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千切れた絆

「どうして、みんな……私に隠し事をするんだよ!」


 母さん、村雨、神崎、そして八戸まで……!

 みんな何かを隠している。


 そんなに私のことが気に食わないのか?

 仲良くしてくれていたのは私の勘違いだったのか?


 意味が分からない、こんなの……


「中学生の頃と、一緒じゃないか……!」


 病院から家まで走っていると、途中で足に躓いた。


「なんなんだよ……!」


 「元番長」の私を取り戻した罰なのか?

 「普通の女子高生」の私でいれば、こんなことは起こらなかったのか?


 この世界から、「元番長」の私が否定されているみたいだ。

 苦しくて仕方がない。

 湧き上がる怒りを、それ以上の悲しみが押し潰す。

 そのままがむしゃらに走り続けると、どこか知らない場所に来てしまった。


「……」


 それは、かつてのお祭りの時に来た場所。

 村雨と、花火を見た場所だった。


「お前……どうして、こんなところに」

「……!」


 振り返ると、そこに村雨がいた。


「お前こそ、なんで」

「……」


 彼は黙ってしまった。

 そしてそのままベンチに座った。

 

「蒼葉って、知ってるか」

「なんだよ、急に」

「……村雨 蒼葉。聞いたことないか」


 村雨、蒼葉……?

 その名前には、どこか聞き覚えがあった。


「村雨ってことは、お前の親戚なのか?」


 そう聞くと、村雨は思い詰めた表情で答えた。


「……俺の、母親だ」


 ドクン、と心臓が脈打つのが分かった。


 どうして?

 私はそんな人、知らないはず。


「そうか、今も元気なのか?」


ーそんなの分かっているだろ。


 え?


ー死んだんだよ、お前のせいで。


「死んだよ」


 村雨がそう言う前に、私の頭の中の声が先に教えてくれた。


 流れる川に視線をやると、ビビッと断片的な映像が流れる。

 誰かと、花火を一緒に見ている。

 相手は村雨 裕翔じゃない。


「六年前のことだった。あまりにも突然過ぎて、現実を受け入れることができなかった」


 また、断片的な映像が流れた。


『守りたいものを守るために戦え。それはなんだっていいんだ。プライドでも、自分自身の心でも』


 そう言われながら、幼い私は頭を撫でられている。


「だ、誰だ……? 知っている、私はその人を知っている気がする」

「なぁ、篠崎。お前、小学生の時……誰かに教えてもらわなかったか。喧嘩のやり方を」

「……知らない、覚えてない」


 声が震える。

 何かに私は怖がっている。


 でも何に?


「あ、おは……?」


 あおは。

 あおは……蒼葉。


「そうだ。村雨 蒼葉」


 脳の片隅から、何かが溢れ出す。


 大きな音が鳴った。


 身を震わせるほどの、目の前が真っ暗になるほどの。

 たくさんの思い出を、全て潰して消え去ってしまうほどの。


ー何の音?


 バイクの音。


ーどうしてバイクが?


 蒼葉さんが、命を狙われていたから。


ーお前は何をしていた?


 私は蒼葉さんの近くに立ち尽くしていた。

 蒼葉さんはそのバイクを避けた。

 そしたら、操縦がめちゃくちゃになったバイクに……近くにいた私が轢かれそうになった。

 怖くて怖くて、動けなかった。


ーどうして、お前が無事で蒼葉さんがここにいないんだ。



「バイクに、轢かれそうになった私を……蒼葉さんが、庇ったから……!」



 ブブブブブブブ、と頭でエラー音のようなものが鳴る。

 ブチッと糸が切れたような音が鳴ると、今までモヤがかかっていた記憶が私を襲う。


「っ、うわああぁぁっ!」


 息が上手くできない。


 私が。


 私が、殺した……!








