アヤの村
「私ね・・・両親がいないの・・・」
「私が四つの時、魔族に村が襲われて・・・」
「私をかばって、死んじゃった。」
ナニワは、胸の辺りに痛みを感じていた。
いつだか古龍が言っていた言葉を思い出した。
『こっちの世界じゃ、ストリートチルドレンなんて、珍しくもない。』
『むしろ、両親に大事に育てられてる子供の方が、少数派なんだ。』
それに、さっきマリオが戮目珠について尋ねた時、アヤは『私の大切なお友達。』と応えたが、その時、彼女の表情に、翳りが射したことも、見逃してはいなかった。
「何か居る!!!」
マリオの声が、ナニワの思考を中断させた。
「あまり友好的な相手じゃないような気がする。」とナニワ。
「来るわ。フォーメーションはどうする?」とアヤ。
「え?アヤちゃんも戦うの?」とマリオ。
前方の暗闇より、5つの影が。
インプだ。
小型の魔物だが、スピードと凶暴性には、定評がある。
武器も器用に使う。
三叉の槍、トライデントだ。
アヤが飛び出す。
一瞬遅れてナニワとマリオが。
そもそもアヤが戦うなどと思っていなかった。
二人でアヤを護るつもりだったのが、一瞬判断を遅らせた。
「戮目珠!!獅子咆哮ァァァッ!!!」
アヤの命令で、宝貝は黒い炎に包まれインプの群れの中央へ飛び込んだ。
二匹のインプが、黒く燃える戮目珠の攻撃で、跡形もなく消された。
悲鳴すら残らない。
『黒い炎!!!ありえね〜〜〜!!!』
ナニワの心に、疑問が引っかかる。
『黒い炎!!!まさか!!!』
マリオの心に、疑問が湧いた。」
しかし、考えている時間は無かった。
アヤが先頭だが、宝貝を飛ばした今、彼女は丸腰なのだ。
戮目珠は二匹のインプを焼き、その速度で群れの後方まで抜けて、すぐに反転しアヤに向かうが、残ったインプの突撃はさらに早い。
アヤも心得ていて、スウェーで下がる。
同時に、ナニワとマリオが前に出る形。
一瞬で、フォーメーションは入れ代わる。
マリオが七節棍を振るった。
七節棍は、紐で繋がれた七つの棍に分かれ、鞭の様に飛ぶ。
棍と棍とを繋ぐのは、ドラゴンの皮で造られた革紐。
ミスリル銀の細い芯が通っている。
魔力の伝導率の高いミスリルを、魔法防御の高いドラゴンの皮が被膜しているのだ。
相場の三倍の値段は、伊達ではない。
しかし棍に秘められた特殊な力が発動することは無かった。
高速で飛ぶ先頭の棍が、一匹のインプの頭蓋を砕く。
そしてマリオの手首の一捻りで、倒したインプの横を走る別のインプの首に巻き付き引き倒した。
その時点で、残る一匹のインプは、ナニワの剣で斬り殺されていた。
『あれ?ナニワのやつ、こんなに上手かったっけ?』地面に倒したインプの頭蓋を棍で叩き割り、とどめを刺しながらマリオは思った。
マリオの記憶では、ナニワの剣技は、ややバランスが悪かった気がしたが…
ナニワの武術は北派中国武術。
八卦掌。
太極拳。
八極拳。
形意拳。
などを学んでいた。
「う〜ん。」アヤは言った。「70点。」
「「えええええええええ!」」ナニワとマリオがハモる。
「何でだよ!!」とナニワ。
「95点は行ったでしょ!」とマリオ。
「最初の私のダッシュに、一歩、出遅れたでしょ?」
「「厳しいのぉ…」」また、ナニワとマリオがハモる。
「じゃあ、85点に、しといてあげる(笑)。」
アヤは戮目珠に向かって言う。
「それで、さっきの話は本当なの?」
「アヤさん。その宝貝『戮目珠』って、いつからアヤさんのお友達になったの?」
マリオが尋ねる。
「ちょっとだけ待ってて。」
「今、この子と話しているから。」
「………」
「うん。分かった。」
戮目珠と話していたアヤが、二人に説明を始めた。
「この子はさっきまで古龍さんの居所が分かっていたんだって。」
「それが急に消えたんだって。」
「恐らく何処かに飛ばされたっぽい。」
「だから、これから最後に古龍さんが居たところを目指すわ。」
「何か手掛かりがあると思うの。」
「戮目珠。また頼むわよ。古龍さんを探すの。」
