マニアックス・マスター(狂気の達人)
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読んでください。
予定通り早朝7時に討伐隊は出発した。
全員、馬に乗っての出陣だ。
魔物の棲む洞窟への道など当然なく、馬車は使えない。
兵站も荷馬に運ばせてる。
元々、長く見積もって10日の作戦なのだ。
魔物をある程度叩くだけ叩いたら、とっとと帰る。
これにこりて、暫く大人しくしてくれれば良い。
カーク騎士団長の他に、10名ほどの若い騎士が同行しているが、彼らは傭兵部隊が使った馬を、城へ連れて帰るだけの任務だ。
目的の洞窟には、馬では乗り入れない。
帰りの方は、先行している魔道士が何とかしてくれるらしい。
俺の立場は、カーク騎士団長の補佐役ってとこだ。
サイクロプスを一刀のもとに倒した剣士ってことになっている。
反対する者はいなかった。
部隊にはアヤちゃんが紛れ込んでいた。
傭兵達の、馬から馬に乗り継いで、騎士団長には見つかっていない。
傭兵たちは、申し合わせたようにアヤちゃんに協力している。
考えてみれば、ほとんどの傭兵がアヤちゃんのバイト先の酒場の客だ。
人気者のアヤちゃんの頼みとあらば、誰も断るまい。
レッドに護衛を頼めていなければ、尻を引っ叩いても街に戻すところだが、どうせ何をやってもついて来ちまうだろう。
部隊の隊列を補佐役として見回っていると、妙な女に出会した。
女の傭兵は珍しい。が、いない訳ではない。
ただ、その女、純白のコートを着てて…
勘弁してくれ。
何を考えているんだ。
俺は自分の乗る馬を、女の馬に並べた。
「やあ。」と俺。
「補佐役殿。巡回、ご苦労様です。」女は男言葉で返した。
うわぁ。
けっこう、いい女。
いい女が男言葉を使うと、独特だよなぁ。
「ところでそのコートだが」と俺。
「すまん(笑)。余計な気を使わせたか。」と女。
女はサッとコートを脱ぐと、裏返しにして纏った。
リバーシブルになっているらしい。
裏に返したコートはブラウン。
う〜ん。けっこう出来るのかも?
野生の動物にしろ、魔獣にしろ、案外と色盲が多い。
そう言う連中の白黒の世界では、黒は目立つ色なのだ。
彼女のコートのブラウンは、白黒の世界でも、総天然色の世界でも、申し分のない保護色だ。
「この部隊をつけて来ている酔狂者がいるので、つい、からかってみた。すまん。」と女。
俺はゾッとした。
その酔狂者とは、レッドのことだろう。
追跡者は並の相手ではない。
実際、俺でさえ、レッドからの合図がなければ、奴がどこにいるのか見当もつかん。
俺は内心の動揺を隠し女に話しかける。
「まだ、他の者には話さないで欲しいのだが…」
「その酔狂者とは、俺が傭った伏兵だ。」
「今回の討伐隊に、知った顔も何人かいる。」
「それなりの奴がほとんどだが、中には『あいつにだけは背中を見せるな。』と言われている奴もいる。」
「まあ、そう言う訳だ(笑)。」
「補佐役殿が、なかなかの策士で安心した。それに伏兵の技量も生半ではない。」
「心配には及ばん。」
「誰にも話さんよ。」と女。
「古龍でいい。」俺は話す。「貴殿のことは、何と呼べば良いかな?」
「サライと呼んでくれ。」女は応えた。
この女が『カラミティ・サライ』か!
