狼王
ミユ・キ・ガトー魔道士が放った3本の火炎弾を受け、炎の中で灼熱していくアイアンゴーレム。
それを合図に、一斉に突撃を開始した傭兵たち。
ヴィーシャは冷静に冷気の壁を陣に張った。
さらに、突撃を開始してしまった傭兵たちにも、出来る限り『火炎防御呪文』をかけて行く。
カークは叫んだ。
「すまん。ヴィーシャ。」
ヴィーシャは微笑んで返す。
カークが状況を確認する。
カークの周りに残ったのは、ヴィーシャ魔道士、ミユ・キ・ガトー魔道士、それに傭兵のサライだ。
ミユは真っ赤な顔で、唇を噛み締めている。
そして、あともう一人。
マニアックス・マスター、狂鬼。
ミユの様子を見て、カークは思った。
『無理もないな。私のミスだ。』
ミユとて魔道士としての出動は、これが始めてと言う訳ではない。
しかし今までの出動は、ミユの圧倒的魔力を見せれば、それで済んでしまう程度の事件ばかり。
しかも、後ろには正規の騎士団が控えていた。
『傭兵どもめ。うちの騎士団なら、こんな無様はせんが。』
『いや、これも俺の統率力の無さが原因か。』
「カーク殿。」ヴィーシャがカークにアイアンゴーレムを指し示した。
「うむ。」カークも異変の予兆に気づいた。
アイアンゴーレム。
鉄の巨人だ。
炎の高熱で攻めるのは、必ずしも間違いではない。
しかしアイアンゴーレムにも、その弱点を逆手に取ったタイプがある。
二人はそれを心配したのだ。
どうやらその心配は、現実のものとなりそうだった。
「サライ。魔道士達の護衛を命ずる。」とカーク。
「承知。」とサライ。
火炎呪文で真っ赤に加熱されたアイアンゴーレムは、変形を開始した。
鈍重そうだった外見がソフィストケイトされ、やや流線形を取り入れたデザインに。
それと共に、二足歩行のスタイルから、四足歩行に。
尻尾が生え、蜥蜴にも見える異形へと変身を続ける。
背中からは、1メーター程の三日月型の刃が無数に生える。
既に爬虫類の様に変化した頭部からは、30センチくらいの無数の刺が。
アイアンゴーレムは、傭兵達を引きつけるだけ引きつけると、背中の三日月型の刃を撃ち出した。
真っ赤に熱せられたギロチンの刃が、カタパルトから発射されたようなものだ。
ミユが呪文を詠唱する。
「大地の精霊よ。」
「盟約に従い、我の召喚に応えよ。」
「亞亞守豪霊夢。」
「牙亞帝闇。」
身長3メーター50程の岩の巨人が大地より顕れ、カーク達の前を守る形で立ち上がった。
「見事だぞ。ミユ。」
変形したアイアンゴーレムから発射された三日月型の刃は、ブーメランの様に回転しながら飛んで来る。
多少、広くなってはいるが洞窟の中だ。
傭兵達に逃げ場は無い。
勇ましかったウォークライは、たちまち阿鼻叫喚の悲鳴に変わった。
斬り裂かれる肉体。
灼熱した刃は切り口を焼き出血を抑える。
運が良いのか?悪いのか?
