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確かな意志

「負けるなよ」



 そう篠原に告げて、前に立っている男に目を向ける。とても背が低い小柄な男だ。


「やほ、君がムラサメクンの方だね?」

「ああ」

「ボクは星野 虹。虹って書いてしえる、って読むんだぁ〜、よろしくっ!」

「んなことは関係ねぇだろ、やるぞ」

「ははっ、そうだね!」


 小柄な男は俺を見て、可愛らしい少年のような笑顔で言った。だが、それは一瞬にして消え去る。



「弱くて可愛いコウハイの仇は先輩が取らないと!」



 にぃっ、と口の端をあげたその顔は、先程まで話していた少年とは別人だと思ってしまうくらい恐ろしかった。




「ッ!?」


 彼は一気に走って間合いを詰めてきた。とても素早く、そして小さいがために、対応や認識が遅れてしまう。


「チッ、すばしっこいな……!」


 すると、下から拳が飛んでくるのが一瞬だけ見えた。咄嗟に受けの構えを取るが、少し遅れてしまい、よろめく。


「やっぱりデカい人は弱いよね、遅くて退屈ぅ」


 次の打撃が来る……! どこに攻撃を入れてくるか予測しなければまた反応が遅れてしまう!

 よく見ていると、ほんの一瞬だけ、彼が殴る姿勢を始めるのが認識できた。あの構え方だと、きっと狙うのは顔面だろう。受ける準備をした。


「はは、真面目に殴ると思った? ざーんねーん」

「なっ……!?」


 下から膝を腹に入れられる。殴ろうとしていたのはフェイントで、本命は蹴りだったらしい。身長差のせいで少し見えにくく、上手く受けが取れなかったせいで急所に入り、その場で膝をつく。吐き気とじわじわとした痛みが走る。


「チッ……かはっ……」

「ははは、デカい上に馬鹿だとは思わなかったなぁ〜。よくそんなんでこの学校シメようと思ったね?」

「う、るせぇ……」


 そいつは自分より目線が下になった俺を見下し、ケラケラと笑っている。そして、次に顔面に蹴りを入れようとしてきた。


「じゃ、病院運びにでもしてあげるよ」

「いいや、お前の方が馬鹿だ」


 最後の蹴りは、簡単に読むことができた。それを両手で受け止める。掴もうとはしたが、ヤツはすぐに足を引っ込め、それはできなかった。


「少し目線を下げれば、今の攻撃くらいすぐ読める」


 そして、こいつはスピードや狙いを定めることは得意だ。だが、力は圧倒的に俺の方が上だろう。ならば……


「俺が強行突破してやればいいだけの話だ」


 先手を打てば、俺はこいつを倒せる!


