交喙の嘴 part3
「あした!朝10時だからね!」
閉店作業も終わり、帰り支度も終わり、すっかり夜の風に変わった道端でサラとハレイは話していた。
「分かってます、10時ですね」
諌めるような口調のハレイ。
「おほほ、よろしい!じゃまたあしたね!おやすみ!」
「はーい、おやすみなさーい」
この世の終わりが決まったとしても、サラさんと話していたら笑えていられる気がする。
不思議な雰囲気を持った人だ。
「……帰るか。」
夜中の1時過ぎ、家路につくハレイ、歓楽街に家がある為次第に夜の騒がしさが増していく。
夜はまだまだこれからだ!と言わんばかりの賑やかな雰囲気。
シャンプーの匂いが漂ってくる。
ボーッと歩いている内に銭湯の近くまで来ていたようだ。
「風呂は明日の朝でいっか」
ここの銭湯は24時間営業なので助かっている。
それにしても今日1日で魔物の話を2度も聞く事になるとは…
神託物語は俺自身読破している。
1から6巻まであって、舞台は約150年前のイーチカ王国とエステルス王国の2国周辺とされている。
イーチカ王国とは、エステルス王国の隣国である。
魔物の軍勢と人間の軍勢、魔物の圧倒的で強大な力に対して人間は魔法の力で応じている。
魔物や魔力…そんな現実味のない、普通の人間には想像もつかない存在を用いて物語を描くアルカシリオ・パトバティウス。
天才だ。
「…ん?あれは…」
紫色のローブを着た人物が前を歩いている。
こんな夜中に…どうしてこんな所を歩いているんだろう。
歓楽街で朝まで遊び歩くような雰囲気の人ではなかったが。
後を追ってみるか?いや…こんな夜中では少し危険かもしれない。
あの人物が只者ではないというくらいの事は俺にも分かる。
だけど…。
んー、迷うけど……追ってみよう!
――10分後
自宅を通り過ぎ、しばらく先に進んだ所まで尾行を続けた。
一体どこに向かってんだ?
歓楽街の騒がしさが少しずつ離れていく。
まさか尾行に気づいてるって訳じゃないよな…ははは
そういえば昼間に会った時、話の途中で消えたんだよな。
確か……何て言ってたか、世界がどうとか?いや……異世界がなんとかかんとか?
んー、謎だ。
――ガシッ
「うわわわ!何す…んが!んががんが!」
「静かにしなさい。」
背後からいきなり押さえ込まれ、口を封じられた。
声の主は女だ。顔は確認できない。
しかし口に被せられた手からはとてもいい匂いがする。(すーはーすーはー)
いやそんなことより!どうなってんだ!
まったく動けやしない!
とんでもない力だ。
俺は男だし、何ならそこらの男よりちょっとだけ力に自信があるつもりだったけど、びくともしない!
「尾行とは……あまり良い趣味だとは言えませんね。ははは」
この声は!昼間の男の声だ!年齢は……おそらく初老。
「んがががんももも!」
くそっ!声が届かねえ!
「ははは、何を仰っているのか分かりませんね。しかし、尾行などせずとも私から会いに行くというのに。せっかちなお方だ。キザキ…ハレイ殿。」
なんで俺の名前を知ってる!
「近々あなたにプレゼントを差し上げます。気に入って頂けると思いますよ。」
プレゼント?何を言ってるんだ…
「では、そろそろ……後は頼みしたよ」
「もが!もがががが!」
待て!待ちやがれ!
「はい、お任せを。」
その美しくも冷酷な声を聞いたのを最後にハレイは気を失った。