決闘
第14部分ゴブリンを一部改編しました。
先行するサライを、サライを死なせたくない狂鬼がストーキングする形に。
基本的に狂鬼はボヤくだけですので、ストーリーに影響はありません。
俺は、推定時速180キロで疾走している。
どうやるのかって?
俺は悪夢以来、長剣の持つ記憶が、急激に自分のものになっている。
この宝玉の鎧の使い方もそうだ。
地属性の宝玉の力で、僅かに地面から浮く。
何か、反発力のような力を使っているようだ。
そうしておいて、風属性の宝玉で風を起こし、その反作用で推進する。
恐ろしく効率の良い、ホバークラフトみたいなもんだ。
風属性の宝玉だが、俺の予想だと、表面に『テスラの無翼タービン』の原理を起こす仕掛けがあるようだ。
エネルギー源は魔力だろう。
こっちの方は、俺が地球で学んだ学問にはないな。
それに、回復力を持つ宝玉もある。
いや、時速100キロくらいの速度で、曲がりそこねて、木に激突した。
そうしたら、鎧のあちこちにある宝玉が、水色に煌めいて、けっこう早くに回復した。
例の虹色のバリヤーだって、もう自在に造れる。
あの年老いた竜人が手から発射する怪光線だか何だかも、ある程度防げると思う。
しかし、何と言っても凄いのは、長剣がそこそこ使えるようになったことだ。
悪夢で見た『破導剣・真空刃』。
こいつは凄いぜ。
バズーカ砲を装備している様なものだ。
しかも、弾丸は空気だから、弾数を気にしなくて良いのがたすかる。
例の竜人とは、必ずやる事になるだろう。
決闘に備えて、出来る準備はしておかないと。
俺は、昨日の内に段取りしておいた地点で止まった。
適当な木の枝を切って、乾かしておいたのだ。
木の枝の乾き具合いは、充分とは言えなかったが時間が無い。
俺は小刀を使い、木の枝を木刀に仕上げた。
俺の学んだ古流武術には、面白い技が色々と残っていた。
今から仕上げに入る、この技もそうだ。
昔の攻城戦では、攻城兵器ってのがあった。
例えば、城の城壁を壊したり、乗り越えたり。
あるいは、城門を壊したりする兵器だ。
歩兵が城門までの道を確保したら、それらの兵器を投入する訳だが、戦の神様ってやつは気紛れで…。
未だ攻城兵器の準備が出来ていないうちに、歩兵が城門前を確保しちまう事がある。
城の方だって必死だ。
まごまごしていりゃ、すぐに城門前の歩兵は殺される。
そうなれば、せっかく掴んだ幸運が、どっかに逃げちまう。
そんな時、刀一本と引き換えに城門をぶち破る技が、俺の学んだ流派には残っていた。
『城門殺し』と言う。
よく、ライフル弾はスピンをかけて威力をアップするって言うだろう?
あれは誤解だ。
スピンをかけるのは、弾道を安定させるためだ。
実際、あのスピンをかけるせいで、エネルギーはだいぶ損失している。
だから最近の対戦車砲なんかは、有翼滑空弾を使うのが主流だ。
じゃ、スピンは威力アップにならないのかって?
そうでもない。
ドリルや錐を考えてくれれば分かるだろう。
ようは、速度を落とさず、スピンを上乗せ出来れば良い訳だ。
『城門殺し』の構えは、あらかじめ自分の肉体を不自然に捻っておく。
天秤打法に似ているそうだ。
え?
知らない?
