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戦友の犠牲

 次の日の朝、私はふらふらした足取りで学校に向かっていた。

 昨日の八戸に言われたことがずっと頭の中で何回も再生される。


「君には、僕に喧嘩で負けたという既成事実を作ってもらう。 そして……」


 

 電話であったため表情は読めなかったが、声から察するに彼はいたって冷静だった。


 周りの音、声、夏特有の日差しの強さ、じりじりとした暑さ。

 それら全てに意識がいかなかった。

 今の私の頭の中は、その一点だけに集中している。


 だが、流石は元気という言葉をそのまま反映させたような親友。

 そんな状態だった私の意識を一瞬で引き戻した。



「美咲ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」


「ひゃあああああ!?」



 肩を揺さぶられながら大声を出され、自分でも面白いくらいに体をビクッとさせながら絶叫した。

 佳奈はそんな私を見て笑う……というより、逆にすごく心配しているようだ。



「あっあっごめん、大丈夫!? 鼓膜破れた!?」

「こ、鼓膜は無事……ごめんね、ぼーっとしてただけ」

「全く、いつもの場所に来ないと思ったら、こんなところにいるんだから!」

「え、それ、どういう……」



 戸惑いながら見渡す。

 目の前には透き通るほどの綺麗な川。そして後ろを振り返ると、あまり行く機会のない自転車屋さん……



「どうしてこんなところに!?」

「それは私が聞きたいっ! 早く行かないと遅刻するよ、ほら早く~」

「え、遅刻!? 待ってそれはいけない、皆勤賞欲しいのに! 佳奈、今こそチーターの如くランニングで連れてって!」

「あれ好きな時に発動できる技じゃないから! あと何そのネーミング……」

「ああもう! 連れて行ってくれたら、今日帰りに特盛からあげ買ってあげるから! お願い!」



 もう半分やけくそだ。

 中学生の頃の遅刻癖と休み癖を直して、今まで頑張ってきたのだ。

 その努力を無駄にしたくなくて、貴重な五百円を費やすことにした。

 このくらい軽いもんだとはとても言えない位、私のお財布は寂しいことになっていた。

 これも佳奈の紹介したタピオカやらスイーツやらにハマっていたせいなのだが。


 私がからあげを奢る、と言っている事を理解した瞬間、佳奈はまるで星が入ったかのように目をキラキラと輝かせた。

 


「え、ほんと!? よっしゃ、頑張るぞーー!!」



 そう言って、がっ、と私の腕を掴む。

 瞬時に理解した。

 佳奈はすごくやる気だ。


 ああ、さようなら私の肩と腕…………


 そう頭の中で呟いた瞬間、佳奈は走り出した。

 ニ十分かけて歩く道を、彼女は五分で走る。

 いや、今回はいつもより速いな……新記録を打ち出すかもしれない……


 

「ふぅ~、到着!! 最高記録だよ、三分!!」

「あぁ……すごいね、からあげの力……」



 あっという間に学校の門の前に着いたが、やはり肩と腕の死は免れなかった。

 もう痛みどころか感覚さえない。


 周りには、友達と流行のグループの話をしながら歩く女子生徒達、新発売のゲームについて楽しそうに語り合う男子生徒達がいる。

 彼らは焦っている様子もなかった。

 どうやら、あまりにも佳奈が速かったせいで、少し時間に余裕ができたようだ。

 このままゆっくり歩いて教室に向かっても間に合うだろう。



「美咲……大丈夫?」

「大丈夫じゃないです」

「ご、ごめんね~……あっ、美咲、あの人って」

「ん? ……あっ!」

 

 

 佳奈がある一定方向を指さす。

 周りにはたくさん生徒がいたが、指さす先に誰がいるかはすぐに分かった。

 そして、それが誰か理解した時には、足が動いていた。

 私は佳奈を置いて、彼のもとへと走った。



「応援してるよ、美咲」




 親友の恋を応援したい。その一心で、佳奈は笑顔で私の背中を見守っていた。




「村雨!」


 

 彼の背中に向かって名前を呼ぶと、彼はこちらを振り向いた。

 少し驚いたような表情をしたが、その後すぐにいつもの顔に戻った。

 顔には傷一つなく、私は安堵の溜息をついた。



「あー、大丈夫だったのか」

「お前も無事でよかった、急にいなくなったから心配したんだ」

「いや、俺の方こそ。あいつらを片付けた後にどれだけ探したと思ってんだ」

「真面目か」

「一回やるつったことはやり通さねぇと気持ち悪ぃんだよ」



 それは優しさというわけではないし、責任感があるわけでもない。

 どうやら、一回取り組んだことは最後までやらないと気が済まない性格のようだ。


 いや、そんなことを言っている場合じゃない。

 八戸の口ぶりから、村雨と連絡は取っていないようだった。

 私が昨日彼に伝えられたことを話す必要があるだろう。


 

