マイスター
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読んでください。
俺たちが店に入ると、愛想の良い中年の男が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。」
「小さな店ですが、旅のお方が必要とされる物は一通り揃っています。」
「奥は『食堂 兼 酒場』になっておりますので、お食事をご希望でしたらご案内いたします。」
店に入って接客の感じが良いとホッとする。
あれ……
首の辺りと指先の皮膚がチリチリする……
疲れているのかなぁ……
「武器の修理を頼みたい。急いでくれるなら特急料金をはずむが。」用件を告げた。
3人の武器を見せる。
店主は、それぞれを手に取って見ている。
武器の持ち方や扱いを見るだけで、この男が確かな技術を持っていそうだと感じた。
俺たち3人の武器は、この辺りじゃ珍しい部類に入るはずだが、店主の手つきは慣れたものだった。
「う〜ん。」店主は言う。「ここまで傷みが激しいと、新しくお求めになった方が安くつくと思いますが。」
「まったく、」俺はナニワに話しかけた。「どっちの世界でも修理を頼まれた店の言うことは同じだな。」
「「プッ。」」
ナニワとマリオは噴き出した。
「で、どうなんだ?」俺は続けた。
「俺たちにピッタリの掘り出し物があるんだろう?」
「そいつを見せてくれ。」
まったく……
このやり取りは、お約束だな。
「誠に申し訳ありませんが、お客様のお持ちの武器は、この辺りでは大変に珍しい物です。残念ながら当店の在庫にはございません。」意外な答えが返ってきた。
「失礼ながら、ハンマ王国の傭兵募集に応募の方とお見受けしましたが?」
「まあ、そんなところだが。」どうも妙な展開だ。
なんか、ますます皮膚がチリチリしてきたな。
「それでしたら、」店主の愛想が良くなってきた。「のんびりと修理という訳にはいかないと思います。」
「ご安心ください。お客様。少々あてが御座います。僕もハンマの城下町までご一緒しましょう。」
「必ずやご納得の商品をご用意させていただきます。」
「いや……しかし……」俺は少々あわてた。戦場だろうが、交渉だろうが、予想外の展開になった時にはろくなことがない。「店を留守にもできんだろう。」
「ご安心くださいと申し上げたでしょう。」店主はますます愛想が良くなってきた。「丁度そろそろ店を閉めようかと思っていたところです。すぐに支度をしますので。」
それからの展開は、あっと言う間だった。
とても丁寧な接客用語なのだが、その実、強引な店主に誘導され、気づいた時には4人でハンマの城下町を目指していた。
「ハジメと申します。」店主は歩きながら話しかけてきた。
「俺は古龍だ。」一応、自己紹介しておくか。
「ナニワです。」
「マリオです。」
「ところで古龍さま。今回の傭兵の募集ですが、どの程度の難易度とお考えですか?」店主の愛想はどんどん良くなる。
「古龍でいい。俺たちもハジメと呼ばせてもらう。」
「ではせめて、古龍さんと呼ばせていただきます。」
初めての土地での傭兵稼業。
俺たちが一番に必要なのは情報だ。
土地の商人と仲良くなれるのは、願ってもない話だが。
皮膚のチリチリ感は、ますます酷くなっていた。
俺たちは店主から色々と貴重な情報を貰いながら城下町を目指した。
店主の会話だが実に上手い。
いや、上手すぎる。
ナニワとマリオは、そんな事は気にしてないようだ。
久しぶりの弾む会話を楽しみながら、この地方の情報を吸収している。
ま、俺の気にしすぎだろう。
城下町に着き、ハジメに案内されたのは、割と大きめの酒場だった。
「取り敢えず一杯いきましょう。」とハジメ。
「俺の奢りでか?」別にかまわないのだが。
「何をおっしゃいます。ハンマは初めてですよね。僕が奢りますよ。」とハジメ。「最初の一杯はね。」
俺たちは旅の疲れを酒で癒しながら、それとなく店内を探る。
ま、この稼業の習慣ってやつで、本気で危険があるとは思っていなかった。
実のところ本当の危険ってやつが俺の隣に座っていたのだが、その時は忍び寄る死神の羽音さえ聞こえてはいなかった。