「おい、篠原!」


 篠原はもがくように叫んだ後、意識を飛ばして倒れた。

 驚いて彼女に駆け寄る。


「篠原、起きろ!」


 何度体を揺らしても、篠原は目を覚さなかった。

 急いで救急車に電話すると、あいつはすぐに運び込まれたのだった。

 俺も一緒に病院へ向かった。


「精神的なショックによる一時的な気絶です」


 医者はそう言った。


「じゃあ、すぐに目を覚ますんだな」

「……目を覚ましたとしても、しばらく誰とも会わない方が良いかもしれません」

「どういうことだよ」

「篠原美咲さんが倒れるのは、これで二回目なんです。六年前……精神的なショックで倒れ、二年もの間、彼女は学校まで歩くことすらできなくなりました」


 だから、安静が必要だと言う。

 罪悪感が身体中を駆け巡った。


 医者はそのまま俺に背を向けて、どこかへ消えて行った。


 篠原は友達だった奴であって、今はもう違う。

 けれど、それは俺が一方的に縁を切っただけ。あいつはそんな俺にだって何度も話しかけてきた。


 優しい奴だった。


 俺は昔からずっと、母さんのことを知りたかった。


 俺は息子が傷つく姿は見たくないと、父さんに喧嘩の道から遠ざけられていた。母さんも、俺には喧嘩の話をしてくれなかった。


 本当の母さんは、プライド、仲間、そして人々を守るために戦っていた。

 俺はそれを母さんの葬式で、母さんの同級生である北村先生から聞いた。

 俺は母さんを知りたいと強く願って、喧嘩を始めた。


 だから篠原がかつて母さんが世話を焼いていた女の子ならば、母さんの生前の話を聞きたいと思っていた。


 なのに、こんなことになるとは。


 

「村雨ッ!」


 すぐ後ろから、声が聞こえた。

 それは俺の前に立ち、彼に質問を投げかけた。


 それは、前篠原と敵対していた気持ちの悪い女だった。

 名前は……神崎、だったか。


「まさか、話したの!?」

「……」

「話したのかって聞いてるのよ!」

「話した」

「どうしてそんなことをしたの、美咲はあの事件が心の傷なの!」

「……知りたかった。母さんが大事に世話焼いてた女のこと」

「お前……ッ」


 顔を殴られる。

 俺はされるがままで、やり返す気すら起きなかった。


『あたしが死んでもさ、絶対にあの子には手ぇ出すなよ』

 

 母さんは最後にそう言った。

 母さんの部下たち……いや、喧嘩仲間たちは母さんを囲って泣いていた。

 俺は母さんの言った「あの子」が、誰のことか分からなかった。


 けれど母さんと俺以外が誰も知らないあの場所を、篠原は知っているような素振りを見せた。

 だから、聞いた。


 こんなことになるなんて、知らなかった。


「いい加減に、しなさいよ……私たちが必死に隠してきたのに、この馬鹿……!」


 そう言って何度も俺の顔を殴る。

 

ーどうして篠原の敵だったこいつが、このことで怒っている?


ーこいつは人の心配を、心からするような奴か?


「……そういうことか」


 ぬるい動きの拳を捕まえる。

 すると神崎は驚いた顔をして、体が固まった。


「ど、どういうことよ」


 母さんのいたグループは『風神』。

 そしてこいつらがいる『パラサイト』は、『雷神』の力を借りている。


「篠原を、『風神』に付けさせないためか!」


 過去を隠し通すことで、篠原を『風神』につかせないようにしていたようだ。


 そんなもののせいで、母さんは大事にしていたあいつに何年もの間忘れ去られていたのか。

 

「そんなくだらねぇお前らの戦いに……あいつを利用しようとしてんじゃねぇよ!」


 神崎を投げ飛ばす。

 そして、俺は決心した。


「俺は『風神』に付いてやるよ。お前らをぶっ潰すためにな!」

「私だって、少しは美咲ちゃんの心配もしてたわよ……!」

「どうせ少し、だろ。人を利用することしか頭にねぇお前ならな! お前みたいな奴に、俺の人生はめちゃくちゃにされたんだよ!」


 そう怒鳴りつけると、神崎は怯えて逃げ出した。

 『風神』に加入するには、どうすればいいだろう。


「あいつに聞くか……」


 思い出したのは八戸の姿。

 弥生高校に向かって、足を進めた。


 

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