日常のシミ part1
「や、やめて!来ないで!」
若い女は叫ぶ。
「元気な嬢ちゃんだなあ」
4人の男連中がニヤつきながら若い女に迫る。
「叫んだって誰も来ないぜ?こんな薄暗い小道の端っこにはよお」
「きっと誰か来てくれるわ!今に見てなさい!」
その誰かは今ここに居る。
通りすがりの男は、4人の体躯の良い男に迫られている女1人を少し離れた所から窺っていた。
今助けに行く!ヒーロー参上ってな!
――スタッスタッスタッ
静かに堂々と歩み寄る。
そして声を掛けた。
「おッ…お…ぃ」
男の声は届かなかった。
その小さな勇気は夜の風に掻き消されてしまい、途端に吐き気が襲ってくる。
「オェェェ…ゲボッ」
そのまま吐いた。
ビタビタビタビタという音と共に、石造りの地面に嘔吐物コーティングを施す。
身の丈に合わない事はするもんじゃない。
いつもそうだ。
どこか自分は特別だと思っている。
あんな屈強な男達に勝てる訳がないじゃないか。
おそらく奴らは只者ではない。
あらゆる筋肉が盛り上がっていて、見ていて迫力が違う。
はぁ……俺だって助けたいさ。でも俺は……俺は目立って腕が立つ訳ではないし、それに…それに助けたってどうせ何の見返りもないだろ!
人を助けて良いことなんて…
俺はもう人助けなんかしないって決めたんだ!
だから俺は…
「オェ……」
言い訳ばかり浮かんで何もしようとしない自分に苛立つ男は、未だに後ろを向かない男連中に感謝をし、逃げる事を決意した。
俺は夜目が利くから見えるけど、奴らからすれば俺の姿は見えないはずだ。
これなら逃げられる。
そんな彼に図らう、運命の女神とでも言えよう存在による定めの刻は進んでいく。
「なぁ!さっきから後ろでこそこそしてやがんのは誰だぁ!お前ら見に行ってこい!」
リーダー格の男が下っ端3人に命令を出す。
……気づいていたのだ、しかし何もしてこない人物に呆れて特に何をしようとは思わなかった。
だがずっとそこに立たれていては鬱陶しかったのだろう。
やはり只者ではない。
「うっす」
血の気の立った男3人が目をギンギンにひん剥いてこちらに向かってくる。
「オラァ!誰だそこにいんのは!」
野性味のある乱暴な声で怒鳴る。
誰もいない!誰もいないから早く戻ってくれよ!
俺は嘔吐で体の力が抜けていたし、恐怖で足が震えていた。
何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!
――ダンッダンッダンッ
乱暴な足音が着実に近づいて来る。
駄目だ!もう見つかる!
「うわぁぁぁあ!」
男は叫び、後ろに向かって走り出した。
「テメェ!ボケクソォ!ぶっ殺してやらぁ!」
乱暴な男連中3人組は逃げる男を狂ったような目で追いかけた。
――ハァハァ、もう限界が近い。
姿は見えないが、3人組はまだ追いかけて来ているはずだ。
この坂を登ったら目の前に大きな橋、コトワリ橋が見えてくる。
あそこを渡ったら警備団の待機所がある!もってくれよ俺の足!
「よし!見えた!」
希望の光だ。温かい炎の灯り。
「オマタセェェエ!」
……先回りされていた。
乱暴な男連中3人組は横の道から現れた。
「ちょっと遊ぼうや!なぁ!」
男は髪の毛を掴まれ暗い暗い路地裏へと連れて行かれた。