ボディガード
次の日。
いつも通り佳奈と学校に向かい、一時間目の授業を受けた。
授業の終わりを告げるチャイムと共に、隣で寝ている佳奈を置いて、村雨のいるクラスに向かう。
彼はいつも通り、退屈そうに窓を眺めている。
「村雨さん、いますか?」
「ここだ」
名前を呼ぶと、彼は一瞬だけ驚いた顔をしてから、席を立って私の前まで来た。
周りの人たちにはまた何かコソコソと言われているが、そんなことは気にせず村雨の手を引いて人気のない体育館裏に連れ出す。
もちろん村雨への用事というのは、告白などではない。
「……急にどうした」
「村雨、頼みがある」
昨日家で考えていた。
もし、もし神崎、またはあいつの部下が私と佳奈が一緒にいるときに襲い掛かってきたら。
大人しく佳奈と殴られるなんて絶対にしたくない。かといって、彼らに抵抗して自分の正体が佳奈にバレる訳にもいかない。この前の、不良がトラウマという話を聞いてしまったら尚更だ。
そこで、村雨を頼ることにした。
「私が佳奈という友達と一緒にいるとき、不良に絡まれていたら助けて欲しい。 なるべく一通りの多い道を通ったり工夫はするつもりだが、もしもの時は頼みてぇ」
「何かあったのか?」
「中学校の奴らに顔が割れた。めんどくせぇことになりそうだ」
「仕方ねぇな。この前の借りはそれで返そう」
「助かる」
話が早くて安心する。
言えばボディガードのようなことをさせることにはなるが、村雨が味方についてくれるなら安心できる。
もし相手がしつこいようなら「元番長の篠原 美咲」になって、二度と手を出そうなんて思わなくなるくらいにボコボコにしてやる。
……なんて物語の悪者のような思考をしている。
「で、俺はお前にひっついとけばいいのか?」
「うぇ!? ちっ、ちげぇよ! あ、違うことはない……ん!?」
「どっちだよ」
「取り敢えず放課後は後ろからついてこい、いつでも助けられるように!」
「いやそれもうストーカーじゃねぇか」
「私が良いって言ってるからいいんだよ! 合意の上でのストーカー、だ!」
「合意のあるストーカーなんて初めて聞いたぞ……」
そんな風にわちゃわちゃしていると、二時間目の始まりのチャイムが鳴った。
「あ、やべ、行かないと! と、取り敢えずそういうことだ、分かったなー!」
そう言って、村雨を残して一人で全力ダッシュで教室に戻った。
篠原の背を見届け、一人残された俺は、溜息をつく。
「あーあ、面倒事に巻き込まれたな……」
まぁこの前借りを返すと言ってしまったから仕方ないのだが。
あいつ……篠原は、また仲間なんぞを守るために必死になっている。
そんな彼女のことを、俺は弥生高校で助けられた時から少しだけ心配していた。
なぜなら、彼女はあの頃の俺のように……
仲間という存在が自分の足枷になるということも知らない、無知で、純粋な奴だからだ。
村雨と別れた後、私は必死に廊下を駆け抜けた。
教室の前に着くと、ガララララララッ、と大きな音を立てながら扉を勢い良く開ける。
そして、教卓に出席簿を置き、点呼を取り始めようとしている先生に目を向けた。
立っているのは地学担当の板見先生。
少しお茶目なところもあるが、授業の時やいざは凄く真面目だ。
ギリギリチャイムが鳴り終わるか終わらないかくらいだったので、先生がどういう判断をするのか微妙だ。
「セ、セーフ……ですか……! 先生……!」
「アウトです」
「あああああッ」
その場で膝から崩れ落ちる。
ギリギリだめだったか……こんなに走ったのに……
「ふふ、冗談ですよ」
「えっ」
「間に合っていたので遅刻はつけませんよ。それより早く席について下さい」
