目覚めを願って
――ギシッギシッギシッ
ふぅ、明日の午前5時にギルド集合か。
休まらんなぁ。
あ、今日の内に明日の準備しなくちゃ。
はぁ、そういえば意外と待たせちまったよな……リオナ大丈夫かな。
いや何であいつの心配してんだ俺は。
まぁでも早く戻ろう。
――ザワザワ
ん?なんか人だかりが出来てる。
むさ苦しい男達が寄ってたかって何してんだ?
今は……午前9時半頃ってとこだよな。
依頼の受付かなぁ。
いや……待てよ……あそこは。
「っ!……わたくしのフィアンセが来ましたので、これにて失礼いたしますわ」
そう言ってリオナは、ハレイの元に優雅な姿勢で歩み寄る。
そして、腕を絡めるとニッコリと微笑んだ。
――おい、あんな奴がフィアンセかよ
――調子に乗んじゃねえぞ若造が
――俺の方がよっぽどマシだぜ
――ちんちんかいかい
「はぁ、フィアンセってなんだよ……なんか俺すっごい悪口言われてるし……まぁ一人だけ悪口じゃないけどさ」
小声で話しかける。
「だって仕方ないじゃないですかぁ。私だって頑張ったんですよぉ?気づいたら男の人に囲まれてて怖かったんですからぁ」
「怖いってどの口が言ってんだ?どの口が。まったく……ほら行くぞ」
腕を絡ませたまま歩き出す。
「あっ……キザキ様ぁ……」
「変な声出すなっ!」
「うふふっ」
――チッあの野郎
――覚えてやがれクソ小僧
――あんな奴が相手じゃ別れるのも時間の問題だ
――みみくそほじほじ
そうして二人は無事ギルドを出る事が出来た。
「ふぅ、なんとか脱出できたな」
「そうですねぇ、キザキ様ぁ」
「よし、離れろ」
「聞こえませぇん」
「離れやがれってんだ!この!」
「んもぅ!……うふふっ、私を剥がすの上手になりましたねぇ。キザキ様のテクニックゥ……素敵ですぅ……今度は私の服も剥が――」
「ほら行くぞ!」
ハレイは足早に歩き始めた。
「待ってくださいよぉ、キザキ様ぁ!」
次は病院だ。
ここから10分くらいで着くだろうか。
明日の準備もあるが、まずは二人の様子を確かめに行きたい。
シグラの容態はもちろん気になる。
しかし、大した外傷のないサラさんの意識が何故戻らないのか、とても心配だ。
――14分後
二人は病院に到着した。
やっぱり大きい病院だなぁ。
どれくらいの人数を収容出来るんだろう。
1000人くらいかな。
んー、分からん!
「中入ろっか」
「はいぃ、私とキザキ様が初めて愛を育んだ場所……んっ!中に……入りましょう」
「そーですねー」
ハレイは一人で中に入っていく。
「キザキ様ぁ!」
ハレイの後に続いてリオナも中に入っていく。
サラさんとシグラ、先にどちらに向かおう。
んー、どうしようか。
うーん、近い方から行こう。
二人共どこにいるんだー?
受付のお姉さんに聞こうと、受付に向かい歩き始めるハレイだったが、リオナが呼び止める。
「キザキ様ぁ!シグラは1階、サラさんは4階に居ますよぉ?」
「分かった、ありがとうリオナ」
5階建ての病院だと、一緒に搬送されてもこうまで離れるもんなんだなぁ。
まぁ地下を合わせると7階か……忌々しい地下。
いやそんな事はどうでもいい。
一階のシグラから様子を見ていこう。
「よし、行くぞー」
「あのぅ、私もいいんですか?」
「いきなりどうしたよ。んー、まぁいいんじゃねえか?お前は俺について来たいんだろ?だったらついて来ればいい。シグラが起きたら俺は何もしてやれないけどな。その時は二人で話し合ってくれや」
「キザキ様……はい、ついていきます!…………一生」
「ん?おーいなんかしみったれた顔してんぞー」
そんな顔も出来んのな。
一瞬ドキッとした俺がいて笑えてくる。
「しみったれていませんよぉ?垂れて来ているのは私の――」
「行くぞ!」
「最後まで言わせてくださぁい!」
「知らん!」
――ガラガラガラ
病室の引き戸を開けるとそこは個室になっていて、正面に鎮座する質素なベッドにはシグラが横たわっていた。
窓からは陽の光が射していて、シグラの銀色の髪の毛がキラキラと輝いていた。
そんな姿に魅入られてしまったのか、神々しく光る純粋な銀にハレイは目を離せずに、ゆっくりと近づいて行った。
シグラは、最初に見た時の怪しい服を着ておらず、病院服を着ていた。
質素な布地が彼女の贅沢な顔と体で上手くバランスが取れていて、とても官能的な見た目に仕上がっている。
布一枚、その下には白く柔らかい肌や、2つの柔和な膨らみ、沢山の誘惑が存在している。
そう、たった一枚の布で隠された宝物庫、セキュリティもなにもない、触れてしまえば止まれない。
