27.イーストウインの台所で腹ごしらえしてます
ばくばくばくばく。
ほんとに良く食べるなこのひとは……。
この店に入って最初に思ったのがこれだった。
テーブルの上には山積みになった焼きたてのパン。
店の奥からは香ばしい美味しそうな匂いが漂ってきていた。
転柱門のある教会からそう遠くない場所にある『イーストウインの台所』と呼ばれているポルターオという街にマクレーン達はいた。
正確にはポルターオいちと言われるお店の中である。
この街の大半を示す特産物に舌鼓を打ち続けるアランにマクレーンは脱力しながら溜息を零した。
というかいつまで食べ続けるんだこの人は!!!
いい加減アランの食いっぷりに飽きてきたマクレーンは胸中で毒吐く。
店内に設置されたイートインスペースでテーブルに頬杖をつきながらマクレーンはやれやれと外を眺めた。
この大陸特有の景色と時々吹いてくる気持ちの良い風に荒んでいた心が癒されていく。
今は刈り取りの時期なのであろう辺り一面に広がる黄金の景色にマクレーンは見惚れた。
「すごいな……。」
マクレーンの向かいから感嘆とも取れる呟きが聞こえてきた。
見るとアランがマクレーンと同じように外の景色に見惚れている姿があった。
「ほんと凄いな……この景色が……。」
アランさんでも綺麗なものを美しいと感じられる感受性があるんですねぇ。
アランの言葉に感心していると、アランが言葉を続けてきた。
「全部、全部……コレになるなんてな♪」
は?
アランの言葉に思わず声が出てしまった。
そんなマクレーンにアランは身を乗り出さんばかりの勢いで続けた。
「だってそうだろ?あの一面の小麦畑がこのめちゃめちゃ美味いパンになるんだぜ!?」
ずるずるずる……。
アランの情緒もへったくれもない言葉にマクレーンは椅子からずり落ちていった。
こ、こいつは……。
ぷるぷると体が震える。
ぎゅうっと拳を握り締め「落ち着け~落ち着け~」と己に言い聞かせる。
ここで怒ったら負けだ!
マクレーンは平静を装い椅子を戻して座り直すと何事もなかったように口を開いた。
「あはははははは~、アランさん食い意地しかないんですか?」
他に感想はねえのか!?とぎらりとアランを見返す。
そのアランはといえば、マクレーンの視線など気づかないのか、テーブルにあったパンの山をぺろりと平らげると、お代わり用のトレーを持って店内へと消えていってしまったのだった。
がくーっと項垂れるマクレーン。
あの人に景色の何たるかを期待した自分がバカだった……。
マクレーンは胸中で己に言い聞かせると気持ちを落ち着けようと外を見た。
外に広がる小麦の穂がゆらゆらと風になびかれているのを見ているうちにマクレーンの心も癒されていく。
ああ、今この時が一番幸せな時間だなぁ……。
店の奥でパンを物色しているアランのいないテーブルが、これほど静かで穏やかな時間を過ごさせてくれるとは……。
マクレーンは暫しの間、久しぶりに感じる小さな幸せを噛み締めた。
このままあの人ここで食べ続けてくれないかなぁ……。
邪な考えが脳裏を過ぎったとしても誰も咎めはしないだろう。
それほどにマクレーンは今この瞬間を幸せに感じていたのだ。
事ある毎に自分の名を呼びながらちょっかいをかけてくる旅のお共(不本意だが)にいい加減我慢の限界が近かった。
次の目的地までなんとかあの人を撒かなくては……。
通行証がダメならあとは逃げるしかないな、とマクレーンは密かに計画を練っていた。
やはり今日はここで宿を取って夜のうちに逃げ出すしかないか。
マクレーンは計画をブツブツと呟きながら不穏な表情になっていると、トレーにパンをずもももも~っと山積み乗せたアランが帰ってきた。
彼の顔が隠れるほどのその量にマクレーンが唖然とする。
「それ、全部一人で食べる気ですか?」
震える声でマクレーンが言うと。
「うんにゃ、一緒に食べようと思って持ってきた♪」
と、ありえない答えが返ってきた。
「そんなに食べられませんよ!!」
「お、そうか?でも、マクレーンも育ち盛りなんだから沢山食べなきゃダメだぞ~♪」
アランの珍回答にマクレーンが戦慄する。
どんだけ食べさせる気なんだ!?
口を開けてぽかんと見上げるマクレーンに気づいたアランが「ん?」と可愛らしく首を傾げてくる。
「ははは、なんて顔してるんだよ!この位食えるだろー?俺んち兄弟多かったからこの位すぐ無くなっちまったぞ?」
またしてもあり得ない言葉にマクレーンの開いた口が塞がらなかった。
こ、この量を食べきるなんて……一体アランさんの兄弟は何人いるんだ!?
聞きたくもなかった彼の家族構成を聞いてしまい落ち込むマクレーン。
これ以上彼と関わらないようにしなければ、と胸中で固く誓うのだった。
「ア、アランさん……今日の宿はこの街にしようと思うのですけど。」
「え?もう宿を取るのか?」
話題を変えようと言い出したマクレーンの申し出にアランが驚いた。
いつもならば出来るだけ先に進みたいと言う少年が珍しいなと首を傾げる。
「あ、ほら、アランさんはここのパンが気に入ったみたいですし!そ、それにせっかく来たんですから少しは観光をしてみようかなと思って……。」
我ながら嘘が下手だと思った。
訝しむ彼の反応にマクレーンは慌てて説明するが、言えばいうほど追い詰められているような気がするのは何故だろう。
マクレーンは胸中で冷や汗を流しながらなんとか誤魔化そうと必死だった。
そんなマクレーンを不思議そうに見ていたアランだったが。
「そっか、そうだよな!たまには観光もしてみたいよなぁ~♪」
なんとも素直に頷いてくれたのだった。
アランの反応にほっと胸を撫で下ろすマクレーン。
持ってきたパンをテーブルに置くとアランはまた立ち上がり店の奥へと踵を返した。
え?と思いアランを見上げると、彼はマクレーンに振り返りながらこう言ってきた。
「店の人になにかお勧めの場所がないか聞いてくるよ。」
と――。
嬉しそうに店の奥に向かうアランの背中を見ていたマクレーンは、己の胸がズキッと小さく痛みを発したことに気付かないふりをするのだった。