店内は賑やかだった。
客の半分は、傭兵に応募の連中だろう。
死ぬかもしれない危機感と、手にする予定の大金が、独特の高揚感をもたらしていた。
店のほぼ中央にある丸いテーブルに、7人組の傭兵の一団がいた。
鎧は軽装だが動きやすいタイプだ。
中に鎖帷子を着込んでいるのが見て取れた。
持ってる武器は色々だ。
ロングソード、バスタード(片手半剣)、モーニングスター。
クレイモア(西洋式の諸刃の大剣)を背負っている奴もいる。
鎧やら武器やらに付いてる紋章が、しょうしょう気にはなるが。
ナニワとマリオが俺を突っつく。
二人は酒の味の話をしながら、自然な感じで指を動かす。
どうやら、二人とも紋章に気づいたようだ。
俺の出身の地球には、こんな未開人しかいない所と違って、社会福祉ってもんがある。
耳の不自由な人のため、手話が開発されている。
手話を元に、俺たちだけで伝わるサインを造った。
こっちにも手の合図くらいはあるが、俺たちの手話は遥かにソフィストケートされたものだ。
俺は首をすくめて見せた。
気にする必要はあるまいと判断したからだ。
角を生やした髑髏のエンブレムだった。
クリムゾンナイツの紋章だ。
とてつもなく強い傭兵団だが、何年か前に全滅したはずだ。
残党が少しは残っているはずだが、こんな所にいるとは考えられない。
ハンマのギャラは俺たちには破格だが、クリムゾンナイツの連中から見れば小遣い銭にもならない。
つまり、あのエンブレムはハッタリだろ?
連中のテーブルには一人のゲストがいた。
妙齢のレディだ。
下手な変装をしているが、明らかに高貴な出の女だ。
どこの国にもいる。
荒くれ男に姦って貰うのが趣味の、上流階級の淑女たちが。
傭兵たちにすれば、これから死地へ赴く前の、ちょっとした命の洗濯だろう。
女は嫌がって逃げようとしているが、どうせ演技…
あれ?
けっこう本気で逃げようとしてるな。
止める間も無かった。
隣に座っていたハジメが立ち上がり、スタスタと7人組のテーブルに向かった。
そしてテーブルのグラスを掴むと、連中のボスと思われる男の顔面に酒をぶちまけた。
「おらぁ、餓鬼ども!」今までとはうって変わって、ドスの効いた声音だ。「貴様らがこちらのお嬢さんの相手をするのは100万年ほど早いでぇ!!猿に戻って進化からやり直してこいや〜!!」
こ……こりゃ……
他人のふりだな……
ところがナニワとマリオの二人が、つられて飛び出していた。
うわぁ。
何てこったい。
俺たちは7人組と睨み合っていた。
俺は僅かに右足を前に出す。
目的は2つ。
連中が強襲してきた時、抜刀術で対応しやすくするため。
そしてもう1つは、俺の左指の動きを、ナニワとマリオには見せるが、連中には見せないためだ。
幸いハジメの位置取りが良い。
連中が俺たちを取り囲めなくしている。
二人にサインを送る。
『エンブレムは気にするな。』
『右翼はハジメに任せろ。最悪、時間稼ぎで充分。』
『俺が飛び込んだら戦闘開始だ。』
『二人は左翼から。』
『二人一組で戦え。』
この二人、腕がずば抜けている訳ではないが、俺は頼りにしている。
俺がバックに求めるものは一つしかない。
信頼だ。
ボス格の男が何か言いかけたのと、俺が飛び込んだのは同時だった。
多分、凄みを効かせた脅し文句でも言いたかったのだろう。
俺のモットーは『話せば分かる』だが、もう会話が無駄な状況の時には、迅速に行動に移ることにしている。
相手の精神状態が持ち直すのを待ってやるほど、お人好しではない。
慌てた男は自分の剣を抜こうとしたが、半分まで抜くのがやっとだった。
鞘走った俺の大刀が、そいつの首を斬り落としていた。
抜刀術とは、そう言うふうに出来ているのだ。
居合術では、刀をいったん鞘に戻すことも多い。
しかし俺の流派は、元々は一刀流。
せっかく抜いた刀だ。
このまま使わせて貰う。
俺は膝を抜き倒れ込む様な歩法で斜め右後方に。
クレイモアを持ったおっさんだ。
腰にはショートソードも持っていた。
クレイモアを出したのは、脅しのためだろう。
屋内で振り回せる武器ではない。
俺は低めの姿勢で間合いを詰める。
おっさんは反射的に上段から振り下ろそうとした。
かかった!!!
