えるなと言いたいのだろう。


 かように、子供たちと問答するのは楽しい。


 営業車の中で最初に挑戦してきたのは、お母さんと一緒に乗って来た、やはり小学三~四年生の男の子だった。どこで嗅ぎ分けるのかは不明だが、彼らは構ってくれる大人とそうでない大人を巧みに嗅ぎ分けてくる。

「僕ね、僕ね、動物が大好きなんだ!」

 彼は、子供らしく前振り無しで、唐突に主張し始めた。

「ほほう、それはイイネ。オバチャンも生き物は大好きだよ。何が一番好きなの?」

「キングコブラ!」

 おっと、これはフェイントだ。子供だから、もっとモフモフした生き物の名前が出てくると思い込んでいた。しかも、久しぶりに聞いた名前だ。

「渋い所を突いてくるねぇ。キングコブラのどこが好き?」

「すっごい毒を持っているんだよ。それに戦う時に、首が平べったくなるのもカッコイイ」

「確かにアレはカッコイイね。猛毒だしね」

 一緒に居るお母さんは、笑いながらも「すみません、運転手さん」と遠慮してくる。「構いませんよ。私もこの手の話題は尽きませんから」と返したら、少し安心したようだった。

「じゃあ、オバチャン、キングコブラがキングコブラを噛んだら、どうなるでしょうか?」

「間違いなく死にますよ」

 これが正解であることを、動物マニアである私は知っている。成果を答えられた少年は少し不服そうで、お母さんは「そうなんですか?」と驚いていた。

「キングコブラの毒は、牙の根元の毒腺に溜めてあって、体の中は普通だから死ぬの」

 と、お母さんに解説したのは少年だった。

「正解。良く知ってるね。小学生なのに大したもんだ。じゃあ、オバチャンからも問題を一つ。ガラガラヘビは知っている?」

「知ってるよ。アメリカの毒蛇」

「では、キングコブラとガラガラヘビの毒には大きな違いがあります。それはなんでしょうか?」

「え~……知らない」

「キングコブラの毒は神経毒といって、心臓を含む全身の神経に効く毒なので、噛まれた生き物は即死します。ガラガラヘビの毒は溶解毒といって、血肉を溶かす毒なので、死なないこともありますが、大きな傷を負ったり手足を切り落とすこともあります。日本で神経毒を持つ代表はハブ、溶解毒を持つ代表はマムシです」

 小学生とは思えない正しい知識を持つ少年だから、ブラフを含まない正確な情報を提供した。これで生き物にもっと興味を持ってくれれば、同類が増えるので、私も嬉しい。

 その後、目的地に着くまでに、好きな恐竜の話や昆虫の話で盛り上がった。けらけらとよく笑うお母さんは、恐竜の時点で「もうついていけません」と言いながら、それでも楽しそうに笑っていた。タクシードライバーと子供が話すのを嫌がる親御さんも多い中で、実にいいお母さんである。

 別れ際になって、車を降りた少年は、振り向きざまにこう言った。

「二年経ったら、また挑戦しにくるからね」

「判った。楽しみに待っているよ」

 多分、彼の中では『負けた』という感覚があったのだろう。何故二年なのかは不明だが、いっそ清々しい挑戦宣言だった。


 あれからもう十年以上が経つ。彼は、もう立派な青年になっているだろう。タクシーの仕事のほとんどは一期一会で、同じお客さまに出会うことは多くない。夢を見過ぎかもしれないが、思い出す度に、生き物絡みの研究や仕事に携わる青年になってくれていたら、とても嬉しいと思ってしまうのだ。


 病院に入院しているお婆ちゃんのお見舞いに来ていた親子の、およそ¥2500ほどの帰宅時のお話。


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