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面倒な敵の到来


「んだよてめぇ……っ」

「運が悪かったな。俺はある奴のボディガードを任されてんだ」




 そこに立っていたのは、紛れもなく村雨 悠翔だった。



「意識ごとぶっ飛ばしてやるよ」



 村雨はそう言って、次々と敵をなぎ倒していく。

 たまに彼が殴られそうになると、つい体が動きそうになった。

 やはり、誰かが戦っているのを眺めていることしかできないのは私としてもかなり苦なようだ。

 村雨一人に十数人を相手させるなんてと、罪悪感が湧き上がった。


 そうやってもどかしさを感じている間に、もう村雨は喧嘩を終わらせていた。

 安定の彼の強さに呆れつつも安心する。



「助かりました……」

「礼なら篠原に言え、あいつに頼まれたんだ」

「村雨くん、ありがとう。先生、みんなごめんなさい、私が至らないせいでご迷惑を」



 冷静さを取り戻した私は、学校で演じている自分の口調で村雨に話しかけた。


 なんだか新鮮な気分だ。

 板見先生は私の過去は知らないはず。だから、彼女には適当に嘘を吐いておいて、担任の北村先生、校長先生には本当のことを話せばいいだろう。



「篠原さん、一体何をしたの?」

「昨日学校の帰り道で、あの人たちの上の人を怒らせてしまったようで……。身の危険を感じたので、村雨くんに護衛を頼んでいたのです」

「そう、大変だったわね。 気を付けるのよ? 先生方にはちゃんと報告もしておくし、後は私に任せなさい」

「ありがとうございます」


 

 やはりこういう時の彼女は真面目で生徒思いの優しい先生だ。

 良かった、と安堵のため息を零す。

 

 村雨が教室の出口がある私の方向を向いて、こちらに歩いてくる。

 すれ違いざま、彼に一言だけ伝えた。



「……下校するとき、頼んだぞ」

「おう」



 そう短く返事すると、彼は教室を出た。

 


「美咲、何、あの人たち……」

「ごめんね、みんなを危険に晒すつもりはなかったんだけど……」

「こ、怖い……っ」

「村雨くんにボディガードを頼んでるから、私と一緒にいれば大丈夫」



 佳奈は良かった、と安心したように微笑む。

 


「でもちょっと、北村先生には話をしないといけない。ちょっと待っててね」



 そう言い残して、私は職員室に向かった。

 向かう途中に色々なことを考える。


 今回あの不良たちを送ってきたのは神崎で間違いない。

 だが、あいつらは私だけではなく、他の生徒を狙っていた。


 神崎の狙いはなんだ……?


 そして、神崎を叩いて佳奈やみんなを守るにはどうしたら……?


 廊下を走っていると、目の前に人影が現れた。

 よく見ると、それは北村先生だった。



「せ、先生!」

「篠原、何があったんだ!」



 先生は焦ったような、少し怒っているような口調で、正直恐怖を感じたが、私が悪いことをしたではないと信じているので、ゆっくり今まであったこと全てを話した。

 中学生の頃の出来事、そして、昨日の夜の出来事。



「……そういうことか」

「ごめんなさい。もう他の生徒は巻き込みません、この件は私が解決します」

「何か策があるのか?」

「私たちのやり方で語り合って、黙らせてきます……」



 直接的に言うと、まぁ……「喧嘩してねじ伏せてきます」ということ。

 村雨のような脳筋方法だ。

 流石の私でもそれを先生に直接言うのはどうかと思ったので、オブラートに包んだ……はずだ。



「俺ももう先生だからなぁ。あんまり喧嘩してこいとかは言えないが……ま、いいだろう」

「?」

「篠崎は賢いからな。話し合っても解決しない相手なのが分かってるからこそ、その手を使うんだろ?」

「は、はい……!」



「なら文句は言わない。学校のことは先生に任せろ。お前のやり方で、きちんと解決してこい」



「先生……っ!ありがとうございます!」



 心から感謝する。これほど私を理解してくれる先生は、北村先生が初めてだ。

 先生の思いを胸に、私は佳奈のいる教室へ戻った。




「ほっほっほっ。北村先生、生徒が喧嘩しに行こうというのに止めないのですか?」

「校長先生、分かってやってください。懐かしいじゃないですか、()()()()|がいた時みたいで」

「そうですねぇ。あの頃は大変でしたけど、楽しかった」

「もしものことがあれば、俺も生徒たちを守りますから。もう少し見守ってあげましょう」



  