やつのクレイモアは、見事に天井の梁を引っ掛けた。
『抜き胴』いただき!!
戦国時代の中期頃、二刀流が流行っていた。
大小二振りではなく、大刀を二振り使用する。
白兵戦では効果が高かったらしい。
日本刀もそれに合わせて軽い刀身の物が生産されるようになった。
しかし、西洋から優秀な具足が入ってくるようになると、流石に片手持ちの軽い刀身では斬れない。
そこで再び重い刀身に戻った。
つまり…
きちんと造られた日本刀を、きちんと使うなら、鉄が斬れるのだ。
しかし、俺の刀は傷み過ぎていた。
クレイモアのおっさんを斬ったところで、根本からポッキリと折れた。
俺はクレイモアのおっさんの後ろから来る男に、手元に残っていた部分を投げつけた。
人間、顔に向かって物が飛んでくれば避けちまうもんだ。
そこで稼いだ数秒で、俺は反対方向へ走る。
左手で小刀を抜く。
うちの流派じゃ『逆風』と呼んでいる技法だ。
ボス格の右手にいた男が、ロングソードで突いてきた。
こいつ、場慣れしてるな。
刀剣の分類上では、日本刀は直刀に分類されている。
実際は反りがあるのだが、後曲刀には分類されていない。
うちの流派には、この反りを使った技法がけっこうある。
俺は相手の剣と俺の小刀が交差する瞬間、この反りを使って相手の剣を流した。
俺の小刀は全く速度を落とさず、相手の脾臓を打ち抜いた。
一つの動作で二つの仕事をした訳だ。
『蛇咬』
蛇ってやつは、横にくねってるんだか、前に進んでるんだか、よく分からん動きをする。
そこから、この名が付けられたのだろう。
俺は再び反対方向へ走る。
さっき俺に刀を投げつけられた奴が、クレイモアのおっさんの死体を乗り越え襲いかかってきた。
得物はモーニングスター。
おいおい、本気かよ?
はいはい、ワロスワロス。
俺は突っ込むフェイントをかけ、奴がモーニングスターを振り下ろした瞬間、スェーでかわす。
たっぷり慣性がついた鉄球が落下を続けるなか、飛び込んで始末をつけた。
油断なく周りを見る。
どうやら終わったようだ。
ナニワとマリオの足元には、二人転がっていた。
粉が舞っている。
目潰しを使ったな。
この二人、一人だとショボいが、組ませると良い仕事をする。
ハジメの方を見た。
あ〜〜あ……
傭兵の一人が、完全に覆い被さっていた。
あっ。
そいつの背中から剣が生えていた。
傭兵の体がゆっくりとひっくり返った。
自分の剣で、自分の腹を刺しちまったのか??
足でも滑らせたな。
戦場では、たまにある。
ハジメはゆっくりと起き上がってきた。
「僕を舐めてかかるから、こういう目に会うんですよ。」手で体の埃を払いながらほざいた。
「プッ。」
マリオが噴き出した。
「あっ。」ハジメが大きな声を出した。「さっきのお嬢さんがいない!!」
そっちかよ!!!!
俺はさっきの女が座っていた辺りを見た。
何やら光る物を見つけて拾った。
大きさは板チョコぐらい。
もしかして……
24金??
