心強い助っ人
「ん……」
目を覚ますと、リビングのソファの上で寝ていた。どうやら食事をしてお風呂に入ったあとうたた寝してしまっていたようだ。
壁にかかった時計を見て、あることに気づく。
「遅刻だーーー!」
急いで荷物を通学カバンに詰めて、玄関を出た。そこから、いつも二十分かけて歩く道を、五分以内に着くよう全速力で走った。
校門の前にいる先生に短く「おはようございます」と言って、教室へ向かう。私はまだ一年なので、一階の教室だ。まだ間に合う。
チャイムと同時に、教室のドアを開けた。
「篠原、今日はギリギリだったな」
珍しそうに担任の先生とクラスメイト達はこちらを向く。そして、それは急に驚愕の顔へと変わった。
「美咲、その顔どうしたんだ!?」
湿布が貼られた頰を指差して、クラスメイトの何人かが聞いてきた。
これは昨日村雨と喧嘩した時についた傷だ。
「えっ、あ、えーっと、昨日棚にぶつけちゃって……」
そう言うと、みんなは意外だとでも言うような目をしていた。でも、「大丈夫?」や「痛くない?」などの心配の声をかけてくれた人もいて、とても嬉しかった。
「心配しなくても大丈夫!ありがとう」
そう笑顔で言って、自分の席に座ると、いつも隣にいる佳奈の姿が無いことに気づいた。驚いて硬直していると、前の席の子が話してくれた。
「今日は体調不良で休みだってよ、そいつ」
「そ、そっか、教えてくれてありがとう」
昨日の電話。彼女は少し様子が変だった気がする。まさか、気のせいではなかったのか?
本当にただの体調不良であって欲しい、そう思った。
今日は休み時間はほぼ一人になった。佳奈の存在の大きさが身に染みてわかる。ひとりぼっちというものは寂しいものだ。
その寂しさをいつも埋めてくれる上、明るく私を元気づけてくれる佳奈が大好きだ。
だが、私は無意識のうちに佳奈が嫌がることをしまったのかもしれない。
記憶を探り、何かなかったかと必死に思い出そうとするが、検討がつかない。
結局何も手がかりは見つからないまま放課後になった。
佳奈はいないので、予定していた護衛もできない。仕方がないので、学校の生徒を守るためのパトロールをすることにした。
トイレでメイクを落とし、ウィッグをカバンにしまい、「元番長の自分」としてパトロールを始める。
校舎の周りを歩いていると、たくさんの下校中の生徒を見かけた。だが、弥生高校の生徒に絡まれている様子は一つも無い。
「もしかして、私があいつらに村雨はシメとくから手を出すなって言ったこと本当に聞き入れられたのか……!?」
それはそれでまずい。私はあいつをシメれなかった上にアタマをぶちのめしに乗り込むとまで言わせてしまった。
焦りながらパトロールを続けていると、何やら怒声が聞こえた。公園の方角からだ。
「負け犬が何抵抗しちゃってんだよォ!」
「俺はお前らのやり方が気にくわないだけだって」
走って公園に向かうと、三人の男女がいた。全員弥生高校の制服を着ている。スケバンみたいな女とその取り巻きみたいな男が、赤みがかった茶髪の男に何やら怒鳴り散らかしている。
「どこが気に食わねぇんだよ!?先にウチに手を出したのはあいつらじゃねぇか!」
「何言ってんの、お前らが手を出したからやり返されただけだろ? 自業自得じゃんか」
茶髪の男はチャラい口調だが、しっかりとした考えで二人を抑えていた。
「しかもカタキ取るって言うのならボコってきた村雨 裕翔ってヤツをシメればいいじゃん? どうして不良校でもないところの関係ない生徒ボコるわけ? まさか不良校である弥生高校の生徒が、一人相手にビビってんの?」
「テメェ……!」
女が茶髪の男に手を上げようとした。私はそれを後ろから片手で止める。
「二対一の喧嘩か? クソダサいことすんなって、私も混ぜろよ」
「お、お前、富岡高校の奴か!?」
「正解」
足をかけて手を引っ張る。女はバランスを崩し、地面に倒れた。私は茶髪の男の方を向き、尋ねる。
「お前、話を聞いている限り富岡高校の味方か?」
「あっ、後ろ!」
「お前ぇ!」
「!?」
後ろから男の声が聞こえた。それに反応して振り向き、咄嗟に受けの構えをした。
「少し油断し過ぎじゃない?」
男の拳は、茶髪の男の手で止められていた。茶髪の男は腹に向かって拳を入れ、相手を倒れさせた。