普通、片腕を切断されれば、5分程度で失血死だ。
80名以上いた傭兵達は、二種類に分けられた。
既に死んだ傭兵と、これから死に逝く傭兵に。
三日月型の刃の何本かは、カーク達の方へも飛んで来た。
しかし、土と岩で出来たアースゴーレムがカーク達を庇う。
三日月型の刃は巨人の体に当たり、2本ほど突き刺さったが、あとは弾かれた。
流石は天才魔道士、ミユ・キ・ガトーのゴーレムだ。
しかしミユは、青い顔をして、全身は小刻みに震えている。
カークは思った。
『とにかく落ち着かせなければな。』
「ミユよ。アイアンゴーレムに炎の呪文は、間違いではない。」
「しかし、今度からは私の命令で撃つようにしてくれ。」
「何しろ、こういう時、部隊の指揮を取ることを条件に、陛下より領地をいただいている。」
「ミユが自分で仕事をしてしまったら、私は職と名誉を失う(笑)。」
カークは力強く続けた。
「ミユ!!アースゴーレムを出撃させろ!!!」
「それと、この槍の穂先に、火炎呪文を入れてくれ。」
「初めてのくちづけのように、熱いやつを頼む。」
「くちづけなど、したことはございません。」
カークから槍を受け取りながら、ミユは応えた。
カークの持つ槍は、ラテマン家の伝家の名槍。
穂先の先端は鋼鉄だが、ミスリル銀も嵌め込まれており、ミスリルには魔法文字が刻まれている。
極大呪文どころか、殲滅呪文や禁呪の類いまで、充填が可能なのだ。
カークは、やや大袈裟に続けた。
「なんと・・まだ男の唇の味を知らぬのか・・・」
「ハンマの男たちは、どうなってしまったのか?」
「読めた!」
「魔王邪夢の呪いで、みな、不能者にされたか!!!」
「不能者?」とミユ。
「インポのことだ。大事な逸物がだな・・」
「カーク殿!!」笑いながらヴィーシャがたしなめる。
顔を赤らめて俯くミユ。
少しは落ち着いてきたようだ。
「簡単な命令も守れぬ雑兵を失ったか。」カークは言う。
「戦力損失、マイナス3パーセントってとこだな。
もちろん、ミユに聞かせる言葉だ。
アースゴーレムは遅い歩みでアイアンゴーレムに進んで行った。
アイアンゴーレムはアースゴーレムとの戦いの前に、途中までやりかけだった仕事の仕上げに入った。
頭部の刺が連射され始めた。
刺と言っても全長は30センチくらい。
弩弓に使う短矢の様な物だ。
三日月刀の攻撃を生き残った傭兵達を、次々と射殺していく。
そして何発かはカーク達にも。
『しまった!』
カークの槍は、まだミユの手の中。
魔法の充填中だ。
ロングソードでは、抜くのが間に合わない。
迂闊にも腰のナイフには、脱落防止用の革紐が結んだままだ。
メイン・ウェポンは槍。
サブ・ウェポンはロングソード。
ナイフは使うまいと考えていたからだった。
カークはチラとヴィーシャを見る。
ヴィーシャの前には、既にナイフを抜いたサライが。
絶妙の護衛位置だ。
『仕方がない』
カークはミユの前に立つ。
そして自分に飛んで来る鉄の刺を睨む。
例え100万の矢が飛んで来ようと、この男が目をつぶる事は無い。
チャキーン!!
金属同士がぶつかる音が。
同時に火花が散り。
鉄の刺を自分の肉体で受ける覚悟をしていたカークの前には・・・
背中にクロスボウを背負った、赤毛の男が立っていた。
手にはナイフ。勿論、古龍たちに見せた貴重品ではない。あれは大切な手掛かりなのだ。
細身で真っ直ぐな刃。
刃の長さは40センチ程度か。対怪物を考えた物なのか、短めの刀と言っても良い長さだ。
その男が、飛んで来た刺を、ナイフで払い落としたらしい。
その赤毛の男はナイフをブーツに戻すと、カークに言った。
「先日は城内で、たいへんご無礼をいたしました。」
「お怒りはごもっともでしょうが、何卒、ここのところは穏便に。」
「レッド・バスチェンと申します。以後、お見知りおきを。」
男はカーク以外の者にも、軽い会釈で挨拶をする。
しかし何故か、狂鬼の方は全くのスルーだ。視線も向けない。見えていないかのような、露骨な無視。
男はサライに言う。
「お美しき方。私のごとき田舎者をからかうのはご勘弁を。」
「白きコートのお姿を見た時は、危うく木から落ちるところでした。」
サライは微笑みで返す。
褒められて、悪く思う女はいない。
昔から、よく言われる言葉だが、いま証明されたのかも知れない。
男はカークに言う。
「騎士殿。先日のお詫びにもなりませんが、戦力損失マイナス3パーセント分の働きくらいは、させていただきたく思います。」
男は背中のクロスボウを手に取った。
ショルダーストックが付いている。
遠距離射撃用だろうか?
