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問題児とのお祭り

 あれから、私の学校生活は本当に穏やかなものになった。


 八戸が全て上手くいくようにしてくれたのだろう。

 彼には感謝をしてもしきれない。

 私は、不良達の世界から手を引くことができたのだった。


 そして、今。

 私は学校の近くの神社の前で、あいつを待っている。

 周りには楽しそうに屋台を回るカップルや同級生がいる。

 遅いなぁと思いながら、一人携帯をいじりながら時間を潰していると肩を叩かれた。



「遅くなったな」

「大丈夫だ、そんなに待ってねぇよ。 でもどうした、浴衣なんて着て」

「婆ちゃんが折角の祭りなんだからって俺に着せてきやがったんだよ……迷惑なこった」

「似合ってるからいいじゃねぇか」



 動きにくい、と不満を漏らす村雨だったが、似合ってると言う言葉に少し照れ臭さを感じているようだ。


 まるでカップルのお祭りデートなのだが、私たちは付き合っているわけでもない。



 村雨に出会う前から佳奈が私を祭りに誘ってくれていたのだが、一週間前、今日の日に予定が入り、行けなくなったと連絡が来た。

 そしてなんと彼女は私への謝罪の意も込めて、村雨に私と祭りに行くよう勝手に頼んだらしい。



 佳奈の気遣いを無下にしたくはなかった……そして、今に至る。



 八戸に全てを任せてから、村雨とはよく一緒にスイーツを食べて話し合う仲になった。

 その時は決まって、化粧もウィッグもない、中学の頃の私の姿で話していた。


 理由は、学校であまりに村雨と話していることが広まれば、周りから変な目で見られるからだ。


 まだそういうところで踏ん切りがつかない自分に腹が立つ。


 だが、もしかしたら……村雨の前では、中学生の頃の私でいたいと思っているのかもしれない。


 その証拠に、今も中学生の頃の私の姿で彼に会っている。

 だが、私は今日のためにしっかり浴衣を用意し、その上ヘアアレンジ、メイクなどもしているのだ。

 浴衣を着るのは難しく、手こずっていたが、それを見た母がにやにやしながら着付けてくれた。


 その最中にデートかなどと聞かれたが、デートじゃねぇよと否定した。

 でもデートという言葉に、不快感は抱かなかった。



「そういえば、お前はなんで浴衣なんだよ」

「こいつが家で眠ってたからだよ。年に一度しから着られねぇんだから、こういう時に着とかないとな」



 そう言って、水色で鞠模様の浴衣を見せつける。私はこのデザインが大好きだ。それに、水色は私の明るい茶髪を映えさせてくれる。



「あ、私わたあめ食べてぇな」

「好きなのか?」

「ああ、昔から好きだ。行くぞ」

「お、おい引っ張んな」


 彼の腕を引っ張りながら、わたあめの屋台へ向かう。


「おじさん、これくれよ」

「はいよ」


 ピンク色のわたあめを注文すると、おじさんがその場で作ってくれる。

 

「作って楽しい、見て可愛い、食べて美味しい。やっぱりわたあめは最強だな!」

「何言ってんだよ……」


 おじさんからわたあめを受け取ると、すぐにがっつく。すると、口の周りにわたあめのベタベタとした砂糖がひっついた。

 ベタベタして気持ち悪いが、取ろうと擦るとメイクまで落ちてしまう。


 そう、これがわたあめの罠……!


 だがそれが罠だとしても、私は口いっぱいに頬張るだけ。

 一心不乱にわたあめを食べる。



「りんご飴か。 中学生の時以来食べてないな」



 村雨はりんご飴の屋台に目をつけ、スタスタと歩いていった。

 私はわたあめを必死に頬張りながら、それを早足で追いかけた。



「これ一つください」

「はいよ〜」

「やっと追いついた、歩くの速くねぇかお前」

「お前が遅いだけだろ」

「お、お前ぇ〜〜!」



 絶対こいつはモテない。私にはわかる。

 女の子に歩幅を合わせない男は、絶対にモテない……!


 睨み合っていると、お金を受け取った屋台のおじさんが口を挟んだ。



「はっはっは、お熱いねぇ。 カップルさん、今日は楽しむんだよ」

「カッ……!?」

「カップルじゃねぇです!!」



 驚きが隠せない村雨の隣で、私は必死におじさんに訴える。

 佳奈だけでなく、屋台のおじさんまで……!

 おじさんははいはいと流したが、絶対信じてない。

 横目でチラッと村雨を見ると、彼は少し硬直した後、ふいと背中を向けて歩き出した。

 顔は見えなかったが、彼もきっと恥ずかしかったのだろう。



「ご、ごめんな」

「お前が謝ることじゃねぇだろ」

「そ、そっか」



 なんとなく気まずい空気になってしまった。

 でも、周りの人達からはそう見えているのだろうか?

 それは良くない。

 私は別に良いが、村雨がどう思っているか分からない。

 おじさん、余計なことを言いやがって……と思いつつ歩いていると。



 ドーーーーン!!!