「あれぐらい受けても大丈夫に決まってんだろ」
「はぁ、君もちょっと脳筋タイプの子?」
彼はずっとチャラそうな、人を舐めてるのかと思うような口調だ。こう言う奴は頭に来るので昔から嫌いだった。
「脳筋じゃねぇ。てか、お前弥生高校の奴だろ? 富岡高校の味方なのか?」
「う〜ん、味方と言われれば正直ビミョー。 喧嘩できない人ボコりまくってドヤ顔とかしょーもないことするあいつらに腹立てただけだしね」
「まぁ私と一応意見は一致してるな。こんなチャラ男と一緒にされるのは嫌だが」
「チャラ男はやめてくんない!?」
「それだよそれ、その口調!聞いてて腹が立つんだよ……! チッ、話を戻すぞ。お前、ここで何してたんだよ?」
「俺? 俺はこうやって富岡の生徒シメようと活動してる奴の根性を叩き直してるだけだよ、ダチと一緒に。ダチは別のところの担当だけど」
なるほど、人望がある奴なのか。だが、こいつがやっていることは手間がかかるはずだ。もっと簡単に解決する方法があるのに。
「そんなめんどくさいことしなくても弥生高校のモンならアタマぶっ叩けばいいじゃねぇか」
「君やっぱり脳筋でしょ。 でもマジメに答えると、弥生高校のアタマは俺達じゃ太刀打ちできない」
「……そんなに強いのか?」
「うん。俺、そいつに負けて弥生高校の番長になれなかったんだよ」
「なるほどな。なかなか骨のある奴ってことか」
「そういうこと。……あ、名前言うの忘れてたね。俺は八戸 将真。弥生高校の三年生だよ。君はどうしてここに?」
「私は篠原 美咲。富岡の一年だ。富岡高校の生徒を守るためにパトロールをしていた。弥生高校に狙われていると言う噂は聞いていたからな」
「へぇ。篠原 美咲ちゃんって、あの有名な不良中学校シメてた人?なるほど強いわけだ」
「知ってたのか」
やはり不良界隈では名前が広まっているようだ。
この姿での知名度が高いのは、名前を出すだけで雑魚は引っ込んでくれるので良いことなのだろう。
だが、私は「普通の女子高生」の時の姿で偽名を使っていないので同じ名前だ。広まりすぎてあの姿の時に変なことに巻き込まれなければいいが。
「てか、一人でパトロールなんてしてたの?」
「ああ、生憎うちの学校には不良の生徒が村雨以外いないからな」
「そっか……。美咲ちゃん、君の強さを見込んで頼みがある」
下の名前呼びは気になったが、彼の真っ直ぐな目を見ると、重要な話だろうと勘付いたので、黙って聞くことにした。
「俺達弥生高校の中の喧嘩に付き合ってほしい」
お前らの喧嘩に興味はない。それが本音だが、私の平穏な暮らしと生徒達のためだ。
それに、この姿いることが、「元番長の自分」を消すことを留まらせる何かを思い出させてくれるきっかけになるのかもしれない。
だから、承諾することにした。
「ああ、お前と手を組めば楽に終わりそうだしな。分かった」
そう返事をすると、八戸は、少しホッとしたような表情を浮かべた。
「うん、あの有名校の元番長の君ならアタマを倒せる可能性はあると思うしね」
「で、何をすればいいんだ?」
「手っ取り早いのは俺の部下を集めて学校のアタマ倒しに行くことだけど……」
「あー、脳筋の私とか村雨に向いてるタイプのやつだな」
八戸は顎に手を当てて色々と考えていた様子だったが、私の後ろを見て、突然驚きの表情を浮かべた。
「あれ、あいつ俺のダチじゃん?どうしてここに」
私が振り向くと、後ろから風を切るようなスピードで走ってくる、弥生高校の制服の男がいた。
「どうしたの、タロちゃん」
タロちゃんと呼ばれた彼は焦った表情をしていた。そして、八戸の方を向き、口を開く。
「弥生高校に、アタマを出せって一人で乗り込みに来た奴がいるんです……!」
「え!?マジかよそいつ、正気か!?」
「馬鹿だろ」
そんな風に馬鹿にしていたが、次の彼の言葉に、血の気が引く。
「はい、しかもそいつは、富岡高校の奴で……!」
「……え?」
いやいやまさか、そんなはずない。なにかの間違いだろうと信じたかったが、タロとかいう奴が私の最後の希望を潰した。
「金髪で、体が大きい人でした!」
金髪で、体が大きくて、不良校に一人で乗り込む。
そんなバカはあいつだけだ。
「村雨、何してんだよあいつーーーッ!!」