「う、嘘だ……さっき腹に命中させたのにまだ立てるの!?」


 ああ、確かに命中した。小柄にしちゃあ立派な蹴りで、結構痛いもんだ。

 だが、そんなのは案外根性とか言うヤツでどうにかなる。篠原とタイマンした時、彼女に言われたこと。あれは正しい、認めよう。


「俺は喧嘩馬鹿、だからな」


 ヤツの攻撃がより良く見えるよう、姿勢を低くして殴りかかった。


「ま、ま、待っ……うわぁぁぁぁぁ!!」

「受けの姿勢を取っても、お前の力では無理だ」


 かなり手応えがあった。目の前には先程調子に乗って、俺を煽ってきたヤツが倒れている。意外と自分が腹を立てていたことに気づく。

 殴っただけでは気が済まなかったので、少し子供っぽいがそっくりそのままやり返すことにした。




「ざーんねーん」




 ―――――――――――――――




 私は、村雨に「負けるな」と伝えた後、目の前の男の方を向いた。すると、彼は私に質問してきた。


「お前、名前は」

「篠原 美咲。中学校で番長やってたモンだ」

「篠原……聞いたことがあるが、まぁどーでもいいな」

「お前の名前も聞かせろよ、それが礼儀だろうが」

「はっはっは、喧嘩に礼儀もマナーもあるかよ」

「あーあ、お前には喧嘩のマナーから教えなくちゃのんねぇんだな。ったく、めんどくせぇ」

「で、お前はもし俺らの学校をシメたらどうするつもりなんだよ」

「私と私の友達に迷惑がかからなきゃそれ以上のことは望まねぇよ」

「ハッ、これは結構なこった。俺が負けてもデメリットは少なそうだなぁ?」

「私は利益を望んでるわけじゃないからな。普通の暮らしをしたいだけだ」

「ほぉ、そうか……なら俺は貪欲にやってやる。お前が負けたら、お前の学校ごと乗っ取る」


 私がここで負けたら……今まで以上に佳奈や学校の生徒達、先生方、そして「普通の女子高生の私」までもが危ない。




「絶対させねぇよ。私が今ここでお前をぶっ潰す!」


「上等だッ!」




 拳と拳がぶつかり合う。私の力の方が少し弱いようで、その衝撃が電気のようにビリビリと骨まで伝わる。


「ッ……」

「力は俺に劣るようだなァ! その代わりにスピードで補っている……真面目に喧嘩のし過ぎだ、ハッハッハ!」


 やはり年上とやるのはキツい。先程の筋肉質な男と蹴り女は見たところ二年で年上だったが……こいつはアタマ。確実に三年だ。

 同級生の不良くらいなら余裕だが、二歳も年上となると苦しいものがある。だが、弱音は言ってられない。

 拳を互いに引く。



「力」では負けても、私の自慢の「速さ」を生かすことができれば、こいつに勝てるはずだ……!



 だがあまりリスクの高いことをして失敗したら、奴の力と命中率で一気に押されてしまうことになる。それは避けたい。できれば確実な成功を狙いたい……!


「避け続けて相手の弱点を突くしか……」


 そう思った矢先、避けようとしたはずの私の腹に向けられた彼の拳が、脇腹に当たっていた。ミシ、とそれは容赦なくめり込む。


「くっ……!?」

「避けようたってそうはいかねぇぞ、かすりでも絶対に当ててやる」


 まさか、私が避ける方向を予測したのか!?当たった攻撃は、命中こそしなかったものの、私の動きを鈍らせるには十分なダメージになってしまった。


「命中なんてしなくてもいいんだよォ、じわじわと追い詰めて、動けなくなった時にぶん殴れば良い話だからなぁ!?」

「ッ……」


 脇腹を抱えて、ふらふらと立ち上がる。私は昔から攻撃を躱すことが得意でも、攻撃を受けてそれに耐えることは苦手だった。

 次も同じようなダメージが来るのだと考えたら、そのダメージに耐えれる自信は無い。

 避けても無駄、真正面からの攻撃は相打ち、もしくは負けて通用しない。


 私の持ち味である速さを生かそうとしても高いリスクがある。しかも、動きが痛みで鈍ってしまったので、リスクは更に大きくなってしまった。


「アッハッハッハ!」


 ふと我に帰ると、下から蹴りが見えたので避けようとした。だがそれも読まれていたようだ。先ほど殴られた部位と同じところを勢いよく蹴られ、その衝撃で私は地面に倒れこむ。


「負け……た……か……」


 そう呟いた次の瞬間、村雨から言われ、自分も村雨に言ったことがもう一度脳内で再生される。



「負けるなよ」



「あ……」


 ハッ、とした。

 そうだ、そうじゃないか。これは、誰のための戦いだ? 確かに自分の平穏な暮らしのためというのもあるだろう。だが、これは……

 自分の背中にある重み。それは、佳奈や先生、学校の生徒達のこと。だが、それだけじゃない。



 私の背中には、村雨のプライドも乗っている。


 私が勝手に諦めて、「負け」だなんて言ってはいけない!



 地面を両手で押し返すようにして立ち上がる。まるで先ほどまでの弱々しい自分を突き放すかのように。

 ちょっとクサくて、私には似合わないセリフかもしれないけれど、私は大声でアタマに向かって言った。




「ぜってぇ、お前には負けねぇよ……!」




 私は間合いを一気に詰めた。そして、私の持っているもので一番速い攻撃である蹴りをアタマの顎に向かってかました。

 止められると中々に不利な状況に陥る。いや、止められてしまったら私は絶対に負けるだろう。

 だが、そのリスクを犯さなければ勝てないのだ。顔を上げて、相手の顎に向かって勢い良く蹴り上げた。



「は、速いっ……!?」



 相手が反応に遅れた!これで私の蹴りは掠りでも届く!