非合法なこと、荒っぽいことを専門にする『何でも屋のサライ』。
しかし、彼女が受ける依頼のほとんどは暗殺だ。
こっちの文化水準は、せいぜい中世だ。
王族やら貴族様は、極悪非道と人面鬼畜が輪になってフォークダンスを踊っているような歴史の持ち主だ。
自分たちが造った血の池に湧いた蛆を啜り、血と膿にまみれた体を聖水で洗ったら、光帝神の神殿で懺悔して、全てを『原罪』とやらに引っくるめ、無かったことにして、祭日には神殿で神に祈りを捧げる。
だから、こっちの世界では暗殺なんて日常茶飯事だ。
サライの暗殺の成功率は、ほぼ100%。
当然、暗殺を心配しなければならない上流な人間たちからは、忌み嫌われている。
しかし、政敵が彼女を雇うなら、その前に自分が雇うしかない。
嫌われてはいるが、彼女の商売は繁盛しているらしい。
噂では、非常に古い流派のアサシン・マスターという事だ。
部隊は洞窟の手前で馬を降り、徒歩での進軍となった。
俺は最後尾を、ナニワ、マリオ、それにサライに任せ、先頭を騎士団長と共に進んだ。
ナニワとマリオには、サライさんとはお友達になっておくように指示した。
まあ、大丈夫だろう。
サライは美人だし、二人は若い男性だ。
俺はカークと話をした。
戦闘に突入する前に、多少でも気心が分かっている方が良い。
「ところで騎士団長。城の魔道士とは、どのような方なのでしょうか?」俺は尋ねた。
「2名ですが、とても優秀です。」
「一人はヴィーシャ魔道士。女性です。」
「経験は豊富で、知識は確か。人柄も申し分ない。」
「何度か一緒に任務についたことがありますが、修羅場になれば、女の方が男より度胸が有ると言われているのは真実だと思わせてくれる女性です。」
騎士団長は続ける。
「もう一人は、ミユ・キ・ガトー魔道士。やはり女性です。」
「年齢は19才ですが、魔力とその天才的なセンスは、この大陸でも五本の指に数えられる。」
「ただ、いかんせん…」
「経験が少ない。」カークの言葉を引き取った。
「そう言うことです。」カークは続ける。「しかし、ヴィーシャ魔道士が一緒ですから、大きな問題はないでしょう。
「時に騎士団長。」俺は、さっきから気になっていることを質問することにした。
「その首から下げている物ですが?」
武骨なカークには似合わぬアクセサリーを身に着けていた。
「これですか?いや、お恥ずかしい。」カークは少し照れ臭そうだ。
「ラテマン家と言えば、この地方では名家の内でして、宝物庫には、当主の私ですらよく分からん物があります。」
「母親に無理に持たせられました家宝の魔鏡です。
「魔を封じる力が有るとも、あるいは災いを呼び寄せてしまうとも言われており、あまり縁起が良いとも言えないのですが。」
「今朝に限り、母親が無理に持たせてきまして。」
カークは照れ隠しのためか、首から下げられていた魔鏡を手に取った。
蓋がついている。
おそらくコンパクトのような細工になっているのだろう。
魔鏡か。
縁があるな。
俺は聞いてみた。
「差し支えなければ、魔鏡に秘められた紋様、拝見したいのですが?」
カークはニヤリとしながら応えた。
「残念ながらこの魔鏡、『もはやこれまで』というとき以外、決して開けるなと家訓に伝えられるほどの代物でして。」
「騎士団長様、私も見たい。」
突然、アヤちゃんが現れた。
アハハ。
こう言うタイミングを知ってるとこが、女のしたたかさを感じるんだよなぁ。
カークが険しい顔でアヤちゃんに何か言おうとした瞬間。
魔鏡の蓋がかパッと開く。
「初めまして。勇敢な戦士の皆様。」
カークの手のひらの上で、鏡面にフォログラフィーの様に姿が浮かび上がる。
カークの息を呑む声が聞こえた。
この場面で叫び声をあげなかっただけで、この男の豪胆さは証明された。
「どうしてそれほど驚かれるのです?主人さま?」
「禁を破られたのは、主人さまの方ではありませんか?」
「わたしはただの化生です。主人さまの害になることなどしようはずもありません。」
アヤちゃんが魔鏡を覗き込む。
「あっ…妖精さんだ…。」
「いいじゃないですか。騎士団長さま。」
「彼女自身も『無害』って言ってますし。」
とアヤちゃん。
そろそろ呼び捨てにするチャンスだな。
リスクはあるが。
「アヤには妖精に見えるのかい?」俺は勝負にでた。
「え?違うの?」とアヤ。
よし!!!
上手くいった!!!
俺は後ろの隊列に号令をかける。
「全体!!!止まれ!!!。」
俺はカークに尋ねた。
「騎士団長には、何に見えますか?」
カークは応える。
「凶悪そうな黒騎士。」
「絶対賞金首だな。生死を問わずってやつ。」
「こいつが魔王邪夢の四天王の一人と言われても納得だな。」
俺は唸った。
「こりゃ…」
「只者じゃないな。」
「騎士団長。最後尾より、マリオたちを呼びます。」
「半魔のマリオなら、こいつの正体が分かるかも知れません。」
すぐに最後尾に伝令を放った。
マリオ、ナニワ、サライの3名がやって来た。
俺は簡単に事態を説明し、それぞれに何が見えるか尋ねた。
マリオは顔を真っ赤ににして応えた。
「マーマによく似た女性です。」
もちろん俺は笑いを堪えた。
マーマ…だぜ(笑)!!
