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問題児は喧嘩馬鹿



 この人は、昨日会った……!


 私は困惑していたが、彼は何の反応もしていない。私を覚えていないようだ。まぁそれは別にいいことなのだが……


「あなたが、村雨 裕翔さんですか?」

「ああ」


 クラスの人達の目線が集中する。私は、授業中に立てておいた計画を遂行した。


「この後、体育館裏まで来てください。私の友達が何か話しがあると」


 私がそう言うと、村雨 裕翔が私と話しているときは黙っていたクラスの人達が、再びざわざわと話し始めた。


「もしかして、告白?」

「マジ?信じられない」


 やった、作戦成功だ。友達の告白のシチュエーションと見せかけて誘い、誰も見ていないところでタイマンを張る。これなら「普通の女子高生の私」には何があったとしても飛び火は来ないだろう。


 だが、村雨本人の返事は……


「その変わり者に自分で来いって伝えておいてくれ」


 低い声でそう言い、背中を向ける。とても驚いた。こんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。


 だが、私は引かない。アドリブで頭を下げてお願いする。


「私の大切な友達が待ってるんです、どうか、お願いできませんか!?」

「お、おい頭まで下げんなよ」


 彼は、こちらを振り向いて困った顔をしながら髪の毛を掻いた。


「分かった。体育館裏だな」

「はい、お願いします」


 ホッと胸をなでおろす。よかった。納得してくれたようだ。

 私は人のいない、体育館近くのトイレでメイクを落とす。


「忙しい! すごく忙しい!」


 もう少し余裕を持てば良かったと後悔する。ウィッグを外した後、走ってすぐに体育館裏へ向かった。



「よぉ、村雨 裕翔」


 彼は私より着くのが早かったようで、体育館の裏口の階段に座っていた。


「お前、見たことねぇ顔だな。あの普通そうな女とつるんでるにしちゃあ、随分と悪ヅラじゃねぇか」

「んなことは関係ねぇよ。私は今日、お前に責任を取ってもらうためにここに来たんだ」

「責任だと?」

「ああ。お前のせいでこの学校が他校に狙われてんだよ」

「あ? そんな話、聞いたこともないが」

「心当たりがないのか?」


 すると、彼は顎に手を当てて、何かを考えていた。そして、急にハッ、と何かに気づいた。


「あ、そういや一昨日喧嘩売られて買ってボコボコにしたな」

「それだぁーーッ! それだ、それだ!」


 忘れていたのかこいつは!もしかして佳奈タイプの人間か!?


「で、それが原因で学校が狙われてるということだな」

「ああ。だから、お前に責任を取ってもらう。このままじゃ、お前のせいで私の友達や関係のない生徒まで巻き込まれるんだ!」


 私は、拳を構えた。だが、彼はめんどくさそうに腰を上げて、溜息混じりにこう言った。



「俺には関係ねぇよ」



「……は? 話を聞いていたか?元凶はお前だぞ?」

「元凶が俺だとしても、それ以外の問題は関係ねぇんだよ。この学校の生徒にも、お前の友達も興味ねぇ。お前らが狙われても俺には特には関係ない。自分の身は自分で守れ、って話だ」