ハレイは生唾を飲み込む。
イケナイ考えに頭を支配されそうで、ハレイは激しく頭を振った。
不思議とそれだけで、モヤモヤとした、いやムズムズとした感情が吹き飛んでいく。
はぁ、俺は何を考えてんだ。
冷静になったハレイはリオナと一緒にベッドの横で屈み込む。
「シグラ、俺は何度もシグラに助けられた。会ってそう日も経ってないはずなのに、どうしてか凄く……心が苦しい。シグラが大怪我をしている姿を見ると凄く辛い。それはきっと俺の中でシグラが、大切な仲間として存在しているからだと思う。早く目を覚ましてくれよな。じゃ、また来るからな」
ハレイはゆっくりと話した。
そして別れの挨拶をして病室を後にする。
リオナは終始一言も発する事なく、シグラの寝顔をただじっと見つめるだけで、ハレイが病室を去るとそれに続いていった。
「起きなかったな、シグラ」
「はい、起きませんでした。……私、シグラが起きたらちゃんと謝ります」
「そうか」
何か感じるものがあったのだろう。
リオナが珍しく真面目な表情をしている。
「よし、次は4階だ」
「はい、行きましょう」
――ガラガラガラ
病室の引き戸を開けると、ここもまた個室になっていた。
シグラの病室とほぼ同じ構造で、正面にベッドが置いてある。
当たり前だが、サラさんはそこに寝ている。
温かみのある薄茶の髪に衝動的に触れたくなるハレイであったが、先程の戒めが残っていたのか、今回の邪な感情はスッと引っ込んでくれた。
サラの元に歩み寄るハレイとリオナ。
そしてベッドの横に屈み込む。
「サラさん、一体どうしちゃったんですか。して欲しい事があるのなら教えて欲しいです。それで起きてくれるのなら何でもします。俺は……サラさんが居ないとダメなんです!サラさんの居ない世界は知りたくない。絶対に起きてくれるって信じてますから!」
「キザキ様……」
「サラさん、また来ますっ」
涙ぐむハレイは、それを隠すようにそそくさと病室を出ていった。
「サラさん、私はあなたに嫉妬してしまいます。キザキ様にこれだけ愛されているのですから。……ですが諦めません。私だってキザキ様に愛されたいんです。……早く目を覚ましてくださいね」
そう言ってリオナは、ハレイの後を追うように病室を出ていった。
「あらぁ?キザキ様はどこにぃ」
病室を出たリオナだが、ハレイの姿が見当たらずキョロキョロと周りを見渡す。
「んんー、キザキ様ぁ」
リオナはキザキセンサーに神経を集中させた。
その結果、病院の出入り口を出たすぐ外に居るとセンサーが反応した。
「キザキ様ぁ!」
リオナは目的地までの最短ルートを高速で計算し、すぐさま走り出す。
「――あれ?そういえば……」
リオナはどこに行ったんだ?
サラさんの病室に入った時は居たよな。
出る時は……うーん、居たような居なかったような。
戻って捜してみるか。
ハレイは振り返り、病院の入口へと戻る。
「――様ぁ!!」
ん?何やら入口の方から声が……あれは。
とてつもない猛スピードで迫り来る物体A。
とても生身の人間が出せる速度ではない……と思う。
いやしかしあれは人間だよなぁ。
穏やかな笑みを浮かべ怪物じみた速度で走っているその姿は、アンバランスという言葉のお手本と言える。
ていうか……あれリオナだよな。
なんてことを思っている内に一瞬で目の前に現れる。
「キザキ様ぁ!先にイっちゃうなんてヒドいですよぉ!」
「ごめん」
流石に申し訳ない事をしたよな。
少し取り乱しちゃって……恥ずかしい所を見せちまった。
「キュン!ぜ、全然気にしてません!つ、次行きましょう?」
キザキ様が素直に謝りましたぁ!んっ!たまりませぇん!
感謝の言葉はもちろん凄くイイですけどぉ、素直に謝るキザキ様も悪くないですぅ!
「なんか変な音したけど大丈夫か?キュン!みたいな音」
「はいぃ、なんでもありませぇん!さぁ次行きましょう?キザキ様ぁ」
「あぁ、今何時だ。えーっと――」
「10時05分ですぅ」
「ありがとう、んーどうしよっかなぁ。よし、道具屋さんと薬屋さんに行こう」
ここからだと30分くらいで着くはず。
「はいぃ、行きましょうキザキ様ぁ。……えぇい!」
ハレイの腕に抱きつくリオナ。
「おい!なんでいちいちくっつくんだよ!タコかお前は!」
「はいぃ、タコ女ですぅ。離れませんよぉ?」
「うっとーしーやつだなぁ!グッ!……なんだこれ、全然離れない」
「私も進化してるんですよぉ?うふふっ」
「うぅ……」
道具屋と薬屋に行く事に決めた二人は目的地に向かい歩き始めた。