実は俺も良くは知らない(笑)。
まあ、むかし、そんな変な構えをするバッターがいたそうだ。
基本的に隙だらけの構えだし、この構えから繰り出せる技は『城門殺し』だけなんだが、城門から殴り返された奴もいないので、これで良いそうだ。
俺は用意した木刀で稽古に入った。
相手は、森の木々だ。
最初の内は、木刀はへし折れ、手を痛めるばかりだったが、だんだんと勘が戻ってきた。
最後の方の何本かは、木の幹を貫いた。
じっくり仕上げたいところだが、何せ時間が無い。
俺は、宝玉の鎧のホバー機能を使い、昨日の内に決めておいた場所へ急いだ。
『城門殺し』の仕上げには、かっこうの大岩を見つけておいたのだ。
この技の皆伝は受けていない。
なんせ、日本刀を一本、お釈迦にする。
この技の皆伝を貰うためだけに、日本刀を一本だめに出来るほど、俺は金持ちではなかった。
俺は大岩の前に立った。
腰から大刀を抜く。
静かに構えに入る。
失敗したら、代わりの日本刀は無い。
心を静めつつ、集中力を高めていく。
なんか、自分では信じられないくらい、集中力が高まっていく。
そう言えば、ハジメが、この大刀に何かの力を付与してあるとか言ってたな。
集中力を高める力なのかも知れない。
いや、そうとしか思えない程、精神が集中している。
岩の隙が見えた。
いや、そんなもん、見えるはずが無いのだが。
はっきりと見えた。
その一点に集中して、俺は突きを繰り出す。
刀身は、加速と共にスピンも加えていく。
まるで、吸い込まれる様に、隙に突き刺さって行く。
俺の大刀は、柄元まで大岩に刺さった。
大した音さえ無くだ。
俺は刀の柄から手を離し、数歩後退した。
突き刺さった刀を中心に、亀裂が走り始める。
そして、大岩は崩れ去った。
口伝通りだ。
俺は大刀を拾った。
刀身はボロボロだ。
もう使い物にはなるまい。
鞘を腰から外し、刀を収める。
俺は刀に礼を言い、そっと大岩の元へ置いた。
俺は、老人のことを思った。
あの年老いた竜人は、虐殺の村に縁のある男だろう。
家族か、とにかく愛する者を嬲り殺しにされた訳だ。
王虎が俺をここに送り込んだのは、あの老人を始末させるためか?
いや、違うな。
王虎がその気になれば、年老いた竜人を始末することぐらい、なんでもあるまい。
苦しめるために、生かしているのか?
あるいは、別に気にするほどでもないのか?
王虎に怨みを持つ者は、おそらく一人や二人ではあるまい。
それこそ、軍団単位、国家単位でも追いつくまい。
いずれにせよ、あの老人に何を言っても無駄だろう。
この剣の力と記憶を相続した以上、過去だけは別勘定にしてくださいと言う訳にはいくまい。
あの老人は、あの事件に関わった全てのものの存在を消し去るまで、復讐の業火に、老いさらばえた身を焼き続けるだろう。
この剣を持っているところを彼に見られた瞬間から、『いつか殺してやるリスト』に俺は書き込まれた訳だ。
『城門殺し』の完成で、決闘前に出来ることは、一通り済んだ。
オーバーワークはいけない。
少し、体と精神を休ませないとな」。
宝玉の鎧のホバー機能で、60キロくらいでのんびり流す。
この機能も、あんまり連続して使うと、能力が落ちてくる。
少しの間クルージングを楽しんだ後、俺は自分の足で歩くことににした。
向こうから人影が?
!!!!!!
こっちの世界に来てから、たいていの事には驚かなくななっていたが、今度ばかりは度肝を抜かれた。
歩いて来る人影はハジメだった。
俺は軽く手を上げて合図した。
向こうもこっちに気づいたようだ。
さて、何から話して良いものやら。
俺たちはとんでもない所へ来ちまった。
あのサイクロプスとケンタウロスのキメラだけでも、正直、ケンカになるまい。
ましてや、あの王虎は得体が知れない。
何を考えているかも。
俺はハジメに声をかけた。
「よう、相棒。」
「世の中には、意外な再会ってあるもんだな。」
ハジメ応える。
「いや、まったくです。」
「どうやらここは、魔界のようですね。」
俺。
「知ってる(笑)。」
「あの洞窟に居た魔人に転送された。」
「ハジメもそうか?」
ハジメ。
「いえ、村に変なドアが有ったんで、ちょっと入ってみたら、ここでした(笑)。」
俺。
「村って?」
ハジメ。
「洞窟がある断崖の頂上に、魔物の村があったんです。」
「必ずあるはずだと思って、断崖を登って。」
「案の定でしたね。」
畜生!!
何で気付かなかったんだ!!
確かに何千年も前から魔物たちが暮らしていたんだ。
俺はちょっとだけ悔しかった。
そう言えば、俺が洞窟へ戻るための出口を用意しておくと言ってたな。
おそらく、ハジメはその出口から入って来たのだろう。
ハジメは続けた。
「ところで古龍さん。」
「良いニュースと悪いニュース。どっちから聞きたいですか?」
俺。
「じゃ、良いニュースから。」
ハジメ。
「出発前に『仕込み』をするって言ったでしょう?」
「古龍さんが城で倒したサイクロプスの死骸を改造して、ちょっとした兵器に仕立てました。」
俺。
「そいつは、凄い。」
ハジメ。
「それにもう一つ、良いニュースが有ります。」
「マーシャルコマンドーのマスターを、上手く仲間に出来そうです。」
いや、世の中悲観したもんっじゃないな。
こりゃ、悪い方のニュースを聞いても、それ程ショックは受けずに済みそうだ。
俺。
「で、悪いニュースは?」
ハジメ。
「改造サイクロプスは暴走して、どっかへ行っちゃいました。」
「それに、マーシャルコマンドーのマスターとははぐれちゃいまして…」
なんじゃ、そりゃ!!