クロスボウの頭を地面に付けて、男がショルダーストックに体重を掛けるとストックは折れ曲がり、梃子の原理でフックが弦を引き上げていく。
かなりポンド数の高い、高威力のクロスボウなのだろう。
腰に付けた小さめの矢筒から矢を取り出す。
長さは20センチほど。
短矢だ。
銀色の鏃には魔法文字が見える。
カークの槍ほどではないが、魔法を充填できるタイプらしい。
男は尻餅をつくような座り方で、左膝を立てる。
立てた左膝に、弓身を持つ左手の肘を当て、照準を安定させる。
教本通りの『膝射』の姿勢だ。
男が狙いを付けた先では、アイアンゴーレムとアースゴーレムの肉弾戦が始まっていた。
戦況はアイアンゴーレムがだいぶ優位だ。
鉄と岩では相性が悪い。
男はトリガーを引いた。
秋の夜に霜が降るように。
これも教本通りだ。
アイアンゴーレムの頭部で爆発が起こり、頭部の刺は全て吹き飛んでいた。
男は立ち上がり、クロスボウを背中に戻す。
全員に軽く会釈。
「申し訳ありません。先を急ぎます。なにとぞ陛下には、先日のご無礼、お詫びしていたとお伝えください。」
男は小走りで洞窟の奥へと向かう。
狂鬼の横を通ったが、その時も無視だ。
二体のゴーレムが戦う中を、全く歩調を変えずに抜けた。
二人の魔道士には魔法に見えた。
カークとサライにはハッキリと見えていた。
ぎりぎりの見切りと最低限の動きで、二体の戦いを躱しただけだ。
正中線には、まったくの乱れは無かった。
そして、そのまま洞窟の奥へと消えた。
「う〜む。」カークは言った。「あの男、一言で表すなら。」
「気に障ると書いて、気障と読む。だな。」
女たちは笑い出す。
「しかしだな、」カークは続けた。「男同士の仁義は心得ておる。」
「何故だか分かるか?」ミユに尋ねた。
「分かりません。」ミユは答える。
「サライはどうだ?」とカーク。
「分かるが…答えたくないな…」笑いながらのサライ。
「仕方がない。ヴィーシャ。」
「まだ男女の機知が分からぬミユに、教えてやってはくれまいか?」
笑いながら応えるヴィーシャ。
「・・・困ります(笑)。『冷たい霧』の呪文を詠唱していたのに(笑)。」
「仕方のない方ですね。正解は・・・・」
「一番、美味しいところは、カーク殿に残してくれたから。」
「ビンゴ!」
「ミユ!!!槍を渡せい!!!」カークは叫んだ。
槍を掴んだカークは、戦場へと飛び出す。
「タ〜リ〜ホ〜〜〜〜!!!!!」凄まじいウォークライを、腹の底から搾り出した。
槍は片手で持っている。
いつもなら基本通り、突撃は両手もちなのだが。
ハンマの周辺は平和である。
カークとて、これ程の戦闘は初めてだ。
『戦場に吹く風が、私を変えたのかな?』
『しかし、男が一人に美女が三人か。』
『古龍。必ず生きて戻れよ。』
『お前が戻ってきたら、この話をしてやろう。』
『お前の悔しがる姿が見えるぞ。』
カークが槍を片手で持ったのは、その方が走りやすいと思ったからだ。
いつもなら、けっして基本を破らない。
部下にも厳しく指導している。
『ご先祖様の血が、蘇ったのかもな。』
ラテマン家は、武名の誉れ高き名家だ。
立派な家系図だってある。
しかし・・・
実はけっこういい加減な部分もあったりする家系図だったりする。
しかし、初代だけは、はっきりしていた。
ロボ・ラテマン。
ハンマが王国になる前、まだ小さな都市国家だった時代の英雄だ。
当時、彼を本名で呼ぶ者はなかった。
みな、こう呼んでいた。
味方は、尊敬を込めて。
敵は、恐怖の代名詞として。
『狼王』
突撃する先では、ゴーレム同士の戦いの決着が着いていた。
敗れたアースゴーレムの巨体が崩れていく。
アイアンゴーレムは、まだ灼熱している体を揺らし、カークの方へ向かう。
冷たい霧がゴーレムを襲った。
霧はゴーレムの体に触れると、次々と蒸発を繰り返す。
急激に冷やされたゴーレムの体に、罅が走る。
霧は罅に入り込むと、水蒸気爆発を起こし、さらに傷口を拡げていく。
『なるほど(笑)。』
『氷呪文ではなく、冷たい霧の呪文を使ったのは、これが理由か。』
体全体から水蒸気を吹き上げ、あちこちの罅から水蒸気爆発の破裂音をさせながら、ゴーレムはカークに前脚で襲い掛かかる。
「邪魔だ!」
カークは槍を片手で振り回し、二本の前脚を薙払う。
槍の穂先は炎を纏い、両の前脚を吹き飛ばした。