「……村雨、今から私が話すことをよく聞いてくれ」

「どうした、急に改まって」

「八戸に、これから私達が取るべき行動を聞いたんだ」



 昨日の会話の内容を、村雨に全て伝えなくてはいけない。

 私は昨日の事を、一つずつ鮮明に思い出した。








「私がお前に負けた既成事実を作る!? どういうことだ!」

「あいつらの目的……それは、美咲ちゃんと村雨くんをパラサイトに引き込むこと。君たちは強力な人材だからね。チームの更なる強化に必要としているんだろう。でも、多分引き込まれたら最後だよ。あそこは部下の扱いが酷いことで有名だしね。

 

 それに、パラサイトの結成から今までの情報を探ってみたけど、彼らが狙う相手はいつも強い奴だけなんだ。だから、君たちが弱いという証明をして、逆に僕達が強いという風に印象を操作する。そうすれば、少なくともこれから君たちが狙われる心配はないと思うよ」

「そ、それって……!」


 きっと、私達が平穏な暮らしを取り戻す代わりに、自らが犠牲になるということだろう。


 私にとっては確かに朗報だ。

 普通の学校生活を守れるのなら、弱いと印象づけられることは苦ではない。

 だが、ここまで色んなことに協力してくれた八戸に、そんな仕打ちはしたくなかった。



「お前達が狙われるじゃねぇか! それは嫌だ、私は……」

「自分の事だけ考えなって。不良に狙われず、心おきなく普通の高校生活を送れるんだ。君が望んでいることじゃん?」



 八戸にそう言われて、私は言い返せなくなった。

 確かに、私が何より望んでいたことだ。



「俺たちは大丈夫、上手くやって見せるからさ。 そもそも君を巻き込んだのは俺達。責任は取らせて欲しい」



 俺に任せて、最後にそう言われて、電話が切れた。








「……ということだ。私達はきっと、大人しくしていればそれでいいだろう」

「分かった。パラサイトとはもう関わらなくていいんだな」



 全てを説明すると、村雨はすぐに承諾した。

 意外だ。こいつは馬鹿がつくくらい喧嘩が好きな印象があったのだが。

 


「ほ、本当に大丈夫なのか?」

「ああ」



 彼はそう短く返事をした。

 何か訳があるのだろうか。少し気になるが、大人しくしていてくれるのなら私に害はない。

 プライベートなことなどもあるのかもしれないし、と私は深く聞くのをやめた。



「ところで、もうすぐチャイムが鳴るぞ」

「はっ!!??」



 学校の校舎に取り付けられた時計は、チャイムがなる一分前を指していた。



「や、やばいいいいぃぃぃっ!!」


 

 私は急いで教室へと走った。

 振り返ると、村雨は遅刻などどうでもいいようで、のんびり歩いている。

 必死に走る私を見て、頑張れよと口パクで伝えられる。


 決して優しい奴とは言えない。

 だが、優しさが全くないわけじゃない。

 

 私は、彼のそんなところが気に入ってるのかもしれない。


 

 









 


 篠原 美咲は俺達のせいで危ない環境に巻き込んでしまった、普通の女子高生だ。

 村雨くんにも少しは原因があったにせよ、元凶は俺達。

 責任は取らないといけない。


 今、弥生高校では俺がアタマになっている。

 不遇な扱いをされていたことも今では嘘のようだ。陰口は言われているようだけど。

 今の環境があるのは、美咲ちゃんのおかげであって、自分の力じゃない。

 恩を仇で返すなと、両親にキツく言われたことがある。



 だから、恩を恩で返せるように、俺は全力でパラサイトに挑む。

 


 仮にこれが原因で学校に被害が及んだとしても、タロがいない今はそこまで心配することはない。




「あー、でも、今までついてきてくれた自分の部下は守りたいな」



 そう言いながら、一人きりの家のパソコンを起動して、情報採取を頼んでいた使用人から届いたメールに目を通す。

 



 ……神崎 いのりの情報だ。

 彼女は情報処理、戦闘解析のプロ。

 彼女の性格を美咲ちゃんの言っていたこと、そしてこのデータから解析し、上手く利用しつつ計画を進めていこう。

 



 一般的な高校生が持っているものよりはるかに膨らんだ財布を床から拾う。

 もし何かあれば、偽造工作もできる。

 どうせ、全て使う機会はないのだ。

 あの両親が心底嫌っている僕にどこまで金の援助をしてくれるかは分からないので、あまり派手なことはできないが。





「美咲ちゃんみたいないい子がこれ以上苦しむ姿、見たくないしね。一肌脱ぐ、ってやつ、頑張ろっかな」


 

 俺は再び、パソコンのキーボードを打ち始めた。


 

 

 


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