 突然、周りの話声も何もかもを掻き消すくらいの大きな音が響く。



「あ」

「花火……」

「移動するか、ここじゃ見にくい」

「え、ちょっと待っ」



 村雨に手を引かれ、私は人気のない場所に連れていかれた。

 村雨は人混みを掻き分けてすいすいと進んでいたので、慣れているようだった。


「ここだ」


 村雨がそう言った場所は、屋台がある道から少し離れた場所。柵で囲まれた川近くだった。

 そこにはちょこん、と一つだけベンチがある。


 周りには誰もいないし、花火がよく見える。

 とてもいい場所だ。



「母さんが昔教えてくれてな。ここは花火がよく見える、誰かと来た時は紹介してやれって」

「すごいな、こんな良いところがあるなんて」

「だろ、俺もお気に入りなんだよ。毎年ここに来て、ここで花火を見るんだ」



 村雨はそう言って、懐かしそうに微笑んだ。意外とお母さんっ子らしい。

 次々と花火が大空に上がり、弾けた後に儚く消えていく。耳が痛くなるような大きな音も、その綺麗さにかき消される。



「……昔は、二人でよく見てたんだけどな」

「その、母さんと?」

「ああ」

「意外だな。花火好きなのか?」

「ああ、好きだ」



 そう言って微笑む彼は、穏やかな表情だった。今の彼はとても喧嘩好きな奴とは思えない。



ーそういえば、私は花火が昔から好きだったな。


ーあれ、いつ、誰と見たんだ?


ー母さんじゃない。いや、()()()()()()


 私は、誰と花火を見たことが……?



 また……モヤがかかって、分からなくなった。

 それでも必死に思い出そうとすると頭がくらくらする。

 胃の辺りが気持ち悪い。



「……ら……はら、篠原!」

「!? な、なんだよ?」

「どうした、今苦しそうな顔をしていたが……」

「な、なんでもねぇよ」

「……明日も学校だろ。 辛くないうちに家に帰って休め、送るぞ」

「すまねぇ、そうする」

「謝んじゃねぇよ。ゆっくり休め」

「一人で帰るから送らなくて大丈夫だ。今日は楽しかった、ありがとな」



 そう言って、私はふらふらとした足取りで家へと帰った。

 玄関のドアを開け、立っていられなくなりその場で座り込む。



「前からあった……モヤがかかって昔の記憶が思い出せなくなるこの現象……私は、一体何を忘れているんだ……」



 今まで、この記憶に触れることはやめていた。

 思い出そうとすると体調がすぐれなくなる、というのは、きっとそれが悪い記憶だからだ。


 でも、好奇心が勝る。

 今日は花火を見て思い出したのだ。

 きっと、悪いことばかりじゃない。


 母に、聞いてみよう。

 一体この記憶は何なのか。

 過去、私の身に何が起こったのか。

 私は、過去の自分と向き合う覚悟を、しなければいけない。
















「ありがとな」



 そう言い残し、彼女は背中を向けてふらふらと歩き出した。

 やっぱり送っていくべきだったか?と後悔する。



 今日は楽しかった。

 祭りなんて、小学生の頃母親と来たぶりだった。

 昔の事件。その時から友達さえもできなくなった……いいや、あれから、友達という物を嫌悪するようになったからだ。

 でも篠原といると、友達の良さなんてものを思い出せるような気がする。



 篠原にいつかお礼をしないとな、と立ち上がると、後ろから声をかけられた。



「よぉ、村雨。 やっぱここにいたか。 今日は彼女連れて何してたんだよ」



 それは懐かしく、そして一生聞きたくはなかった声。

 まさか、と思いつつ顔をあげる。



「お、お前……!」

「んだよ、幼馴染にその態度はよぉ」

「く、来るな!!」

「ククッ、怯えてやんの。 村雨 裕翔くん、どうしてそんなに怯えているの〜?」



 ニヤニヤと気持ちの悪い顔を見せるそいつ。

 しかし、俺はそいつを殴ることができない。


 なぜなら……そいつは、俺をはるかに上回る力を持っていたからだ。

 人脈、信頼、金、暴力。

 その全てを上回る、俺が唯一恐れる存在。



「はは、まぁ無理もないか。あんだけ仲良くしていた親友であり弟子であった俺に裏切られたもんなぁ? あれからだよなぁ、お前が友達作らなくなったの」



 容赦なく元親友の口から出される言葉は、俺の心を蝕む。


「でもさっきの彼女さんとは親しそうだったよなぁ。 もしかして、俺が昔に言ったこと、もう忘れたのか? ならもう一回教えてやるよ、村雨」

「やめろ、やめてくれ……!!」


 必死に懇願したが、そいつの口は止まらなかった。



「お前は、誰からも見捨てられる。 お前に心から接してくれる人はいねぇんだよ。勿論、あの女からもな」



「……」




 何かが、ボロボロと崩れ落ちていく。

 先ほどまで胸のあたりにあった温かいものが、冷たくなっていく。


 思い出した。

 あの時の絶望感、そして自分の無力さ。


 篠原の言葉が、全て嘘に思えてきてしまう。

 何も、信じられない。



 そいつはそんな俺を見て、満足したような笑みを浮かべて、去っていった。


 俺はただただその背中を、あの時と同じように見つめているだけだった。



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