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問題児の探索

 次の日の朝。

 いつものように不愉快な音を出す目覚まし時計を壊して、ご飯を食べて変装して。いつもと違うのは、たった一つだけ。



 メイク落としとウィッグを入れる用の袋をカバンの中に入れていること。



 今日は学校の放課後に、一年の「村雨 裕翔」という人物を調べ、彼の元へ行く。その時は、「普通の女子高生篠原 美咲」ではなく、「元番長の美咲」として会いに行く。

 理由は、その村雨と言う奴が素直に私の言うことを聞かない場合に拳で分からせるためだ。


 私は絶対、「普通の女子高生」の自分でいる時は暴力を振るわない。それは、私が決めた自分の中のルールだ。


 だから、学校内で素早く「元番長」の自分に切り替わるため、これらを持っていくことにしたのだ。

 本当は、暴力で黙らせると言うのには抵抗がある。だが喧嘩馬鹿にはこの方法が一番だ。それは経験上よく知っている。



 家を出て、学校までの道を歩く。いつもの場所で、佳奈と会う。彼女は昨日のことなどなかったかのように元気そうだ。


「おはよ、美咲!」

「おはよう、佳奈。昨日はよく眠れた?」

「うん、ばっちり!」


 彼女は私に純粋な笑顔を見せる。昨日のことはもう大丈夫なようだ。どうも、呑気な性格というのは立ち直りが早いようで助かる。

 だが、一瞬、彼女の目の下に隈があったような……?


「あ、あとね、宿題写させてー!」


 あ、これはいつものセリフだ。私はいつもと変わらない会話に安心した。


「はいはい、いいよ」

「ありがとうー!!」


 こんなにも暖かくて、穏やかな日常。私は、絶対に失いたくない。私の、村雨 裕翔を止めるという意思は、より一層強まった。



 授業後の昼休み、ご飯を食べた後、佳奈に「用事がある」と言って職員室に向かった。そして、私のことを元番長と知りつつ、優しく対応してくれている担任の先生を呼んだ。


「失礼します、北村先生はいらっしゃいますか?」

「ああ、篠原か。珍しいな、どうした?」


 入学の時、流石に北村先生や校長先生には嘘を突き通すことはできなかった。なので、この二人は私の本当の姿を知っている。だが、二人はそんな私を受け入れ、応援してくださっていた。

 特に、北村先生には勉学の面でお世話になっている。


「あの、先生。村雨 裕翔さんという方は、どこにいるかご存知ですか?」

「村雨? あぁ、あの問題児か。三組だったと思うぞ」

「三組ですか、教えてくださってありがとうございます。ところで問題児とおっしゃっいましたが、どんな方なのですか?」

「あ、あぁ……中学校の時に既に色々問題を起こしていたらしくてな。校長に注意しろと言われているんだ。ところで、お前はどうしてその村雨のことを聞くんだ?」

「それは……」


 そいつのせいでこの学校が狙われているから。本当はそうだ。だが、こんな生徒間で解決できるようなことに恩師の先生まで巻き込みたくない。だから、咄嗟に思いついたことを言い訳にすることにした。


「わ、私の友達が、その人のことイケメンだって言うから、調べてたんですっ……」

「お、おう?そういうことだったか」


 下手くそな嘘だが、一応先生には通じたようだ。でもそんな意外そうな目で私を見ないでほしい! 先生、やめてくれ!


「そ、そうなんですよぉ! だから、えっと、ありがとうございました!」


 私はすぐにその場を離れた。なんだか凄く恥ずかしい。あんな言い訳じゃ、まるで私がそいつを恋愛的な意味で気にしているみたいじゃないか!


「あー、くそッ!」


 むしゃくしゃして頭を抑える。先生のあの顔が忘れられない。絶対良くない勘違いをされている。

 でも、取り敢えず本来の目的である、彼のいる組は分かった。


 終礼が終わるとともに、私は彼のいる三組のクラスへ向かった。ドアを開けて、少し声を張って尋ねる。


「し、失礼します。村雨さんはいらっしゃいますか?」


 クラスにいた生徒たちは、一斉に私の方を見る。そして、一瞬の間の後、私を無視して彼らは口々に喋り始めた。


「あの村雨に何の用だ……?」

「どういう関係なの?」


 その雑音の中から、一人の男が真っ直ぐ私の方に歩いてくる。


「あ、あなたは……」


 見覚えのある金髪。そしてまるでラグビー選手のように大きい体。彼は昨日、食堂の前で出会った……




「俺に何か用か?」




 ー彼が、この学校が狙われている元凶の喧嘩馬鹿。

 村雨 裕翔だった。









「ごめん、今日は行かなくちゃいけないところがあるから一緒に帰れない!」


 美咲にそう言われ、仕方なく今日は一人で帰ることにした。彼女は、昼休みも、用事があると言って、ご飯を食べ終わったらすぐに席を外してしまった。


 彼女に避けられているのだろうか、と少し不安になったが、今日一日彼女のことをよく見ていても、そういう感じではなかった。なら、何かあったんだろうか。



 ー彼女の力になりたい、そう思った。



「今日少し電話で聞いてみようかな」


 そう思いながら、家に向かう。

 帰り道の一つ目の横断歩道に、信号を待つ男子がいた。彼が来ている制服は……昨日、私に絡んできた男達と全く同じ制服だった。


「あ、あれれ……どうしたんだろ、震えが……」


「お前らの学校は俺らの学校に狙われているんだよ」

「見つけたら取り敢えずシメろってさ」


 昨日の記憶がフラッシュバックする。

 また、昨日みたいな目に遭うのか?散々怒鳴られて、罵られて、お金を出して……


「うっ」


 唐突な嘔吐感と、胃の鋭い痛み。「何か」に追いかけられている感覚がして、私は走り出した。

 周りの目が怖い。みんな私を脅かそうとしているのではという根拠のない無茶苦茶な考えが出てくる。


「い、いや……!」


 家に着くと、すぐに自分の部屋に入り、布団の中にくるまった。恐怖はなんとか消えたものの、不安は拭えなかった。それどころか、どんどん大きくなっていく。

 この感覚はしっかりと覚えていた。


 これのせいで、昨夜は全く眠れなかったのだから。



 昨日あったことを思い出す。美咲は、私が不良さん達に絡まれているのを陰から見ていたが、少しして、走ってどこかへ行ってしまった。そして、その何十分か後、息を切らした、ショートカットの女性が来て、私を助けてくれた。あの時、私はつい口癖で「私は大丈夫」などと言ってしまったのだ。


 美咲は、私を見捨てたのだろうか。それとも、あの人に、私を助けるように呼んでくれたのだろうか。

 どちらかは分からない。だが、いざ彼女に聞いた時、「佳奈が襲われているところなんて見てないよ」、なんて言われてしまったら、私はきっと立ち直れなくなる。

 少しの美咲への不信感と、外に出ることの不安が私を襲う。昨日のことが引き金を引いてしまったらしい。



()()()()()()()()……ごめん、ごめんね、美咲……」



 大事な友達に不信感を覚えてしまう上に、しばらく学校を一人ぼっちで過ごさせてしまう私を、どうか許してほしい。

 光が無くなり、真っ暗に染まった瞳から涙が溢れた。



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