そう言うと、戮目珠のが先導し、アヤは洞窟の奥へと進み始める。
ナニワとマリオは、一瞬、顔を見合わせたが、お互いに頷き、アヤの後を追う。
「アヤさん。さっきの話の続きなんだけど、その戮目珠…」
アヤの表情は、一瞬くもったが、すぐに元の明るさに戻る。
「私が四才の時だったわ。」
「村が魔族に襲われて全滅しちゃったの。」
「両親は、私を庇って死んじゃった。」
アヤは黙った。
二人も口を開かない。
宝貝の案内で、洞窟を進む。
進むにつれ、光苔が増え始めた。
歩くには不自由しないくらいの明るさだ。
「二人は私を村から逃してくれたの・・・・」
「お城に行きなさいって・・・・」
「泣いたわよ・・・・」
「泣きながら走って・・・・・」
「疲れて・・・」
「息も苦しくなって・・・・・・」
「道は暗いし・・・・」
「そのうち、もう歩けなくなって・・・・
「でね、村に帰ることにしたの。四才の子供って、馬鹿よねぇ(笑・・・・
アヤの声は、涙声になっていた。
その時の悲しみが、生々しく甦ってきたのかも知れない。
ナニワもマリオも思っていた。
『もう、話さなくていい!!!』
しかし、二人はその言葉を口に出来なかった。
「村が近づいてくるととね・・・・
「燃えているのが分かった・・・・・
「でもね、その時は、
『おうちに帰るんだ。』
『ドアを開ければお母さんがいて・・・』
『お父さんもいて・・・』
「そう、思っていた・・・・
「私が着いた時、もう魔物はいなかった・・・・
「村中の家が燃えてて・・・
「私ね、走ったの・・・・
「おかしいわよね。ついさっきまで、もう歩けないって思っていたのにね・・・
「あの坂を越えて・・・・
「あの角を曲がって・・・・
「井戸のある広場を抜けて・・・・
「そう。もうすぐ見えるの!
「おうちが!!!
「でもね・・・・
「やっぱり、おうちも燃えてたの・・・・
「どんな気持ちだったと思う??
「何を考えたと思う??
「な〜〜〜んにも・・・・
「考えられないの・・・・
「おじさんがいたの・・・・
「みたことない人・・・・・
「なんか、話したはずなんだけど・・・・
「おぼえてない・・・・
「それでね、おじさん・・・・・
「両手をこう握って、私の前に出してね、どっちか選べって・・・
「私ね・・・
「すっご〜〜〜く、迷った(笑
「可笑しいわよね・・・
「四才くらいの子の考えることって・・・・
「それでね、結局、右手を選んだの・・・・
「そしたら、この子が出てきて・・・・
「不思議だったわ・・
「だって黒い光に包まれていて・・・
「そのおじさんと話したこと・・・
「ほとんど覚えてないんだけど・・・・・
「そのあと、おじさんが言った言葉だけは、今でもはっきり覚えている・・・・
『これからはこの戮目珠で自分の身を守れ。』
『使いこなせばそこそこ強い武器だ。』
『ただ使い方は、お前自身で覚えるんだ。いいな。』
「…うん。ありがとう。…。」
「そうふに(そういう風に)答えた・・・
「そのあと、おじさん、いつの間にかいなくてね・・・・
「私もね、ぼうっとしながら、この子を撫でてたの・・・
「お馬さんがね・・・
「たくさん、走ってくる音がして・・・
「この子、隠さなきゃ!!
「だって、この子まで取り上げられたら、私、独りぼっちだもん!!
「この子、隠さなきゃ!!って・・・
「そしたらね、この子、私の手の中へ、しゅーって入っちゃって・・・・
「よかったぁ・・
「これで、この子、取られないって思って・・・
「やって来たのは、お城の騎士団でね・・・
「騎士団長さまが、私を抱き上げてね・・・・
「あとは・・・・・・・ね?
「だけどね・・・
「そん時、四才だったでしょ?
「だから、ず〜っと思ってた・・・
「この子をくれた、おじさんが・・・
「迎えに来てくれるって・・・
「ほんと、ず〜〜〜〜っと・・・
「七才くらいの頃には、もう分かっていたけど・・・・
「あのおじさんが、村を滅ぼし、両親を殺した魔族だったんだってね・・・・