「これはお前に今教わった教訓だ……!掠りでも、絶対に当ててやるッ!」


 少し避けられてしまったものの、私の蹴りは掠りでも当たった。相手は顎を抑えてよろめく。


「いっ、てェッ……!」

「私の、勝ちだ……!」


 そう言い、殴りかかろうとしたが、それはそいつの受けで止められてしまった。


「おま、え……よくもやってくれたなァ……!?」

「ま、まだこいつ体力が……!?」



「パワーでは俺が勝ってる! だから、俺が負けるわけ、ねぇんだよォ!」



 先程より力の入った突きが来る。少し怯んだが、私はすぐ決断した。一切攻撃が入らず、次の攻撃に持ち込む方法。


「はぁぁぁぁっ!」


 拳と拳を再びぶつけ合う。衝撃はあったものの、攻撃を食らうよりかはマシだ。拳を力いっぱい押し込まれる。

 力での負けは既に認めている。

 だから、私は別の方法で彼に立ち向かうしかない!


 突然に、私は拳の力を抜いた。


「うぉっ!?」


 そいつはよろめき、私の方に倒れてくる。

 そこを、今出せる力を全て込めて蹴り上げた。




「なかなかリスクの高い方法だったが、しっかり命中したな?」


 確かな感触。そいつはそのまま私の方に倒れ、私はそれに巻き込まれないよう後ろに下がった。




「次からは絶対にうちの学校に手ェ出すんじゃねぇよ」




 そう言い残し、村雨の方へ歩くと、もう既にに終わったようだ。だが、倒れている相手に何か呟いている。


「……ざーんねーん」

「子どもかお前はッ!」


 そう言うと、村雨はびっくりしてこちらを向いた。どんどん頰が赤く染まっていく。


「お、お、おおお前終わったなら言えよッ! 何盗み聞きしてやがんだッ!」

「盗み聞き!? そんなつもりじゃねぇよ! お前が何か呟いてたから気になっただけ、って……これ、盗み聞きになんのか?」


 そんな事をだらだらと言っていると、八戸が勢いよく扉を開けて来た。


「大丈夫か!?」

「ああ、特に何もねぇ。俺はピンピンしてる」

「流石脳筋の喧嘩馬鹿だな……」

「美咲ちゃんキツそうだね、大丈夫?」

「ああ、ちょっとやらかした……」


 情けない、と思いながらそう呟いたが、村雨も八戸もそれをからかったりはしなかった。むしろ、心配してくれているようだ。


「おぶってあげようか?」

「だ、大丈夫だ」


 一応スカートなので、おぶられては困る。


「ん〜、でも無理させるわけにはいかないしな……美咲ちゃん、ウチの番長とやったのならかなり痛いでしょ。俺一回タイマン張ったから分かるんだよね」

「どうして私がアタマとやったの知ってるんだよお前」

「村雨くんピンピンしてるし、急所を狙わない重い攻撃するのって番長くらいだからね」

「洞察力が凄いな……」

「うん、君が悪いなぁっていう罪悪感とスカートを気にしておぶってもらうのは気が引けると思っているのもお見通しだよ」

「お、お前ッ……!」


 全くデリカシーが無いなこの男! それ普通にセクハラにならないか!? いやギリギリセーフか? クソ、分からねぇ!


「顔真っ赤っか〜。可愛いところあるじゃん」


 この野郎!とこめかみを両手でグリグリする。一応年上だが、そんなのはもう関係ない!

 屋上でしばらくギャーギャー言っていると、タロが来て、痛みが特に酷い私に簡単な手当てをしてくれた。

 結構痛みがマシになり、手当てが終わった後、タロに「ありがとう」と伝え、私達は学校の校門を出た。





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