レッド・クイックナイフ・バスチェン
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読んでください。
おれは音を立てぬよう、そっとドアの鍵を外し、襲撃に対応できる位置へ移動した。
「どうぞ。」ノックに応える。
ドアは自然な感じで開き、赤毛の盗賊が立っていた。
改めて奴を見ると、俺と同年代くらいか?
「こんばんは。初めまして。」赤毛は言った。
いや、そんな普通に挨拶されても。
「入ってよろしいですか?」と男。
「どうぞ。」
男は自然な足取りで入って来た。
あとでナニワとマリオに教えねば。
この男の歩き方、まったく正中線が乱れていない。
「夜分、失礼いたします。」
「レッド・バスチェンと申します。」人当たりの良い笑顔で挨拶してきた。
「古龍と申します。お部屋をお間違いでないとすれば。」
「ご用件は何ですかな?」俺も応える。
こう言うとき名刺があればなあ。
今度ハジメに頼んでみるか。
「これをお返ししようと思って。」男は笑顔で懐から金色のプレートを出すとテーブルに置いた。
「恐れ入ります。友人がそれを紛失したと、大騒ぎしておりました。」俺は応えた。
「で・・・・本題は?」
「よろしかったらテーブルにかけてお話ししませんか?」あくまで自然な感じの男。
よっぽど技量に自信があるのか、あるいは生来の性格なのか?
「これは失礼。どうぞお座りください。」
俺はランプの芯を調節し部屋を明るくすると、男に椅子を勧めた。
男は優雅と言っても良い身のこなしで着席する。
「レッド・クイックナイフ・バスチェン。」俺も腰を下ろしながら応えた。「もっと早く気づくべきでした。」
盗賊としての技量は超一級。
俺の剣をかわし、ハジメからプレートをスリ取る。
加えて鮮やか過ぎる赤毛。
裏稼業の看板上げてて、こいつの名前を知らなきゃ、モグリと言われても仕方ないだろう。
「恐れ入ります。」穏やかに対応する男。
「早速ですが、古龍さん。あなたは異世界からいらした方ですね?」
ドキッとして何か言おうとする俺を遮り、男は話を続ける。
「いえ、少し話を聞いてください。」
「大昔からの伝説ですが、この世の何処かに、こことそっくりな世界があり、そこには我々とそっくりな人間が住んでいる。」
「ただ、そこは初級魔法も存在しない未開な世界だが、そのかわり、神も魔も、肉体的には存在せず、人間たちが呑気に暮らしている。」
「少々、個人的な理由が在りまして、その異世界の手掛かりを探しているのですよ。」
「理由は長くなるので省きますが、サムライソードをしっくり使う手練れがいれば、そいつは異世界からのゲストである可能性が高いと考えまして、そう言う手練れの噂を聞く度に会うことにしています。」
「今までも優れた使い手に何人もお会いしましたが、いずれもロングソード、バスタード、レイピアなどの技術から発展させた武芸者ばかりでしたが。」
「つまり…」俺は応えた。「俺の剣技はテストに合格したと?」
「まあ、そう言う訳です。」
男はあっさりと答えたが、つまり俺の太刀筋を見るためだけに、王冠を片手に俺に真っ直ぐ歩いてきたってことかあ…
自信…無くすなぁ。
「ええ。失礼かと思いましたが。」レッドは続ける。「マスターの懐を掠めたのは、まあ、昔のお礼ですね。親父がやってるバスチェン一家って盗賊団なんですが、あいつのおかげで危うく全滅するとこでした。」
「やっぱりハジメの正体はマスターでしたか?」
「お気づきじゃなかったのですか?」とレッド。
「お恥ずかしい。」俺は応えた。「そうかなとも思うのですが、次の瞬間には、俺の思い過ごしか?と感じたり…」
「解ります。」レッドは笑いながら応える。「たしかに、昔、一家が酷い目にあった時も、そんな感じでした。」
「おい、ナニワ、マリオ。」俺は二人に呼びかけた。「こっちに来て座れ。」
宿屋の部屋にあるテーブルだ。
そんなに大きくはない。
