古龍
厳密に言えば重複投稿です。
しかし、既に20年以上が過ぎました。
私の遺作になるでしょう。
あの世に旅立つ前の宿題のような物です。
多くの人に読んで欲しい。
俺は酒場の雰囲気が好きだ。
普段でも独特の喧騒の中で、妙なリラックス感を感じながら一杯やるのは、俺らみたいな傭兵稼業にとっちゃあ、一日の終わりに欠かせない儀式のようなもんだ。
特に今みたいに、近々ちょっとした戦さがあり、その稼ぎをあてにした傭兵たちが集まっているのがいい……
妙にハイテンションな感じで……
さっきまでそんな俺好みの雰囲気だったこの酒場も、今は静まり返っている。
殆どの者は壁際に避難して、事の成り行きを見守っている。
発端はこうだ。
7人組の傭兵と思われる一団が、娘さんをかどわかそうとしてた。
その娘さんってのが、下手な変装をしているが、どう見ても高貴な出自であることは隠せない。
もしかして荒くれ達に、自分では股も閉じられなくなるほどに……(以下、自主規制)
いや、失礼。
実際そんな趣味の女は多いんだ。
その傭兵たちが声をかけなきゃ、俺が声をかけてたかもしれない。
ところが馬鹿が現れた。
こともあろうに、その傭兵の一団に喧嘩を売った。
悪いがここは近代的な法治国家じゃない。
安っぽいヒロイズムとは、最も遠いところにある世界だ。
これから、その安物のヒーローが斬り殺されるってわけだ。
こりゃ、俺でも『高みの見物』を決め込む。
その『なますにされる馬鹿』が、俺たちでさえなければだが…
俺と仲間二人は傭兵の一団と睨み合っている。
喧嘩を売った張本人は、俺たち3人を盾代わりに前へ押し出し、自分はさらに後方の柱の陰から、聞くに堪えない罵詈雑言を、7人組に浴びせ続けていた。
おい!!その汚い口を閉じろ!!!!
こう見えても俺は人間が上品に出来ているんだ!!
今日ほど自分に自制心があることを残念に思ったことはない。
自制心さえ無ければ、このジジイを最初に斬り殺すべきなんだが……
だいたい俺のモットーは、『人は話せば分かる』だ。
しかし、ジジイの位置どりはなかなか良い。
連中が俺たちを囲むのを、微妙に牽制している。
罵詈雑言もなかなかハッタリが効いていて、『もしかしたらとんでも無い隠し武器でも持っているのでは?』と相手に思わせている。
ジジイ!後で教えてやるが、そう言うのを俺の出身の地球では、『口合気』って言うんだ。
もっともここを生き残らねば、教えることも出来ないが……
全く何でこんなことになっちまったんだ……
だいたいこのジジイと知り合ったのは、ほんの小一時間ほど前だ。
こんなトラブルメーカーだと分かっていたら、こいつの口車なんぞに乗らなかったものを…
俺の名は古龍。
本名じゃないが、まあそれで通している。
傭兵やら賞金稼ぎやらを生業としている。
腕っ節を頼りに、なんとかしのぎを続けている。
相棒は二人。
一人はナニワと呼んでいる。
俺と同じで地球出身。
いわゆる『神隠し』にあって、こっちに跳ばされて来た口だ。
大抵の奴はこっちに跳ばされたら、一週間と生きられない。
ここの文化水準は、地球で言ったら中世にあたる。
水と安全が無料だと思っている俺たち日本人にとっては、あまりお勧め出来る環境にはない。
ナニワが俺と出逢うまで生き抜いてこれたのは、こいつに武道経験があったおかげだろう。
大人しそうな顔つきだが、、中国武術をけっこうやり込んでいた。
俺もそうだ。
どう言う訳かガキの頃から武術が好きで、良師にも恵まれていた。
俺が学んだのは、いわゆる古武術にあたる。
それも戦国時代に基本術理を完成した、超実戦武術だった。
一刀流が基本だが体術も多くあり、江戸時代には抜刀術が追加されたらしい。
もう一人の相棒はマリオ。
こいつはこっちの世界の生まれで、魔族と人属のハーフだ。
そうそう言い忘れたがこっちの世界には、神族やら魔族やら魔法やらが存在している。
全く、中世だってだけだって充分に厄介なのに、魔族だぜ!!魔族!!!
おまけに魔物がうろうろしてて……
奴ら人を喰うんだ!!!
マジで。
マリオは魔族の血は入っているが、けっこういい奴だ。
面白いことにこっちにも中国拳法によく似た武術があり、『四門の拳』と呼ばれている。
マリオは、その『四門の拳』の『白虎の門』の門下だ。
腕は初伝に毛が生えた程度だが、医療の技術もある奴で、そこそこ頼りになる。
まあ武術には色々な流派はあるが、所詮は人間のやるもの。
胴体に両手両足の五体を使ってやる技術だ。
似た物があっても不思議はない。
俺たちは辺境の惑星の、そのまた辺境にある小さな国を目指していた。
惑星の名はナーブ。
目指すはハンマと言う小王国だ。
勿論、この惑星までは星の船で来た。
神々の技術だ。理屈はよう分からん。
星空の神ビリーブの神殿に御布施を払えば、人界の惑星なら大抵の場所に連れて行って貰える。
神々にとって人界は価値があるらしい。
有り難い話だ。
俺たちはハンマで傭兵を募集していると聞いた。
近々、魔獣討伐があるそうだ。
任務の割には破格のギャラが用意されてるとなりゃ、一稼ぎしない手は無い。
しかし俺たちのパーティは問題を抱えていた。
それぞれの武器が、かなり傷みが激しい。
俺は日本刀。
こっちじゃサムライソードと言う。
ナニワは中国剣。
カンフーソードだ。
マリオは七節棍。
七節棍と言っても、実は何種類かある。
マリオの使っている物は、けっこう手の込んだ物だ。
通常は普通の棍だが、必要に応じて七つの棍に分離する。
そして元に戻すのも自由自在だ。
ハンマの城下町まであと小一時間というところで、小さな店の前を通った。
「ちょっと寄って行きますか?」ナニワが言った。
「まあ、どうせたいした物は無いでしょうけど。」とマリオ。
俺は……
壁の一部を指し示した。
「Mの字に見えないか?」
壁の染みだが、Mの字に見えないことはない。
ナニワとマリオは、ぎょっとして顔を見合わせた。
こっちは地球と比べるとトンデモな世界だが、トンデモにはトンデモな奴が住んでいるものだ。
裏稼業の世界でマスターと呼ばれる悪党がいる。
人非人である事を、首から看板を下げて生きているような奴らしい。
人族かどうかも怪しいと言う。
こっちにはジョブと呼ばれる職能がある。
そのジョブの99にも渡る分野で、マスター(レベル99)の称号を得ていると言う。
ただ、性格に著しい欠陥があるらしく、そいつに恨みを持っている奴を数えようとしたらテラ単位になるらしい。
そこで名を変え、姿を変え、あちこちの惑星を逃げ回っているとか。
ただし、どこに居ても奴に連絡を取りたい奴のためにマーキングをしている。
その一つが『Mの文字』だ。
「まさか……ただの壁の染みですよ。」とマリオ。
「入ってみるか……」俺は応えた。
それがそもそも、トラブルの始まりだった。
m(_ _)m
読んでくださり、ありがとうございます。