 教室に戻ると、大変だったねとクラスメイトたちが凄く慰めてくれた。

 みんな私が板見先生に言った言い訳を、都合よく解釈してくれていて助かった。

 そして、何より私の口調が変わったことを指摘してくる人は誰一人としていなかった。



  




 


 


 

 「なぁぁんであんなことがあったのにまだ授業しようとするのぉぉっ!?」



 学校からの帰り道、佳奈が珍しくキレている。


 あの後、ある程度騒ぎが収まると、先生方は別の教室を用意して、そこで私たちは残りの授業を受けることになったのだ。

 放課後から佳奈はそのことに関しての愚痴をずっと言っている。

 大きな口をあけて、うわぁぁぁと叫ぶ。周りの人が佳奈に注目する。

 耐えろ、耐えるんだ私……っ!



「なんだか物騒だよね。一カ月前くらいから本当に……まるで」

「どうしたの、佳奈?」

「……ううん、美咲は知らなくていいかも」

「え、何のこと?」

「あ、家だ! そういえば、夜ご飯がから揚げなのは昨日じゃなくて今日だったんだ! じゃあね美咲っ!」

「あ、うん! じゃあね」



 一瞬佳奈が言いかけたことは、なんだったのだろう。

 そんなことより、昨日佳奈に言ったことが嘘だとバレて怒られなくてよかった……。

 彼女の食に関しての執着心は異常だからだ。



 胸を撫でおろし後ろを振り返ると、村雨と、彼の足元に二、三人くらい人が倒れていた。

きっと、私のことを襲おうとした神崎の部下だろう。

 


「終わったか……。 お前といると喧嘩が絶えねぇ。別に俺は問題ねぇがな」

「助かったよ。まーたこいつら襲いに来てたか」

「ああ、こいつら、他の生徒にも手を出しているとか言ってたぞ」

「は!?」



 今日、北村先生に言ったことを思い出す。


「他の生徒は巻き込みません」



 ……


 ……………


 …………………………



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 助けに行くぞ、村雨っ!」

「はぁ……その前に、ちゃんと準備してけよ」



 彼はそう言って私のウィッグをつっつく。

 分かってる、と物陰で急いで変装を解き、二手に分かれて学校の周りのパトロールを始めた。

 公園のあたりでうろうろしていると、この前の出来事を思い出した。


 

「……ここで、八戸に出会ったんだな。あと、タロにも」



 なんだかんだ楽しかったなぁ、また会いたいなぁ、だなんて思っていたその時。



「美咲ちゃんじゃん!」


「八戸!? 一体どうしたんだ?」

「君、大変な人を怒らせちゃったね……」

「神崎 いのりのことか?」


「うん、うちの学校はそういう噂にはとことん強いからね。すぐに情報が来たんだ。心配になって様子を見に来たんだけど、どうやらあいつら弥生の元アタマと同じ戦法使ってるらしいし、また部下にパトロールさせてるところ」


「気が利き過ぎだ! すんごい助かるっ!!」

「この前のお礼だと思ってくれればいいよ。 ところで、君は彼女が何者か知ってる?」

「今はどんな奴になっているのか知らないな、詳しく聞かせてくれ」



 八戸は相変わらずのチャラい口調で彼女のことについて知っていること全て話してくれた。

 

 神崎 いのりは、「パラサイト」というグループの幹部だそうだ。

 そしてそのグループは県内でトップレベルに恐れられているらしい。

 だが今は戦力が足りず、色々な学校を取り込もうとしているらしい。

 本当は私が交渉を飲み込めば、村雨だけが狙われる予定だったそうだが、私が思いっきり神崎を怒らせたので、こうなったと……



「ああぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!! 自分で自分の首を絞めたぁぁぁぁぁっ」

「まぁまぁ美咲ちゃん、一応村雨君の首は繋がってるし、いいんじゃん?」

「おっ、お前私の首は!? 私のせいで学校の生徒が狙われるぅぅぅぅ」


「……それが、狙いかもしれないよ」


「どういうことだ?」

「美咲ちゃんのせいで生徒が狙われているという情報が学校全体に広まれば停学、最悪の場合退学になる。 それが狙いかもしれない」

「絶対後悔させてやるって言われたからな……」



 あの女はやると言ったら対象を絶望に突き落とす。

 目の前で何度も見せつけられたのだ。そのことは私が一番理解している。

 でも、もう手遅れなのだ。


 そう、手遅れならば、私が今考えなくちゃいけないことは、過去の失敗ではない。

 これからの打開策だ。 



「八戸。その、パラサイトのアジトは知っているか」


「ごめん、パラサイトは情報管理を徹底してるんだよ。特に幹部が集まる主体のアジトの情報はね。偽の情報はごろごろ転がってるけど、本当の情報はどれだけ探しても闇の中。お手上げってヤツ」