表面には、何やらいわくありげな紋様が描かれていた。
三人が俺の近くに来た。
それぞれに調べるが……
分からん……
見たことも、聞いたことも無い。
「少し調べてみます。」とハジメ。「少し、僕に預けてください。」
サクッと懐に入れてしまった。
流石に文句を言おうと思った時、少女に話しかけられた。
「あの……」おずおずって感じの少女。
「あ、アヤちゃん。」ハジメが横から口を出す。「今日もバイトかい?」
「あ、……はい。」と少女。
「どうせ金の話だろ?僕が話しますよ。」とハジメ。
ハジメが俺たちに。
「ここの店主ですが、面倒な事はみんなアヤちゃんに押し付けちゃうんですよ。なに、心配は要りません。僕に任せてください。」
ハジメは店主の方に向かった。
酒場の主人は露骨に嫌な顔をしている。
「君はアルバイトをしているのかい?」俺は少女に興味を持った。
「はい。アヤと申します。」
何と言うか……
この娘、絶対、おじさまキラーだな。
雰囲気が。
「僕はナニワって言います。こっちはマリオ。」
お!!ナニワ君が参戦した!!
3人は挨拶を済ますと、すぐに楽しそうに。
アゥ……
会話に入り込めない…
こいつらの若さが恨めしい……
ハジメが戻って来た。
結局、7人の金品は店の物に。
死体の処理と、役人への鼻薬は店の責任で。
今日の俺たちの飲み分は、店の奢り。
まあ、妥当な線だな。
突然、大音響と振動が酒場を襲った。
どか〜〜ん!!って音だ。
店の中は、もうもうと埃が舞い上がっている。
音のした方を見て、流石のおれも魂消えた。
大砲が一門、壁を突き破って飛び込んで来ていた。
「驚いたな。」俺はナニワに話しかけた。「あっちじゃ、普通、タマの方が飛んで来るんだが…」
「こっちだって、普通はそうです!!」なんか、ムキになってるマリオが応えた。
ハジメが話しかけてきた。
「これは……」
「チャンスかも知れませんよ!」
「お城からここまで大砲を投げ飛ばせるとしたら、ギガンテスかなにかでしょう。」
「これは我々を売り込むチャンスです。古龍さん。早く行きましょう。」
「ちょっと待て。」俺は突っこみを入れた。「いつからハジメが、俺たちのトリオに加わったんだ?」
ハジメはすまして応える。
「何をいまさら……やだなぁ……。さあ、急ぎましょう。新生トリオで!」
ハジメにつられて、俺たちも城へ向かった。
「4人組みのトリオだって?」俺はナニワに話す。「いたな。そういうの。ナニワの住んでたとこに。」
ナニワが吹き出し、それが地球ネタだと気付いたマリオがしつこく聞き出そうとする。
「つまりね、ハリセンソードという武器を使うサムライウォーリアーがいて……」ナニワは例によっていい加減な蘊蓄をたれている。
「待ってーーっ」後から声がした。
アヤだ。
「私も一緒に行く。」
「おや、アヤちゃん。バイトはいいのかい?」ハジメだ。
「酒場の主人、いつも面倒なこと私に押し付けて!」
「たまには早退けして、私のありがたみを教えてあげないと。」
ここで俺が反対したら、ナニワとマリオを敵に回すことになるのは、火を見るより明らかだった。
俺たちは城に着いた。
外観には、異常が見られない。
しかし何者かが、ここから大砲を、ほんの2キロばかり投げ飛ばしたのは間違いない。
突然、大気が震えた。
文字で表すと、
ズシーーーーン!!!!
としか書きようがない。
地面も揺れた。
いや、地震とは揺れ方が違う。
城壁の上から、緑の肌をした巨大な顔が現れた。
単眼一角。
サイクロプスだ!!!
サイクロプスは、ゆっくりと城壁を乗り越え、俺たちの前に降りて来た。
俺は思わず呟いた。
いや、ほんとに無意識で。
「…これが…ジ◯ンのザ◯か…」
m(_ _)m
読んでくださり、ありがとうございます。