俺は二人をテーブルの近くのベッドに腰掛けさせた。
「こっちがナニワで、こっちがマリオ。」俺は二人を紹介した。「ご推察の通り、俺とナニワは異世界からこっとへ跳ばされて来たクチです。マリオはこっちの生まれ。人族と魔族のハーフです。
レッドは二人と挨拶をする。
「して、なんで異世界からのゲストをお探しなのですか?」俺は質問した。
「実は、私は親父の本当の息子ではないのです。」
「親父はバスチェン一家と言うと言う、ケチな盗賊団をやってます。」
「まだ親父が若かった頃、大きな仕事を狙っていました。」
「新月の夜、予定通りに出発しましたが、突然、激しい雷に襲われたそうです。」
「空は新月とはいえ、間違いなく雲一つ無かったそうです。」
「その一帯だけ、嵐のような雷が鳴り響いていたそうです。」
「昔気質の盗賊ですから、今夜はやめとこうと思い雷の収まるのを待ったそうです。」
「その時に拾われた赤ん坊が私でして。」
「名前の由来は、この髪の色です。」
「親父は私を我が子として育ててくれました。」
「親父も歳を取り、私が一家を継ぐ話も出たのですが、我儘を言わせてもらい、私は一家を出ました。」
「私は自分の出自。ルーツがどうしても知りたい。」
「なるほど。」俺は応える。「しかし、ご自身のルーツが異世界に関係あると考えた理由は?」
「親父がよく言ってました。」笑いながら応えるレッド。「あの雷は、この世の物じゃなかったってね。」
「まぁ、他に手掛かりもないし、敢えて言えば盗賊の勘ってやつですか?」
「お話はよく分かりましたが…」俺は応える。「あまり、お役に立てそうにはありません。」
「俺もナニワも所謂『神隠し』にあってこっちに来たので。帰りたくても帰れない。」
「その辺の事情は分かっています。」レッドは言う。「実は見てもらいたい物があります。」
「赤ん坊だった私は産着に包まれていたそうですが、その産着と一緒にこれが。」
男は一振りのナイフを出し、テーブルの上へ置いた。
長さは全長で30センチ弱ってところかな?
作り込まれており、実用品には見えない。
儀礼用だろうか?
俺はナイフを手に取りギョッとした。
「シンボルなんて物は、あっちの世界もこっちも、似たようなものになる。」
「同じマークが結構あるし。」
「同じマークでも、意味は一緒だったり、まったく逆のこともある。」
「しかし、もし、このナイフが向こうの世界の物だったとすれば。」
「この紋章は、ハーケンクロイツです。」
「しかも、ハーケンクロイツの裏側は、鉤十字と回転の向きが逆で、線の部分が蛇で描かれている。」
「これは、クワスチカと呼ばれるシンボルです。」
「ハーケンクロイツは、政治的、民族的、神話的なシンボル。」
「クワスチカの方は、宗教的、哲学的シンボル。」
「俺やナニワの生まれた国では、クワスチカは卍と呼ばれ、仏教と呼ばれる宗教のシンボルでした。」
「恥ずかしながら、あまり教養のある方ではないので、詳しいことは。」
「ナニワ、このナイフから何か気づくことはないか?」
俺はナニワにナイフを渡す。
ナニワがナイフを弄っている時、ナイフの刃がランプの光を反射した。
「ちょっと待った。」俺は言った。「貸してみろ。」
俺はナイフの反射光を壁に映す。
文字が浮かび上がっていた。
「魔鏡だ。」
魔鏡。
鏡が綺麗に姿などを映すのは、鏡面の平面度が高いからだ。
つまり、入射角と反射角が等しい。
鏡の表面に、平面度の低い部分を細い線状に造ると、その部分だけ光が乱反射する。
鏡として使う限りは、その線は見えないが、光を反射させて壁などに映した時、乱反射した部分の光はどこかへ行ってしまうから、その部分が影として見える。
通常、彫り込まれるのは、文字、記号、線で描いた絵、などである。
浮かび上がった文字は俺には読めなかった。
「ナニワ。何て書いてあるか解るか?」
「多分…ルーン文字ですが…読むのはちょっと。」
「ルーン文字かあ。」
