ヘックテペテル湖
「ハ、ハレイくん、サ、サラさん!も、もう少しでつ、着くからねー!」
「了解!ありがとう!」
「ありがとねーコットンくん!」
首都メンデルからヘックテペテル湖まで随分と長く感じたが、実際は35分程度しか時間は経っていない。
しかし、移動中にサラさんの精神状態を回復する事が出来たのは幸いである。
ここから先、ヘックテペテル湖周辺にて遭遇するかもしれない魔物とおぼしきナニカ、おそらく獣だとは思うが、それらを前にしたときサラさんの精神状態が芳しくなければ、最悪の事態が起きてしまう可能性が高まる。
その為やはり、移動中に回復したのは幸いだ。
「サラさん、本当に確かめに行くんですね?危険は十分に考えられます」
「うん、やっぱり気になるから……興味本位で行くには危険かもしれない。でもハレイが守ってくれるでしょ?」
「はい、守ります。ただ、護身用の装備はさっき買ってきた分しかありません。鋼鉄針1本と麻痺毒、これは逃走を前提に用意したものです。危険だと思ったらすぐ逃げましょう。」
「うん、わたし逃げ足速いから大丈夫!えへへ」
ハレイ……すごく真剣な顔してる。
初めての表情。
「ははは、それを聞いて安心しました」
サラさんとのおでかけで舞い上がって視野が狭まっていたのか気がつかなかったが、魔物らしき獣が単体である保証はない。
本当にこのままの装備で向かっていいのだろうか。
面倒でも今戻っておいた方がいいのではないか。
いや、ここで戻るのも白けるしこのまま行こう。
俺だって腕に自信がない訳でもない。
――ガタンッ
「つ、着きましたー!へ、ヘックテペテル湖です!」
緊張からかダラダラに汗をかいていたコットンは額の汗を拭い、二人に到着を報せた。
「お疲れ様ー!」
「コットンくんありがとー!」
「は、はい!こ、こちらこそご、ご乗車あ、ありがとうございました!」
「さて、じゃあ降りましょうか」
「うん」
二人は馬車を降りた。
「じゃ、じゃあこ、ここで待ってるからね!ゆ、夕方くらいにはか、帰ってきてね!」
馬車の後ろに回っていたコットンは、降りてきた二人に話しかけた。
「あぁ、ありがとう。もし夕方になっても戻ってこなかったら先にメンデルに帰ってくれな」
不足の事態が起きる可能性だってある。
そうなった時、コットンにまで迷惑をかける訳にはいかない。
「う、うん。わ、わかった!そ、それじゃ気をつけて!」
コットンは手を振り、二人を見送った。
「おう、行ってくるぜー」
「行ってくるね!」
二人もコットンに手を振り、歩きだす。
さて、ヘックテペテル湖に来たはいいものの、どこに向かえばいいのか見当はついていない。
とりあえず湖沿いに進んでみようか。
「サラさん、とりあえず湖に沿って歩いて行きましょう」
「うん、そうしよー!」
この湖は一周2時間程度かかる。
そこまで大きい湖ではない。
一周する頃には夕方になっているだろう。
――30分後
しばらく歩いていたが、特に変わった事もなく、新緑に色付き始めた木々達を見つつ、湖を見つつ、ただ普通に散歩をしているような感覚である。
「んー!それしても気持ちいいねー!空気も新鮮で、適度な湿度もある」
サラは歩きながら伸びをしてそう言った。
「すーはーすーはー。確かに気持ちいいですねー。湿った土のにおいもして、葉っぱのにおいもして、しばらくメンデルから出てなかったので改めて新鮮に思えます」
深呼吸をして話すハレイ。
ここら一帯は、湖を囲むように木々が生い茂っていて、言うなれば森になっている。
だが、この辺りでのギルド依頼は大抵洞窟内での鉱床の発掘や、食材調達の依頼なので、危険とは程遠い。
こんな自然豊かで綺麗な場所に魔物と間違えるようなおぞましい獣が出てくるのか?
んー、やっぱり神託物語狂信者のデマだったのか?
いや、油断は禁物だ。
注意して先に進もう。