「そうか。あいつらを黙らせるには、どうしたらいいと思う?」

「あっちから寄こされる雑魚をひたすらなぎ倒すくらいしか分からないなぁ」

「それまで生徒たちは危険に晒されるのか」

「うん。そして、君の学校での立ち位置がまずくなる。僕の仲間だけじゃ限界があるしね」

「何か、良い策は……」


「神崎 いのりが美咲ちゃんを気にかけているのなら、もしかしたら君の行動で彼女をおびき出せるかもしれないよ。彼女ならアジトも知っているだろうし、いいように使えるんじゃない?」

「悪党だなお前。いいように使えるって」

「はは、仕方ないよ。この業界にいれば、ね」



 でも、彼の言ったことは重要なことだ。

 神崎は部下に私をマークさせたと言っていた。それなら、今も何かしらの形でマークされている可能性がある。

 そう、今この瞬間も。


 八戸に目配せをすると、彼は疑問符を頭の上に浮かべて固まった。


「なるほど。じゃあ奴らの幹部のアジトはそこにあるんだな? 助かった!」

「……うん、メモしなくても大丈夫?」

「ああ、助かったよ。 明日にでも乗り込みに行く。中学でシメた奴全員を連れてな」



 わざと、公園の外まで届くような大きな声でそう言った。

 八戸は最初戸惑った様子だったが、すぐに私の思考を読み取って答えてくれた。

 

 今の会話の内容は全て嘘だ。

 アジトも分かってないし、中学生の頃シメた人なんてもう関わっていない。それどろか神崎の命令で酷いことをした人には謝罪して、もう関わらないと約束した。

 だが、この情報をマークしている奴がちゃんと流してくれれば、相手は必ず焦る。

 公園の中に人はいない。つまり、マークされていたとしても私達のそれまでの会話は聞こえない位置にいるだろうから、この方法は得策だ。



「賢いね、美咲ちゃん」

「伊達に高校で勉強してないからな」

「意外と真面目じゃん?」

「お前私のことを本当にただの脳筋だと思ってるだろ。 ところで、タロを見ないがあいつもパトロールか?」

 


 何気ない質問のつもりだった。

 だがそれを聞いた瞬間、八戸はへらへらした態度を一気に変えて、少し寂しそうに私に言った。



「いなくなった」

「……なんだって?」

「前の喧嘩以来、タロは学校に来てないんだ」

「ど、どうしてだ!?」

「分からない。でも何かあったのは間違いないんだ。最近家にもなかなか帰ってこないらしいし、俺が連絡をしても応答なし。パトロールはタロ探しも兼ねてるんだ」

「そうだったのか……私も見かけたら連絡する。村雨にも伝えとくよ」

「ありがと。 その時はこの連絡先に」



 彼はポッケから出した小さな紙きれを渡してくれた。音を聞いた限り、あと数枚入っているらしい。

 いや、どうして持ってるんだ。ナンパ用か。



「それだけじゃなくて、どうしても俺の力が必要なら呼んでね。美咲ちゃんのためなら尽力するし」

「言い方が気に障るんだよ!」

「酷くない!?」



 じゃあな、と手を振り、お互いパトロールに戻った。


 これから神崎がどんな手を使ってくるのか分からないし、さっきの方法だって、私をマークしている奴がいるとは限らない。

 だが、少しでも可能性があるのなら全て試してみて損はないだろう。


 確実でなくとも、その可能性を信じてみたい……だなんて、私には似合わないな。

 「今の私」より「学校の私」の方が絶対に似合うセリフだ。



 改めて気づく。


 こんなにも違うのだ。

 私の中にいる、二人の篠原 美咲は。


 生まれてしまった矛盾。

 私は、どちらの私で生きた方が幸せなのだろうか。

 

 

「……いいや、私は普通の女子高生の篠原 美咲でいるために今必死に戦ってるんだ。 ぐずぐずしてないで行かねぇと!」



 再び決意を固め、私は再びパトロールの為に走り出した。

 












 




 




 

 

 


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