守りたいもの
昼休みが終わり、佳奈と私は教室に戻り、午後の授業を受けた。そして、授業中、ふと先程のことを思い出した。
人を怯えさせることができるくらいの鋭い目、重圧感のある低い声、あの大きい体……
「手が見えれば喧嘩馬鹿かどうか分かったのにな」
彼がポケットに手を入れていたせいで、彼の手がよく見えなかった。手の甲に傷跡がたくさんあったりすれば間違いないのだが、私はそれを確認することができなかった。
「……篠原」
私が中学生のとき、よく他校の生徒とも喧嘩したが、あんな奴は見たことがない。一応私は通っていた中学校だけでなく、ここの地域の治安の悪い中学校は全てシメていた。
だから同級生で喧嘩が強くて、尚且つここの近くに住んでいる人なら知っているはずだが、そうではないようだ。どういう奴か分からないということが一番恐ろしい。
「取り敢えず私の平穏な生活を乱す存在でないことを祈るしかねぇな……」
「篠原!」
「わぁっ!? は、はい!?」
急に先生に大きな声で自分の苗字を呼ばれたので、ビクッとしてしまった。
「集中して聞いているか?」
「ご、ごめんなさい先生、少し考え事をしていました」
「ここは大事なところだ、しっかり聞くように」
あ〜、ウゼェ。
そしていい子ちゃんを演じるのってめんどくせぇ! クソ〜……!
しかもめちゃくちゃ眠てぇ……だが私は頑張らなければいけない。なぜなら今の私は「普通の女子高生」なのだから……!
拷問のような授業を乗り越え、下校時間になった。
「あぁ……もう無理……」
机に突っ伏す私。なんとなく佳奈の方を見てみる。すると、机に突っ伏した状態でこちらを向き、よだれを床まで垂らして寝ていた。
「汚ぁっ⁉︎ ちょ、お、起きて佳奈! これ掃除してー!」
「あぁ、美咲かぁ……見てぇ、このちーずふぉんでゅ……」
彼女は寝ぼけてそう言いながら、二度寝した。
「佳奈ー!!」
何十分もかけて佳奈を叩き起こし、一緒に大量に流れていたよだれの掃除をして、私達はいつもより遅い時間に下校することになってしまった。
「暗くなっちゃった……」
「ごめんね、一緒に掃除してもらっちゃって」
「いいの。友達なんだから」
そう言ってピースをする。そして、佳奈に宿題を見せたお礼と、よだれのお詫びを兼ねて、コンビニで奢ってもらった肉まんを一口食べる。中から溢れ出る肉汁が口の中を満たす。
心からの友達と一緒にいることは本当に楽しいことなのだと、この学校に入って初めて知った。佳奈と出会えて、本当に良かったなと思う。
「美味しい肉まんも奢ってもらっちゃったし、全然良いよ」
「ありがとう、美咲!」
「お礼を言うのは私の方。こちらこそありがとう、佳奈!」
お互いそう言うと、照れ臭くなってふふ、と笑った。そして、何気ない話をしながら、帰り道を歩いた。
しばらくして、いつも佳奈と別れる道路に着く。
「あ。もう着いちゃった。また明日ね!」
「うん、また明日!」
佳奈は私に大きく手を振った。私も、それに負けじと必死に手を振り、お互いの家に帰り始めた。
佳奈と別れて、少し歩いていると、突然彼女の家の方角から大きな叫び声が聞こえた。
「や、やめて!」
「今のは、佳奈の声……!?」
彼女の家の近くは、特に人通りが少ない。その上、今は暗い。嫌な予感が頭をよぎる。
まさか、不審者に襲われたんじゃ……!
そんな大きな不安に襲われ、声のした方へ一目散に走った。
声のした先では、佳奈がガラの悪そうな三人の男に囲まれていた。彼らが着ている制服に目を凝らす。あれは治安が悪いと噂されていた、私の通う学校からはかなり離れているの高校の制服だ。
なぜそんな奴らがここにいるのだろう。
「テメェ、金持ってんだろ。俺らに何かされたくなければ出せよ。」
「早く出さねぇと大事なお顔に一生消えねぇ傷を作るぞゴラァ!」
「や、やめてよ、離して……!」
佳奈は必死に抵抗していた。私は、佳奈を助けようと一歩踏み出した。だが……
その時、朝の記憶が蘇る。
「ああいう人と、絶対友達になりたくないな〜。」
それと同時に、締め付けるような胸の痛みも蘇った。
今、ここで彼女を助けるために彼らをぶちのめしても、不良だということは隠せても、少なくとも私が暴力を振るうことのできる人ということがバレてしまう。
そんなことをしたら、佳奈に距離を置かれてしまうかもしれない。それに、もしかしたら顔が割れて彼らに目をつけられてしまうかもしれない。
「……だめだ、私は普通の女子高生として、普通の暮らしをしたいんだよ……!」
彼女を見捨てるということなんてしたくない。だが、彼女を助けた時のリスクも大きい。例え私が彼女を見捨てたとしても私が佳奈の襲われているところを見たとバレなければ、関係のない話だ。
「……ごめん、佳奈」
散々悩んだ末、自分は何も見ていなかったと、私は叫び声をあげる彼女を無視して、走って家に帰った。
家のドアを閉めて、鍵をかける。あるのはただ、罪悪感。私は一番大事な友達を見捨てた。あんなに抵抗して、嫌だと叫ぶ友達を無視した。
「佳奈……!」
膝から崩れ落ちる。
何が友達だ、何が大切だ。私は彼女を助けなかった。ただただ自分のために。
自分が嫌われたくないからと。胸のもやもやが消えない。胸が痛い。目頭が熱くなる。悔しい、悔しい、悔しい。
「クソ、私は何をしてるんだ……!クソ……ッ!」
床を殴り、感情をぶつける。
だが、嫌われたくないのは本当だ。いくら自分が最低なことをしていたとしても、何より彼女に嫌われることの方が怖かった。
なので、彼女に自分の本当の姿がバレないことを前提として、この感情をどうすれば晴らせるか、この罪悪感をどうすれば拭えるかを考え、一番に出てきたのは……
「番長の篠原 美咲」として彼女を助けることだった。