それじゃ、俺もお返しだ。
「こっちにも有るんだ。」
「良いニュースと悪いニュース。そして最悪のニュース。」
「どれから聞きたい?」
ハジメ。
「じゃあ、良い方から。」
俺。
「この剣と鎧を見てくれ。」
「けっこう凄いぞ。」
ハジメ。
「その鎧・・・・最新式じゃないですか?」
「惑星ナーブでは、まだ入手しにくいタイプですよ。」
「それにその剣。僕の目利きだと、神話時代の物でしょう。」
「僕だって材料さえ有れば、凄い剣が造れる自信は有るんですが。」
「神話時代の名剣に匹敵する物を造るとなると、材料が手に入らないんです。」
大きく出たな。
しかし、ハジメの正体がマスターだとすれば、あながち法螺とも言えないが。
ハジメ。
「で?悪いニュースは?」
俺。
「ここのボスらしき魔物を見た。」
「全高20メートル。全長40メートル。上半身はサイクロプスで、下半身は馬。サイクロプスとケンタウロスとのキメラだ。」
「こいつはドラゴンの鱗で造った鎧と盾を持ち、でかいモーニングスターで武装している。」
「たいていの武器や魔法は通じないだろうな。」
「それと、王虎、もしくはケーニッヒ・ティーゲルと名乗る魔人に出会った。」
「俺にこの剣と鎧をくれて、魔界に転送した奴だ。」
「洞窟に居候をしているらしいが、詳細は不明だ。」
「こいつと戦うことになったら、ハジメに任せた。」
ハジメ。
「魔人王虎!!」
「そいつって、魔界の王位継承権が34位の奴のことじゃ・・・」
「なんで、そんな大物が?」
「あ、そうか。」
俺。
「何か思い当たるのか?」
ハジメ。
「いえね、魔物の村からドアを開けたらここだったって言ったでしょ?」
「光帝神や魔王邪夢にだって、そう簡単に神界、人界、魔界を繋ぐゲートは造れないんです。」
「神話時代以前の古代神の中には、そう言う権能を持ってた神がいたはずですが。」
「だから、光帝神も魔王邪夢も、自然に出来たゲートや、古代神が造ったゲートを利用しています。」
「ただ、小さなバイパスは造れる。」
「それだって、相当な魔力が必要なはずですが。」
「僕が通って来たドアは、バイパスですよ。」
「洞窟のどこかに本来のゲートが在り、それが王虎にとっての、この洞窟の価値なんだと思います。」
成る程。
筋は通っている。
ハジメは続けた。
「で、最悪のニュースは?」
俺。
「竜人が俺を狙っている。」
「今まで戦った中で、文句無く最強の敵だ。」
「こうして二人で仲良く話しているところも、ヤツはどこかで見ているだろう。」
「おめでとう!ハジメもヤツの『いつか殺してやるリスト』の仲間入りだ。」
********************
古龍とハジメが会っている様子を、年老いた竜人は見ていた。
そして自分の旅が、最終章へ近づいたらしい事を悟っていた。
王虎の手掛かりを求めて、どれだけ永い旅を続けただろうか?