「言語の神コトノハの神殿に持って行けばサクッと読んで貰えるだろうが、内容が光帝神に都合が悪い内容だった場合、サクッと殺されるからなぁ。」
異世界からやって来た俺たちが普通に共通言語を使えるのは、言語の神コトノハの権能による。
こっちの神様は実際に肉体を持って存在するからね。
有り難いっちゃ有り難いんだが、怒らせると恐い。
「バスチェンさん。これ以上はお役に立てそうにありません。」俺はレッドに応えた。
「いえ、充分過ぎる手掛かりです。」レッドは和かに話す。
「決めました。私はあなたたちのパーティに参加させてもらいます。」
「いえ…あ…ちょっと待ってください。」
「今までの人生で最高の収穫です。古龍さんとナニワさんは、私が初めて手にすることが出来た、我が人生の目的の最高の手掛かりです。」
「古龍さん。ナニワさん。マリオさん。」
「あらためて、よろしくです。」
「いえ…だから…仲間になると言われても…」
「古龍さんに二つほど質問します。」
「マスタークラスの盗賊が、あなた方に粘着することを決心したとして、排除できるとお考えですか?」
「いや、無理だろう。」
「では、もう一つの質問。」
「家の中に熊ん蜂が入って来たとして、そいつの居所が分かっているのと、分からないのと、どちらが良いとお考えですか?」しれっと聞いてきた。
流石に俺は笑い出した。
レッドも穏やかに微笑む。
「分かった(笑)。古龍と呼んでくれ。」俺は手を差し出した。
「レッドと呼んでください。」
レッドは握手の瞬間、スッと手を前に出し俺の手首を握った。
自然、二人は手首を握り合う形になった。
これは裏稼業の符丁になってる握手の仕方だ。
二人の盗賊がある屋敷に忍び込んだとして、逃げるとき片方が屋根から落ちかかったとする。
もう一人はそいつに手を伸ばすが、普通の握手のような握り方じゃまず支えきれない。
切れちまう。
しかし、お互いの手首を握り合えば切れることはない。
もし君が山にでも登って、崖から落ちそうになってる友人を助けるような場面に遭遇したら、ぜひ試して欲しい。
落ちる時は一蓮托生だが。
この握手の意味はいろいろだが、今回は『仲間として信頼する。』ってところだろう。
「早速だが頼みたい仕事がある。」俺は行った。
「明日早朝、俺たちはハンマの魔族征伐隊として出発する。」
「伏兵として後をつけて来て貰いたい。」
「報酬は、生きて帰れたら、俺たちの取り分の合計から山分けで支払う。」
「分かりました。」レッドは応えた。
「伏兵として最優先の任務だが、アヤ・アズミノウと言う17才の少女の安全を守って欲しい。」
「城の謁見の間で、顔を見たはずだ。」
「彼女も討伐隊のメンバーなんですか?」
「いや。」
「それどころか騎士団長に、絶対に来ないよう釘を刺されていた。」
「しかし、こうと思い込んだティーンの少女が、ふと冷静になって周りを見回した例をレッドは知っているのか。」
「了解しました。」笑いながら応えるレッド。
「適当な武器はあるのか?」
「200ポンド級のクロスボウがあります。」
「250メートル以内なら、蝿の目玉だって撃ち抜いて見せますよ。」
「こちらからの合図は鏡を使いましょう。」
「俺たちがレッドを呼びたい時は?」
「口笛を三回。吹き方は分かっていますよね?」
「それから金色のプレートだが、レッドが持っていてくれ。」
「俺たちが持っていると、ハジメがうるさそうだ。」
レッドが帰り、俺たちは床についた。
マスター、それにレッド。
あのカーク・ラテマンも。
強力な人材が集まりすぎる。
こんな仕事は今まで無かった。
何か起こるのか?
とんでもない事が?
「ナニワ、マリオ。」俺は呼びかけた。「まだ、起きているか?」
「何ですか?・・」
二人の眠そうな声が聞こえた。
「何でもない…」
「明日は早い。早く寝ろ。」
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