「お前……!」

「俺はそうやってここまで来たんだ。その被害に遭いそうな奴ら、全員お前が守ればいい話じゃねぇか。やりたいやつがやれよ。俺は俺のやりたいようにやる」


 彼の無責任にもほどがあるセリフに、私の怒りは頂点に達した。



「この……クズ野郎が!」

「!?」


 腹の底から湧き上がる怒りに任せて殴りかかってしまった。


 先生、ごめんなさい。穏便にはできなさそうです……


「い、いってぇな……お前、そこらへんの男以上に強いんじゃねぇか?」


 両手で受けられたが、痛みは与えられたようだ。


「女だからって弱いと思うなよ、クソ喧嘩馬鹿野郎!」

「ハッ、本領発揮ってわけか。なら俺も容赦しねぇでいいな!?」


 目の色が変わった。まずい。左側から、何かが飛んでくるのが見えた。


「ッ……!」


 それは、とてつもなく速い突きだった。背中をのけぞらせて、なんとか躱すことができたものの、鼻の先に、拳が触れた感触があった。


「あぶねぇな……」


 苦笑いする。本当に実力者だったとは思ってなかった。まぁ、体格の時点でもしかしてとは思っていたが。しかし、ここで引いていられない。


 彼の攻撃を躱したことによって、私はバランスを崩す。そこを狙って、彼は下から蹴りを入れてこようとした。それを素早い体制復帰で避けて、蹴りをした彼に隙を作らせた。


「こっちは喧嘩慣れしてんだよッ!」


 顎に向かって右足で蹴り上げる。それは私の技の中で一番速いもので、一度も止められたことなどない。


 一度も……なかったのに。



「今のは危なかったな」


 私の自慢の蹴りは、片手で止められていた。そのまま足を掴まれる。


「悪いが、喧嘩慣れしてんのはお前だけじゃねぇんだ」

「く……、離せ……!」

「分かったか?喧嘩で俺を黙らそうなんて……」

「離せっつってんだよッ!」

「ぐっ!?」


 そのまま蹴りを押し込み、掴まれていた手を顎に当てる。反射的に彼の手は私の足を離した。


「チッ……!」


 彼が私に殴りかかる。それと同時に、私も彼に殴りかかった。

 拳が届いた方が勝ち。私は精一杯拳に力を入れた。


「うおおおおぉぉぉっ!!」


 ガツン、と頰に重い拳が当たった。その衝撃で、鼻や目が痛む。だが、私の拳にも感触があった。


 ああ、もしかして、これはー


「相……打ち……?」


 お互い、その場に倒れこむ。


「はは、お前はかなり強ぇな……」

「うるさい」


 今更強いと褒められても嬉しくない。

 じんじんと痛む頰を抑えながら、少しの沈黙の後に口を開いた。


「お前をシメれなかったのが悔しい。また近いうちに大暴れするつもりだろ。聞いたところ喧嘩大好きな喧嘩馬鹿だからな。だがそうなったらまた私達に迷惑がかかる」

「あー……そうだな」

「また、新しい敵を作ったりすんなよ」

「ああ。今度はあいつらの学校に乗り込むつもりだから心配するな」


 彼はごく普通のことのようにそう言った。


「ちょ、ちょっとそれどういうことだ!」

「そのまんまだ。お前らに迷惑かけている奴らのアタマをぶちのめしに行くんだよ。一度相手が売ってきた喧嘩を買ったんだから、アタマまでぶっ潰してぇ。そうじゃねぇと中途半端だろ?あと何より喧嘩したいし」


「アタマを潰しに行くという口実で喧嘩をしに行くということだな、よく分かった」

「アタマを俺がぶっ潰して下に置いて、学校の生徒に手を出すなと言ったら、お前らもこれ以上被害に遭わずに済むんじゃねぇか? で、俺は多少骨のある奴らと喧嘩できる。まさに、えぇとなんだっけな……ウィンクウィンクの関係だ」

「それは ウィンウィンって言うんだよ!」


 変なツッコミを入れてしまったが、彼の強さならば無理なことじゃないかもしれない。それに、彼ほどの強さの男であれば心強い仲間もいるだろうし、私達にももう迷惑は一切かからなくなると思えば全然良いだろう。


「だが……本当にお前だけに任せていいのか?」

「任せろ。お前はせいぜい大切なダチ守ってろ」

「言われなくても。絶対にぶちのめして来いよ」

「おうよ。ああ、あと……」


「次俺を呼ぶ時は、自分で来い。ダチにパシリみたいなことさせるんじゃねぇよ」

「……!」

「じゃあな。俺は疲れたし帰る」



 彼はそう言い残し、起き上がって去っていった。

 対する私は、空を見ながらまだ倒れたままでいた。




「案外悪い奴じゃないかもな。さっき言ってたことは本気そうだし」


 これからのことを考える。あいつがアタマを潰すまで下校の時が危険だ。

 また佳奈や学校の姿の私が狙われたら面倒なので、しばらく佳奈に言い訳して、先に帰った振りをする。そして「元番長の自分」の姿で佳奈を守って、同時に自分の身も守る。

 それでいいだろう。


 私が元番長の姿で外に出るのも、きっと、あいつがアタマを倒す日までだ。

 その日で、再び完全に消し切らないといけない。そして、私はその日からただの「普通の女子高生の自分」に戻る。


 ……何かが、胸につっかえた。

 だが、それが何か考えようとすると、モヤがかかってしまう。

 どうやら入学する前に一度覚悟したことなのに、どこか迷っている自分がいるようだ。


 ああ、どうして一度決めたことさえ十分にできないのだろう。自分に嫌気が差す。



「この姿で良いことなんて何一つねぇし、未練も……ねぇんだよ……」




 ーこれは、心からの本音だとは言い切れなかった。

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