王虎が惑星ナーブにあるサイクロプスの洞窟に、ちょくちょく出入りしている事は突き止めた。
そして、王虎の魔界の領地である、惑星マオから、その洞窟へのゲートがある事も分かった。
あと少しで王虎の居場所に到達する直前に、復讐の女神は僥倖を与えてくれた。
あの剣を見紛うはずもない。
忘れない・・・
全身の皮を剥がされ、眼も耳も鼻も削ぎ落とされていた。
助けようとして近づいた目の前で、火炎呪文が発動した。
あの時の声が、姿が、竜人の魂から消えることは無かった。
しかし、それももうすぐ終わる。
あの事件にまつわる全てを消し去る。
老人は無意識に、背中の豪剣の柄を握った。
復讐の女神『ザナドゥー』により授けられた剣の柄を。
復讐のための一番の困難は、虐殺犯の割り出しだった。
主犯は分かっていた。
『王虎』
実行犯ですらない。
しかし、この男が命じたのだ。
老人は虐殺に加わったヤツ、一人一人に償いをさせるつもりだった。
彼は、復讐の女神ザナドゥーの神殿を訪ねた。
生贄を求められた。
彼の妻は、喜んでその命を捧げた。
女神はその過去認知能力で、事件の全てを再現し、老人の魂へと転写した。
そして、復讐の豪剣を与えた。
一人、また一人と仕留めて行った。
いや、正確に言えば、何人かはまだ死んでいない。
腐屍妖虫の群生する洞窟の中で生きているはずだ。
肉体を生きたまま喰われながら。
千年以上にわたり、意識ははっきりしたまま、妖虫の子供達に、肉体の内側から喰われていくのだ。
残るは、王虎と長剣。
女神の認知の転写により、あの剣にも意識があったことは理解していた。
王虎があの任務のために、あの長剣を用意させたことも。
********************
ハジメは言った。
「見られてますねぇ。」
俺も応える。
「ああ。抑えてはいるが、殺気が漏れはじめてるな。」
「すぐに来るぞ。」
ハジメ。
「二手に分かれましょう。」
俺。
「えぇ!!!!」
「いや、なんでまた????」
ハジメ。
「これを見てください。」
そう言うと、両手の手甲と、両足の具足を指し示した。
ハジメがちょいと弄ると、緑色の蔓が飛び出して、すぐに引っ込んだ。
「ある惑星に生えてる食肉植物なんですが、蔓の部分だけでも栽培できることを発見しました。」
「一種の自動戦闘マシーンに仕上げています。」
「強力ですよ。」
「ただ、未だ敵味方の識別が甘くて。」
「古龍さんを襲っちゃ不味いでしょ?」
俺はため息と共に。
「なあ・・」
「あんた、マスターなんだろ?」
ハジメ。
「あ、バレました?」
「確かに僕のことをそう呼ぶ人達もいます。」
俺。
「普通に戦った方が、良くない?」
「99のジョブで、マスターの称号を得ているんだしさ。」
ハジメ。
「武器職人としてのレベルは99です。」
「安心してください。」
俺。
「他にはどんなジョブのマスターなんだ?」
ハジメ。
「料理もレベル99。」
「カレーと焼肉なら、どこの惑星でも店を出せます!」
俺。
「分かった・・・・」
「二手に分かれよう・・・・」
********************
老人の見ている前で、二人は二手に別れた。
『誘っているのか?』
『いい度胸だ。』
『どっちだ?』
『どっちを先に仕留める?』
年老いた竜人の合図で、3つの影が動いた。
リザードマンだ。
爬虫類の特徴を持つ魔族を3人雇った。
白兵戦において、三位一体は理想的な戦術なのだ。
3人のうち、正面を受け持った1人は、剣と剣を切り結べば良い。
鍔迫り合いに持ち込めれば、最高の仕事をした事になる。
無理に相手を倒す必要は無い。それは残り2人の仕事だからだ。
しかし、あの長剣使いには通用すまい。
それも計算の内だ。
0・1秒だけ、ヤツの時間を削り取ってくれればいい。
もちろん、雇われた連中は死ぬことになるだろう。
しかし、危険は承知で契約したはずだ。
ならば、死ぬ事も契約の内だ。
********************
俺とハジメは、二手に分かれて歩き始めた。
生き残るのは、奴か?俺達か?
いずれにしろ、答はもうすぐ出る。
俺とハジメの距離は、きっかり230に開いた。
正確に距離を測るのは、俺の特技の一つだ。
金を稼いだら、この世界でゴルフを拡めよう。
きっと、キャディーとして成功できるだろう。
3つの影がハジメに向かって行く。
しまった!
奴は傭兵を雇っていた!!
一瞬、体温が下がるのを感じた。
そして両の耳たぶだけが、かっと熱くなる。
鎧の宝玉が煌く。
俺の体は僅かに浮き、地面すれすれを滑空する。
三体のリザードマンは、シミター(三日月刀)を振りかざし、ハジメに襲い掛かった。
ハジメ自慢の自動戦闘装置とやらから蔓が飛び出し、先頭のリザードマンを捕らえた。
ハジメの両手両足から伸びた蔓が、あっと言う間に巻き付く。
流石・・・
と思う間も無く・・・・
グランドに持ち込んでいるじゃないか。
一対一じゃないんだぞ!!