先生は私の反応を面白がるようにふふ、と微笑む。
何が何だか分からなくて、その場で固まる。
「美咲、先生はからかってただけだよ~」
佳奈の声ではっと我に返り、状況を理解した。
こんな時にそのお茶目な性格を出さないで欲しい……
立ち上がってふらふらと自分の席に着くと、隣にいた佳奈が悪戯っぽく言った。
「もう、さっきの美咲の顔、思い出しただけで笑っちゃうなぁ~」
「え、そんな変な顔してた!?」
「うん、何が何だか分からないって顔してた~! 少し大人っぽい雰囲気を纏ったいつもの美咲からは連想できないくらい、ね!」
「わ、忘れてよ……」
いつも素を出さないよう振舞っているが、ああいう時はやはり本性が出てしまうらしい。
顔に熱を感じる。恥ずかしさで顔が赤くなっているのだろう。
「遊んでしまってすみません、授業を始めますねっ」
なんだかんだ言いながら、先生のその一言で普段通りの授業が始まる。
先生のつまらない話を必死にノートにまとめる私と、隣でぐっすり眠る佳奈。
そして、大声で怒ってもなかなか深い睡眠から目を覚まさない佳奈を起こそうと必死になる先生。
それを見て笑う、クラスのみんな。
そんな光景が、今日も見られるのだと、そう思っていた。
授業が終わりに近づいた頃、ババババババと何か大きな音が近づいてきた。
聞き慣れた音だ。
何の音か理解はできた時、最悪な予想が頭を過る。
「この音は……!」
音がした窓の方を見る。
そこにはバイクに乗った、いかにもガラの悪そうな奴らが十数人ほどいた。
一人の男が釘バットを持って、窓のすぐ前に立つ。
まさか……!
「窓側の席にいる人は下がれーーっ!!」
思わず素の口調で叫んでしまった。
だが、そんなことは気にしてられないくらい、危険な状況だった。
窓側の席にいた人たちは私の声通りに動く。
バットは構えられている。奴らは窓を割って入って来る気なのだ……!
「キャアアアアアアアアッ!」
男がバットを振れば窓は簡単に割れ、クラスの人たちの悲鳴が響く。
そして、男が口を開いた。
「恨むなら、上を怒らせた篠原 美咲って奴を恨むんだぜ」
「!?」
「歯ァ食いしばれよぉ? アッハッハッハ!」
神崎の部下か……!
まさかこんなに早く、しかも学校に乗り込んでくるなんて思っても見なかった。
そして厄介なことに、私が「元凶」だとクラスの人の前で言われた。
面倒なことになった……!
「生徒たちに手を出さないでください……っ」
板見先生が、前に出てずかずかと教室に入ってくる奴らにそう言い放った。
先程のお茶目さは全くなく、恐怖に怯えながらも生徒を守らなくてはという彼女の強い意志を感じられた。
「はっ、みんなの代わりに私を殴ってくださ~い、ってか? なら望み通りにしてやろうじゃねぇか!」
「っ……!」
「先生ッ!」
自分が今クラスの子の前にいるということも、この時はもう忘れていた。
先生を助けなくては。その一心だった。
走りだそうと思わず足が出る。
だが、後ろにいる誰かに首根っこを掴まれ、それは阻まれた。
「お前は手を出すな。今は喧嘩するようなお前じゃねぇんだろ」
後ろにいる誰かは、私にしか聞こえないくらい小さな声でそう言う。
そして、私を追い越して先生と男の元へ向かった。
「ってぇ!?」
「一方的に人を殴ろうとする奴は気に入らねぇんだよ」
その人は板見先生を殴ろうとしていた男の、釘バットを持った右手に向かって蹴りをかました。
男は釘バットを落とし、よろめく。
「んだよてめぇ……っ」
「運が悪かったな。俺はボディガードを任されてんだ」
その男の前に立っているのは紛れもなく、村雨 悠翔だった。




