忍び寄る影
「み、美咲ぃ……」
「駄目だよ、佳奈」
「も、もう限界……」
佳奈はゲームなどで出てくるゾンビのように呻きながら、机に突っ伏している。
ーあれは、一時間くらい前のこと。
六時間目の授業が終わった後、佳奈は私にあることを頼みにきた。
それは、明日提出の世界史のレポートを手伝って欲しい、という内容だった。
レポートの分を考えることを手伝うだけでなく、彼女は自分がサボらないように厳しくして欲しい、とも言ってきた。
私は彼女の頼みを聞き入れ、教室に一緒に残り、レポートに取り掛かっていたのだが、私より先に、佳奈が集中力の限界を迎えてしまったようだ。
「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……」
「今更後悔しても遅い! いつも勉強する癖がついてないから一時間でしんどくなるんだよ、ちゃんと毎日宿題やることの大切さ、分かった?」
「うぅ、分かった……」
よしよし、これでやっと佳奈も日頃から宿題に取り組んでくれるようになるだろう。
そう達成感を覚えた矢先……
「スー……」
聞こえてきたのは寝息。まさかと思い佳奈の方を見ると、瞼を閉じて口を半開きにしたまま眠りについていた。
「ちょ、ちょっと佳奈!? まだ全然レポート終わってないんだよ!? は、早く起きてーーッ!!」
授業中といいこういう時と言い、彼女は勉強が関わるとすぐに睡眠する。それも、とても深い睡眠だ。
必死に大声をあげ、体を揺さぶりながら彼女を起こしたが、その途中、担任の北村先生に廊下からチラッと不審な目で見られた気がした。
……気がしただけだ、と深く考えないようにそのことを綺麗さっぱり忘れ、私は佳奈と彼女のレポート作りを進めた。
そのレポートが終わったのは、それから一時間後のことだった。
佳奈は地獄だなんだ言いながらも、結局あれからは寝ずに最後まで取り組んだ。
「終わったぁぁぁぁ!!」
「やっと終わった……。 お疲れ様、自販機で買ってきたアイスココアあげる」
「え、いいの!?」
「うん、頑張ったらご褒美。これ、案外モチベーションの持続に大事だよ」
「へぇ~」
「あ、でももう暗くなってきてるし、帰りながら飲もっか」
「ほんとだ、そうしよう!」
私たちは何気ない会話をしながら、下駄箱で靴を履き替えた後、校門を出た。
そして、佳奈が改めて、とこちらを見て言った。
「手伝ってくれてありがとう、美咲」
「全然良いよ、楽しかったし! かなり疲れたけどね」
「……なんだか、美咲のこと疑ってた私がバカみたい」
「ん、何か言った?」
「なんでもないよ。 やっぱり持つべきは親友、だね」
「ふふ、そうだね」
そう言われ、改めて実感する。
出会えて良かった。これからも一緒に居たい。
相手が困っていたら助けたい、力になりたい。
そう思える関係。
これが、親友というものなのだと。
そう気づくと、心が温まった。
そして、より一層佳奈のことが大切に思えた。
「……ッ!?」
その次の瞬間、中学生の頃に磨いていた私の勘が突然働いた。
……誰かの視線を感じる。
佳奈はいつも通りのほんわかした雰囲気を崩さない。
だが、身の危険を感じた私は、佳奈に一言告げた。
「あ、やばい、教室に忘れ物したかも」
「え!? 一緒に取りに戻る?」
「ううん、いいよ。今日佳奈の夜ご飯、から揚げなんでしょ」
「ん? そうだったっけ?」
「忘れた? 朝ウキウキしながらそう話してたじゃん。 疲れてお腹も空いてるだろうし、先に帰ってて~!」
「あ、確かにすごいお腹減ったなぁ……。 ごめんね美咲、じゃあお言葉に甘えて先に帰るよ」
「うん、気を付けてね。また明日!」
「また明日!」
佳奈は大好物のうちの一つ、から揚げを追い求めて、あのチーターの如くランニングで走っていった。
湧き上がる罪悪感。
佳奈が夜ご飯がから揚げだと言ったことは、ただのねつ造だ。
本当は彼女はそんなこと言っていなかったが、この場所から安全に離れさせる策としてはそれしかなかった。
「佳奈、いつかお詫びはちゃんとするからね…」
そして、後ろを向く。
視線の先には、誰もいない。
だが、確実に気配はまだある。どこかに潜んでいる可能性が高い。
「……さっきからどうしてつけてきてるの。 いるのは分ってる、姿を見せてよ」
そう言うと、曲がり角からゆっくりと人影が現れた。
「ふふ、普通の人に紛れて暮らしていても、勘は衰えていないのね?」
現れた人間が誰か分かった時、身の毛がよだった。
額から冷汗が流れる。
「お前は……っ」
「久しぶり、中学卒業以来かしら。 また会えて嬉しいわ、美咲ちゃん」
中学時代、親友という言葉を使って、私を利用し続けた女……
「神崎 いのり……!」