それとも、これも作戦の内か?
あぁぁぁぁぁぁ。
ハジメ、焦りまくった顔じゃん。
俺は長剣を引き抜くと、尾骨の辺りに、まだ解剖学上未発見の器官があるのを感じる。
器官は尾骨だけではない。
尾骨、性器、丹田、太陽神経群、咽喉、眉間、大閃門へと、その解剖学上未発見の器官が、次々と発生して行く。
チャクラだ。
チャクラは一直線に並び、何かが下から上に立ち登って行く。
クンダリーニだ。
俺は長剣に闘気を込めると、サイドからハジメに回り込もうとしているリザードマンを狙い、剣を振るった。
長剣は当然のごとくに真空刃を発射した。
『破導剣・真空刃』
そのリザードマンは三つに千切れ、吹き飛んだ。
俺はさらに加速し、最後尾のリザードマンは目の前に。
俺は長剣で斬りかかる。
ヤツは三日月刀で俺の斬撃を受けたが、俺の長剣は、あっさりとヤツのつるぎをへし折って袈裟がけに斬り裂く。
そのまま返す刀で、ハジメにキャッチされて動きが取れなくなっていたリザードマンを突き殺す。
その瞬間だった。
それが来たのは。
もう避けようがなかった。
長剣が教えてくれた。
音速を超えた高圧縮された空気の縦波。
『破導剣・衝撃刃』
俺は必死になって、俺が取りうる戦術オプションを検索した。
左手を前に出す。
半透明の虹色のドーム型の盾が出現する。
こいつの正体は、何かの力場だろう。
物理的な盾ではない。
バリアーみたいなもんだ。
虹色の盾は、前回とは問題にならない位の出力と大きさで造り出された。
虹色のドームがグニャリと歪み、とんでもない衝撃が俺を襲う。
軽自動車でダンプカーと正面衝突したら、こんな感じだろう。
試した事はないが。
激しい閃光と轟音に、視力と聴力を奪われながらも、自分が吹き飛ばされたことだけは理解できていた。
********************
竜人は思った。
今が勝機だ。度重なる死地を潜り抜けてきた経験が教えてくれていた。
あの長剣使いが体勢を整える前に、とどめを刺さねばならない。
しかし、真っ直ぐヤツに向かえば、『もう一人』と『長剣使い』に、前後を挟まれることになる。
竜人は、真っ直ぐハジメハジメの方へ向かった。
今回は軽装備だが鎧も身に着けている。宝玉が装備された最新式だ。
宝玉が煌き、竜人は地上すれすれを加速しながら進む。
クロスボウを取り出し構えた。
小型だが、弓の部分に角を利用した強力なタイプだ。
5本の短矢がセットされており、同時に発射できる。
5本の短矢には、通常より角度をつけてあり、拡散するようにセッティングしてある。
この決闘のために準備した武器の一つだ。
竜人はハジメに向かって発射した。
5本の短矢は、ハジメを包み込む様に拡がる。
鏃には魔法文字が刻まれており、魔法が充填されていた。
3本には爆煙呪文が。2本には幻影呪文が。
5本の短矢は爆発し、3本は猛烈な煙を撒き散らし、残る2本は幻影呪文を発動させた。
竜人はクロスボウを投げ捨て、両手から爆煙の中に怪光線を乱射した。
爆煙はハジメの視覚を奪うだろうが、同時に正確な照準も不可能にしていた。
弾幕を張るのが目的と言う射撃だった。若干、下に角度を付けてあり、命中せずとも地面に当たり、派手に土煙りを上げてくれればそれで良い。
竜人は撃つだけ撃ったら、さっさと方向を変えた。
今度は古龍の方へまっしぐらだ。
今の攻撃で、1秒弱失った。
背中から再び『復讐の豪剣』を引き抜く。
********************
ともすれば途切れそうになる意識を、闘争本能がかろうじて繋ぎ止める。
お花畑が見えそうで見えなかった。
そうだ!
俺は空中を吹き飛ばされている真っ最中だった!
宝玉が煌く。
姿勢制御。
急減速。
回復呪文発動。
左手が痺れて動かない。
前腕部亀裂骨折。
左手の薬指と小指も折れているようだ。
胸骨にも、ヒビくらいは確実に入っているだろう。
視界が赤白撮影の世界だ。
映画の回想シーンで使われるセピアカラーを連想した。
もう少し、派手で明るい赤だが。
眼球の毛細血管が破裂したのだろう。
レッドアウトだ。
動け!左手!