ナニワは、
「なんて言ったらいいのかなぁ…」
「小悪魔的?…な美少女が僕を見ています。」
「誰なんだろう?会ったことないなぁ??」
「人種は白人だと思います。」
「金髪碧眼だし。」
サライは、
「すまん。黙秘権を行使する。」
「これは世に出してはいけないものだ。」
アヤは小首を傾げて俺に聞いてきた。
「古龍さんには、何に見えるんですか?」
ま…まずい…
嘘をつくのは簡単だが、ここは嘘をつくべきではないと、本能的に感じる。
俺は正直に答えた。
「いい女だ。」
「それも飛び切り!!」
「よく、佳人、麗人、美人とか言うが、そもそもそんなレベルじゃない。」
「絶世の美女、傾国の美女、いろいろ言葉はあるが、この女を言いあらわせていない。」
「下半身が痺れるような感じが、こいつを見てるとしてくる。」
「黒いドレスに白い肌が映えて。」
「もし、こんな女に出逢っちまったら、後先考えずに押し倒す!」
「しかし、残念な事に、それをさせないだけの威厳と言うか、カリスマを持っていやがる。」
他の奴はどうでも良い!!!
アヤの視線が!!!
俺はホッとした。
呆れてはいるが、軽蔑はされていない。
再び魔鏡に潜む何かは話し始めた。
「私は<見る者>を映す虚像。」
「実体を持たぬ私には、正体という物も在って無きがもの。」
「しかし、主人さまには随分嫌われたようですね。凶悪そうな黒騎士とは。」
「一番に的を得ているのは、アヤさまのいうように、可愛らしい妖精さんでしょう。」
「ところで主人さま。ここから先は999の死に隠れる、たった1つの生を探す道となりましょう。」
「もちろん、私も連れていかれますよね?」
流石のカークも即答を躊躇った。
俺はカークに提案した。
「騎士団長。一つ提案があります。」
「その魔鏡に潜むもの。持ち主がそれを何と見るかによって、その働きも変化するようにみえます。」
「ならば妖精に見えたアヤに持たせるのが最善かと。」
カークは応える。
「しかし、アヤは…」
あ、どさくさに紛れ、カークも呼び捨てにしやがった。
お主、中々の策士よのう。
俺は話を続けた。
「ここまで来て、アヤに引き返せと言っても。」
「それより、ナニワとマリオに、アヤの護衛の任を与えては?」
カークは少し考えてから応えた。
「それが最善かも知れぬな。」
「ナニワ。マリオ。我が国王陛下の臣民であるこの少女の安全を守ることを命ずる。」
「「命に換えても!!」」
二人はハモった。
これで良い。
若い兵士は、戦場で雰囲気に呑まれる。
多少の経験があってもどうにもならない。
風は血と硝煙の混ざった匂いを運び、敵味方の断末魔の叫びが混じり合い、臆病風に吹かれた者から死んでいき、勇者は手柄首を振り上げ勝鬨の声をあげる。
興奮するなといっても、無理と言うものだ。
アヤという足枷は、二人に身の丈に合った戦いを強いるだろう。
同時に、決して尽きることの無い勇気も与えるだろう。
我々は少し進んだところで、城の魔道士と合流した。
第一印象は、まあ、カークの言った通りだな。
部隊は洞窟へと進む。
ヴィーシャ魔道士がライトの呪文を使った。
これが上手い。
明る過ぎもせず、かと言って暗過ぎもしない。
この辺が経験値の高さってやつだな。
さてさて…
鬼が出るか?蛇が出るか?
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先頭を進んでいた古龍の姿が突然に消えた。
薄闇に溶けていくようだった。
最初に気づいたのはアヤだった。
アヤは、古龍が消えた位置まで走った。
「出でよ!宝貝『戮目珠』!」
アヤは叫ぶ。
アヤの指先から独眼の黒いバスケットボールの様なものが出てきて、オーラを纏いながらアヤの周りを飛行し始めた。
「戮目珠!!古龍さんを探して!!」
アヤの叫びに呼応するように、周りを探る宝貝。
やがて、洞窟の奥を目指して飛行を始めた。
戮目珠を追い、アヤは走り出す。
慌ててアヤを追う、ナニワとマリオ。
「アヤちゃん!!!ダメだ!!!戻って!!!」
カークの指示が響く。
「全体止まれ!!!」
「この場をキープする!!!」
「散開し警戒態勢を取れ!!!」
警戒態勢を取る部隊の目の前に、突然、一人の魔族が現れた。
「皆さま。初めまして。」
「私、マニアックス・マスターの狂鬼と申します。」
「まあ、あなたたちにとって、私は敵ですが…」
「おっと…私はあなた達に害を与えに来たわけではありません。」
「これから長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。フフフ…
m(_ _)m
読んでくださり、ありがとうございます。