カークは敵の懐の中で、フットワークで敵を翻弄しながら、槍を順手から逆手に持ち替えた。
一人のカークが、『無意識に、滑らかに、槍の持ち替えをしながら』、一方で冷静なもう一人のカークが驚いていた。
武門の出であるカークは、幼少の頃より、父から厳しい稽古をつけられていた。
槍の型など、何回繰り返したろう。
腕を上げるにつれ、カークには、ある疑問が湧いてきた。
家伝の型だが、どうも実用性に乏しいものが含まれているように感じていた。
いま行った、順手と逆手の切り替えにしてからそうだった。
『こんなの無理だろ?』
いつも、そう思っていた。
この型に限らず、幾つかの型が、非現実的に思えていた。
『流派の宣伝のために作られた、ハッタリ技も含まれてるな。』
大人になったカークは、決して口に出さなかったが、そう思っていた。
ま、実際に多いんですよ。
地球の話で恐縮ですが、有名な『伊賀忍法帖』。
これ、服部半蔵が作ったインチキ本。
徳川将軍家が、経費削減のため忍者をリストラすると聞いて、でっち上げて将軍に献上した。
中身は出来そうで出来ない、とんでも技のオンパレード。
忍法水蜘蛛。
↓
昭和に入って実験したら、沈没〜(笑)
伊賀秘伝の跳躍術。
↓
麻を育てよ。
麻の成長は早い。
毎日、麻を跳び超えよ。
怠ること無く、これを繰り返せば、屋根にでも一跳びで…
これも実験した武道家がいますが、無理だったそうです。
ま、こんなんでピョンピョン跳べたら、皆んなオリンピック選手だよね。
しかし、ラテマン家の槍術は、そうでは無かったらしい。
型の第一の目的は、次の世代への技術の伝承。
先人が命懸けで編み出した技も、その精緻なる応用の部分は排除される。
基本的技術だけが、伝承されていく。
カークが、ハッタリ技だと判断したのも無理はなかった。
実際に出来ないからだ。
しかし、今、生と死の狭間の中で、何万回、何十万回と繰り返され、既にカークの血肉となっていた型に、命が吹き込まれた。
『流した汗は、裏切らない。』
この言葉、カークにとっては真実となった。
ゴーレムの体の罅から光が漏れている。
『あれがこいつの核か。』
カークは槍を叩きつけた。
モンロー効果というのをご存知だろうか?
対戦車砲弾でも、最近は流行りになっている。
高熱を発する穂先は、高圧高熱のガスを生み出し、それがゴーレム内部に向かって破壊力となって、アイアンゴーレムの鉄の体を破壊して行く。
モンロー効果のおかげで、槍はさらに内部に進み、さらにモンロー効果を重ねる。
アイアンゴーレムがチョパム装甲を持っていたら、こうは行かなかったろうが、どうやらイギリス兵器廠で製作されたものでは無かったようだ。
槍と、槍が発する高圧高熱のガスが、ゴーレムのコアを完全に破壊した。
『鉄を纏いし敵は、武器に炎の呪文を込めて貫くべし。』
『家伝の武芸帳の通りだな。』
槍を引き抜き、後ろへ翔びのくカーク。
『あれも試してみるか。』
カークが『これはハッタリ技』と判断した技の中でも、超跳び切りの『ハッタリ技』。
この技は無理があり過ぎる。
ずうっとそう思っていた技があった。
『魔女スカアハのゲイボルグ』
カーク家の武芸の中でも、秘伝中の秘伝。
技の秘密を守るため、この名は『技の名前』ではなく、『槍の名前』として伝えられている。
実際にこの技が使えたのは、初代の狼王のみ。
『絶対に出来っこない。』
『こんな動き、無理、無理、無理。』
『有り得ない。』
ずうっと、そう思ってきた。
しかし、今、カークには自信が合った。
カークの血が、型に隠されていた、真の技術を見抜いていた。
もちろん、誰にでも出来る技ではない。
単純で退屈な基本技を、何万回、何十万回と繰り返し、血肉となるまで修行した者のみが可能な動きだ。
既に勝負は着いていた。
ゴーレムは崩れ始めていた。
その時・・・
カークが何かした。
それに気づいた者はなかった。
崩れかけのゴーレムは、粉塵レベルまで破壊されたが、誰もそれが、今、カークが何かしたせいとは思わなかったろう。
『感謝しますぜ。ご先祖様。』
『さてと…』
『ボス狼の帰りを心配している美女三人のところへ戻るか。』
伝家の名槍を、まるで荷物でも担ぐかのように肩に乗せ道を戻り始めたカークに、真面目な騎士団長さまの雰囲気は無かった。
カークは呟く。
「楽しくなりそうだな。」
「我らを皆殺しにするとか言う、三匹目のサイクロプスとの出会いが。」