ヤツはすぐに来るぞ。
点が光った。
ヤツだ。
今回は鎧を装備している。
鎧と言うより、プロテクターと言うか、バングルと言うか。
とにかく非常に簡易なタイプだ。
もともとドラゴンのウロコにニア・イコールな皮膚を持った竜人に、重装備の鎧は必要は無い。
ヤツが豪剣を振りかぶったのが見えた。
来る。
衝撃刃だ。
俺は動く右手で長剣を振りかぶった。
この物干し竿を片手で扱うのはきついが、今は俺の肉体を走り回っているアドレナリンに期待するしかない。
行ってこい!!
真空刃!!!
両者の発射した弾丸は、高圧縮の空気に真空だ。
磁石のNとS。
高性能なホーミングを撃ち合った様なものだ。
およそ両者の中間で激突した。
真空は猛烈な勢いで空気を吸い込み、圧縮された空気は爆発を起こした。
俺の体は、ようやく後退にブレーキがかかり、ヤツに向かって加速を始めた。
Gで体中が引き千切られそうだ。
骨が軋む。
血が足の方へ引っ張られ、視界が暗くなる。
今度はブラックアウトだ。
死神の翼が、俺を掠めて行くのを感じた。
俺は脳みその中の、壊れかけたポンコツジュークボックスに、コインを叩き込んだ。
ロックンロール!!!!
耳鳴りがガンガンする。
ベースのリズムに丁度いい具合だ。
目から火花が出ているが、こいつはレーザーイルミネーション?
イッツァ ショー タイム!!
俺は長剣を持った右手を、左の腰の辺りに持ってきた。
そう。抜刀術の構えだ。
鞘は無いが、あるつもりで。
左手がきかないのを、ヤツに教えてやる訳にはいかない。
まだ痺れている左手を、軽く剣に添える。
正面から相対する、高速で進行する相手と戦う場合、双方とも直線でのぶつかり合いを嫌う。
相討ちになる可能性が高いからだ。
相手は倒しました。
自分も死にました。
では、あまりありがたくない。
そう言う場合には、お互いに大きなループを描きながら近づき合うのが普通だ。
だが、俺はヤツに直線で向かう軌道をとった。
ヤツの復讐のゴールである王虎は目の前だ。
こんなところで相討ちで果てたくはないだろう。
一瞬でも迷いが出てくれれば勝機はある。
竜人もまた、直線コースを選択したようだ。
心なしか、速度を上げたように見える。
戦場では、命を惜しむ者から死んで行く。
その事を身に染みて知っているのだろう。
チキンゲームだ。
俺は腐れ脳みその中のジュークボックスのボリュームを最大にした。
抜刀術の場合、通常、剣のスタート位置は決まってしまっている。
しかし、そこからの太刀筋は複雑なのだ。
スタート位置が決まっているからこそ、そこからの変化に無限とも言えるバリエーションを持たねば、戦場では通用しない。
そして、我が真眼流こそ、実戦最強の抜刀術・・・・・と、師匠は言っていた。
風景の流れにスローモーションがかかる。
脳のリミッターはとっくに外れ、桁外れの酸素を消費始めたのだろう。
尾骨から大閃門まで、正中線に沿って力が走り始めるのを感じた。
俺は長剣を抜いた(鞘は在るつもりで)。
ヤツも豪剣を振り下ろす。
俺は僅かにコースを右に。
そうすれば、長剣のコースが直線になり、速度のエネルギーを剣に載せられる。
長剣と豪剣がぶつかり合う。
火花どころか火の玉が生まれる。
両者はすれ違う。
正面衝突は回避した。
ヤツを正面見据えながら、右足で地面を押さえつける。
土煙りが巻き上がる。
鏡で映したように、ヤツも同じ体勢だ。
ヤツのバングルの宝玉が激しく煌いている。
俺の方もそうだろう。
宝玉と言えども、無限の能力がある訳ではない。
最大出力も、エネルギーの総量にも限界がある。
最大加速、無理な姿勢制御、回復呪文。
俺の宝玉はフル稼働状態だろう。
もしタコメーターが付いていたら、その針はレッドゾーンで踊り続けているだろう。
いつ吹っ飛んでもおかしくはない。
それはヤツの方も同じはずだ。
ヤツは右手から怪光線を連射。
俺は虹色の盾で受ける。
痛い・・・
せっかく治りかけた骨が・・・
頼むぞ、回復の宝玉!!
