アクスの初期装備
「増えてるっ!」
宿屋の娘は朝起きてきたヴァンとアクスを見てそう叫んだ。
「・・・昨日奴隷を買ってくると言ったろう」
「オレは奴隷じゃないけどな、兄ちゃん」
「それはそうですけど!私はてっきりおっぱいの大きいお姉さんが増えるとばかり!」
「「なんでだ」」
※娘の勘違いについては第二話『奴隷』を参照。
「しかもこんな、私より年下の男の子・・・!もしかしてヴァンさん・・・!」
「何を考えている」
「へー。姉ちゃんは何歳なんだ?」
「14です・・・はうっ!」
上目遣いで笑顔で質問するアクスを見て、妙な声を上げる娘。
「へー。俺より3つも上か。名前は?」
「え、エリスです・・・」
「オレはアクス。よろしくな、姉ちゃん!」
娘ーーーエリスは顔を染め上げ、毒気を抜かれた顔で「エリスでいいです・・・」と呟くように言った。
「そっか。じゃあよろしくな、エリス!」
手を差し出すアクス。呆然としたまま手を握り返すエリス。
「・・・ちっちゃい子も、いいですね・・・」
「おい、新しい扉を開くな。正気に戻れ」
アクスの手を放そうとしないエリスを窘めつつ、ヴァンは今までエリスの名前を知らなかったことに愕然としていた。
ーーーーー
朝食後。ヴァンはアクスを宿屋から連れ出していた。
「どこ行くんだ?兄ちゃん」
「冒険者ギルドだ。お前をパーティ登録する」
「え?なんで?」
「金を稼ぐためだ」
「・・・兄ちゃん。やっぱあれ売った方がよかったんじゃ・・・」
「うるさい。必要なものだろう。・・・ん?」
ギルドへの道中、商店街の入り口に差し掛かる。ヴァンはそこで足を止めた。
「丁度いい。ここでお前の装備を買っていこう」
「お金ないんじゃないの?」
「さあ、足りるかな」
にやりと笑って言うと、ヴァンは商店街へふらりと入っていく。アクスも後ろを呆れた顔で着いていった。
「武器は短剣でいいのか?」
「うん、あんま重いと機動力死んじゃうしね」
「ふむ、じゃあ防具も軽いものがいいかな・・・ここだ」
慣れた様子で扉を開けると、アクスはその内装に驚いた。壁の一面は剣で完全に埋まっている。そこらじゅうのマネキンには、いかにも高そうな鎧や特殊効果のあるローブ、魔物のものですらない動物の革でできた安価な革鎧などが着せられている。規模や品ぞろえ、品質、どれをとってもアクスの知る武具屋とは一線を画していた。
「すっ・・・・げー!!これが都会の武具屋かぁ!」
「ん、獣人族の武具屋は違うのか?」
「数だけにしてもこの半分もないよ!すげー!」
一瞬にして騒がしくなった店内に一部の客が眉をひそめる。ヴァンはアクスを諫めて店主に話しかけた。
「すまない。短剣はどこだ?」
「あ?ヴァンじゃねえか。短剣?またお前さんには珍しいもんを・・・おや?」
浅黒い肌をした店主はアクスに目を止める。
「・・・獣人族か。短剣はこいつの装備かい?」
「そういうことだ。特殊効果は無くていいから軽くて丈夫なのを頼む」
「あいよ・・・こいつはどうだ?」
未だきょろきょろと辺りを見回すアクスにの肩を優しく叩き、店主は一本の短剣を握らせた。
「ちょっとこれを斬ってみな」
カウンターの下から藁で巻いた棒を取り出す店主。アクスは「いいの?」と短剣を抜いた。
キン!
---店主に見えたのはそこまでだった。気づいた時にはアクスは短剣を収めていた。二つになった藁が地面に落ちるときにはもうアクスはヴァンに話しかけている。
店主の頬を汗がつたった。
「こいつは・・・おいおい。どこから連れてきたんだよこんなの」
「ちょっと奴隷商に」
「あ?買ったのか?お人好しのお前さんには珍し」「捕まっていたから潰したらついてきた」「オーケーもう聞かないから言うな」
「兄ちゃんが誘ったんだろ!」
店主は床の藁をほうきで掃除しつつため息を吐く。
「それで?どうだい、その短剣」
「使いやすいよ。これだけ軽いと邪魔にもならなさそうだし」
「そりゃよかった。軽さと切れ味と引き換えに耐久力はさしてないからちゃんと手入れしろよ」
「・・・俺は軽くて丈夫なやつを、と言ったはずなんだが」
「ま、細かいことは言いっこなしだぜ、お客さん」
さて、と店主が手を叩く。床の藁は綺麗にゴミ箱の中だ。
「どうする?買うかい?」
「その前に防具も頼む。条件は同じだ」
「ああ、はいはい・・・ああ、ならこれなんかどうだ?」
店主が出してきたのは鎖帷子だった。綺麗な銀色はその状態の良さを物語っている。
「軽いし、丈夫。使いやすさはお墨付きだぜ」
「いや、でかすぎだろう。こいつまだ子どもだぞ」
「簡単に調整できるさ。何なら成長に合わせてでかくすることだってできる。むしろこれ以上のものはないと思うがねえ?」
「・・・そうだな。アクス、これでいいか?」
「いいけど・・・店主さん。これ、値段は?」
「は?そこに書いてあるだろう」
店主はそれぞれの装備につけられた紙を指す。そこにはそのまま数字が書かれている。間違える余地はないはずだ。
「オレ、文字読めないんだよね」
「ほー・・・獣人族だとそういうこともあるか?」
「これくらいの値段なら買えるぞ。気にしなくていい」
「ならこれで。兄ちゃん支払いは任せた」
「じゃ、調整だ。リル、合わせてやってくれ」
リルと呼ばれた女性がアクスを連れていく。ヴァンが支払いをし終わってしばらくすると、アクスが戻ってきた。
「どうだ?」
「いい感じ。ほとんど前と変わらない動きができるよ」
「ほー、見せてほしいもんだな」
「いいけど。せーの・・・」
アクスが走りだす。そのあまりの速さに店主は消えたように感じ・・・否、消えた。
「なっ!?」
きょろきょろと辺りを見回す店主。その肩が誰かにつつかれる。恐る恐る振り向くと、そこにはアクスが居た。
「どう?」
「・・・俺はいい装備を選んだな」
「そうだね」
「毎度あり」
店主は手を振って店を出る二人を見送った。
「どうやったんだ?」
「兄ちゃん、見えなかったの?走って両足が浮いたところで両足をおもいっきり伸ばすんだよ。そしたら無理やり行動を止めてジャンプできる。昨日使ったのと一緒だよ」
それは見えていた、とヴァンは思う。
それよりも不思議なのは、なぜその手法で跳んで音が出ないのか、ということだ。
結局のところそれはヴァンも筋力さえあればできる。実質的にはジャンプして着地の瞬間にまたジャンプするようなものなのだから。
しかし、だからこそその手法では大きな音が発生する。
---獣人の固有魔法か?使用している自覚すらないほどに根付いた。
「ところで兄ちゃん、お金はあとどれくらいあるの?」
服をいじりながらアクスが尋ねる。どうやら鎖帷子の慣れない着心地に違和感があるらしい。
「金か、そうだな・・・昼食が辛うじて食べられるくらいか」
「早くギルド行こう!ほら走って!」
だから値段聞いたのに!とアクスは叫んだ。
ぎっくり腰により投稿遅れたお、すまんお