動きゃいいんだ、動きゃ!!
********************
竜人は妙な太刀筋に、少々手こずっていた。
先ほどの盲撃ちで、『もう一人の敵』が倒された訳がない。はなから時間稼ぎの一撃離脱だったのだ。
『長剣使い』の立ち直りの早さも計算外だった。
いや、衝撃刃の直撃を受けているのだ。無傷ですんだはずはない。
それをカバー出来るだけの、技量と気力の持ち主なのだろう。
しかし、無理はしているはずだ。切り札を出すなら今だ。
ここで決着をつける。
先ず、高速水平戦を仕掛ける。
高速移動は地属性の反発魔法で体を浮かせ、風属性魔法を推力とする。とれる高度はチョット浮くだけ。
地属性の反発魔法では高度は取れない。それ以上の高度をとろうとすれば、風属性の宝玉に、相当の負担をかけることになる。
相手が水平高速戦の2次元の動きに慣れたところで、急上昇、反転、急降下をかける。
風属性の宝玉には、一時的に限界を超えた負担をかけることになるが、すぐに壊れる訳ではない。限界は充分に心得ている。
これこそ、竜人の決め技だからだ。
未だかって、この技をかわした相手はいない。
********************
まだ、左手は動いてくれない。
苦し紛れの抜刀術だったが、意外に功を奏している。
考えてみれば、本来、左手が使える状態でも、選択肢に入る戦法なのだ。
鞘を照準器代わりに使ったりの細工は確かにしにくいが、イメージを上手くとれば、無いはずの鞘を感じることが出来る。
竜人との第一戦は、いきなり始まった。
双方とも、なんの準備もできていなかった訳だ。
しかし今回は、双方ともそれなりの準備は出来た。
俺だって、対竜人戦用の秘密兵器ぐらいは考えてある。
ヤツだってそうだろう。
どちらが先にチャンスを掴むかだ。
何度か剣撃を繰り返した。
ヤツは高速戦を仕掛けてきた。
こちらもリフトをかけ対抗する。
激しい、平衛戦、交差戦を繰り返す。
俺の宝玉は、限界で唸りをあげ始めた。
限界加速、急減速、危険な姿勢制御。
フィギアスケートのペア競技のように、ヤツも俺も、進行方向と体の向きが、必ずしも一致しない状態の超低空の空戦中だ。
戦闘機同士と言うより、戦闘ヘリ同士の空中戦のようだ。
時折、少し距離が出来ると、ヤツは手から怪光線で射撃してくる。
破導剣が撃てるほどの距離にはならない。
どんどん、この戦いに集中して行く自分を感じた。
テトリスでハイスコアを出す時の超集中状態に自分が入っていくのが分かった。
ぷよぷよなら十六連鎖は行けるな。
いける!
と思った瞬間、ヤツが消えた。
相手を見失なっったら、自分も位置を変えろ!
俺はジグザグに走行する。
加速を最大に上げる。
恐怖からだ。
どこだ。
どこから来る。
恐怖で咽喉が干上がっていくのが分かる。
ヤツ姿を完全に失っていた。
俺は出来の悪い脳みそを振り絞る。
どこになら移動出来た?
どこからなら攻撃ができる?
上だ!!!!!
首を上方向に向けた時、視界のはじにヤツの影が見えた。
左手が動いた。
奇跡が起こったのか?
いや、恐怖が動かしたのか?
真眼流抜刀術、逆風。
→左手で小刀を抜く。
真眼流抜刀術、天牙。
→武士の魂をいきなり投げる。
単純だが効果は期待できる。
最初の対決で、ヤツは俺に対して、『長剣使い』の強いイメージを持ったはずだ。
だが、こちらの専門は日本刀の方なのだ。
しかも、ヤツは俺に対し真っ直ぐ向かって来ているはずだ。
方向さえ掴めれば、細かい照準は要らない。
そして、これが最も肝心なのだが、他に方法が無かった。
竜人の豪剣が、飛んできた小刀を打ち払った。
小刀は砕け散った。
突然、小刀は大閃光と大爆発音をあげた。
何だ?
何が起こったのだ?
ハジメだ!
そう言えば、何か仕込んだと言っていた。
あの野郎!俺の小刀を自爆兵器にしやがったのか。
光と音を、舐めてはいけない。
爆発では、狭い閉ざされた空間なら兎も角、野外では相手にダメージを与えるのは難しい。
爆発による、高圧高温のガスは、立方で拡散していく。
三乗で体積は膨張し、威力は落ちて行く。
爆発自体によるダメージが期待できないからこそ、榴弾が工夫され、手榴弾は表面を割れやすくしてある。
一方、強烈な光と音は、生理反射に作用し、行動を一時的に強制封鎖してしまう。
ハジメが、閃光と爆音の呪文を仕込んでおいたことは、一応理屈にあっている訳だ。
俺は急上昇をかけた。
鎧の宝玉が唸りをあげる。
Gで気が遠くなりそうだ。
竜人の高度を抜いた。
俺は反転降下にうつる。
宝玉が2個ほど吹っ飛んだ。
推力はその分落ちるが、後は石ころの様に落ちるだけだ。
なんとかなる。
眼下では、竜人がすでに回避運動に入っていた。
なんてヤツだ。
竜人の宝玉も3個、砕け散ったのが見えた。
必死に空中姿勢を制御しようとしている。
それはこちらも同じだった。
また1個、宝玉が飛んだ。
俺は『城門殺し』の構えをとった。
あらかじめ不自然に体を捻っておくことによって、突きの速度を落とすことなく、刀身に自然なスピンをかける、超実戦古流剣術、真眼流の秘剣だ。
長剣が竜人に迫る。
今だ。
俺は『城門殺し』で突くと同時に、長剣に闘気とイメージを送り込んだ。
長剣は真空の刃を身にまとった。
真空はプロペラの様に、刀身とともに回転を始めた。
城門殺し・真空刃バージョン。
また1個、そしてもう1個、宝玉が吹き飛んだ。
俺の肉体は長剣と一体となり、竜人を打ち抜いた。
竜人の肉体は、シュレッダーにかけられた様に、刻まれ千切れ飛んでいった。
俺は急減速をかける。
僅かに残っていた風属性の宝玉が全て砕け散る。
あとは地属性の宝玉の反発魔法に、緩衝力を期待するしかない。
地属性の宝玉が軋み、唸りをあげているのが分かった。
地属性宝玉たちは、数秒は最後の悪足掻きをしてくれたが、急降下でたっぷり速度のついた俺の体に多少はブレーキをかけてくれたのち、全て砕け散った。
地面が凄い勢いで俺に体当たりしてくる。
緩衝材代わりに虹色の盾を、分厚くドーム状に張る。
虹色のドームは俺の加速した体を地面から守ろうとして緩衝材として飛び散った。
と同時に、虹色の盾を担当していた宝玉も、全て砕け散った。
もはや条件反射と化している受け身で、急所だけは守ったつもりだった。
俺は仰向けに倒れている。
俺の上空で細切れになった竜人の肉片が舞い落ちる。
どこかで見た風景だな。
そうだ。
映画『パーフェクト・ワールド』のラストシーンだ。
あの時、舞っていたのは、確かドル紙幣だった。
もう、指一本、動かせない。
だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
指一本動かせないはずの俺の肉体は、バネ仕掛けの様に横に2回転した。
俺が今までいた地面には、豪剣が突き刺さっていた。
柄を竜人の右手が、しっかり握りしめている。
じいさん。
あんたは最後最後まで・・・・
凄い戦士だったよ。
俺は長剣を杖代わりに、なんとか立ち上がった。
鎧の重さに驚いた。
今まで羽の様に軽いと思っていたのは、宝玉の効果だったのか。
最後に残った回復属性の宝玉2個が、フル稼働で煌いている。
豪剣の所へ行き、爺さんの右手首を、剣の柄からはがした。
「爺さん・・・
「あんたの悲しみは、この豪剣とともに、俺が引き継ぐよ・・・
「でも恨みはダメだ・・・
「あんたの復讐行は、ここで終わったんだ。
「恨みってヤツは・・・
「キリが無いんだ・・・・
「誰かがどこかで終わりにするしかない・・・
「あんただってそんなことは・・・・
「分かってたよな・・・
「それでも許せなかったんだよな・・・・
「許せるわけ・・・無いよな・・・・
「理不尽だよな・・・・
「不条理だよな・・・・
「それでも・・・
「ここで、終わりにしよう・・・・
俺は爺さんの手首を、天高く放り投げた。
長剣を振るい、真空刃を放った。
爺さんも手首は吹き飛んだ。
さて、ハジメを探しに行くか。
俺は二振りの剣を背負い、歩き始めた。
投稿ペースは、少し遅くなりますが、頑張ります。