問題児の救助
「ぶちのめせとは言ったが一人で行ったのか、あの馬鹿……!」
私は八戸やタロ……はあだ名で、太郎に案内してもらいながら走って弥生高校に向かった。
校門には既に何人かのびている学生がいた。
「お、おい!お前ら、村雨 裕翔とかいう奴を見なかったか!?」
そう声をかけると、彼らは顔を少し上げて言った。
「そ、そいつはさっき……一人で乗り込んで来て……今、アタマのいる屋上に行こうとしてる……誰か、あいつを止めてくれ……」
「屋上? 屋上だな、分かった!」
再び走り出そうとすると、八戸に腕を引かれ、止められた。
「八戸?どういうつもりだ、離せ!」
「美咲ちゃん、もしかして喧嘩に割り込む気?」
「あの喧嘩馬鹿の面倒見なきゃいけないんだよ、離せ!」
「ここに一人で乗り込んできたってことは、あの人の勝手な判断だよね。どうしてわざわざ巻き込まれに行くの? まだ準備も整ってないのにさ。しかもそいつ、同じ学校ってだけでダチでもないんじゃないの?」
確かに、彼の言っていることは間違ってないのかもしれない。
たかが知り合いの同級生一人のために、今から圧倒的数が不利な状態で喧嘩をしに行こうだなんて。
だが私はあいつと一度拳を交え、互いに強いなと認め合ったんだ。
理由は、それだけで十分だ。
「確かにお前の言う通りだ、八戸。この行動はあいつの勝手な判断だ。でも、だからと言って一度拳を交えた奴が一人で頑張っているのを見捨てるようなことはしたくねぇんだよ」
「そっかぁ、結構お人好しじゃん」
八戸は少しニヤッとしながらそう言った後、タロの方を見た。
「みんなは呼んだ?」
「はいっ、公園から走り始めた時にはもう呼んでおきました!」
「よし、よかった。もうすぐ応援に何人か来てくれるっぽいよ? 君の覚悟はよく理解できた、行こうか」
「お前、なんだかんだ言いながら最初から用意してたのか……」
「はは、君の性格を見させてもらえてよかったよ」
こいつは意外と人を見るタイプらしい。やっぱり私はこいつが苦手だ。
「八戸、屋上まで案内してくれ!」
「分かったよ」
彼はこっちだと先頭で案内してくれた。行く途中では、のびている生徒が何十人もいた。
「こ、これ、全員その一人がやったってこと?」
「嘘だろ……」
まさかここまでやるとは思っていなかった。いくら倒れているのは学校の幹部とかに値する奴らではないとは言っても、不良校の生徒なのだからある程度実力はあるはずだ。
「い、一応うちの学校不良校でここらへんでは有名なんだけどなぁ……?」
しかし裏を返せば、私はそいつとタイマン貼って相打ちまで持ち込んだ。自分に自信が湧いてくる。
「あ、いたよ。あの人じゃない? 金髪ででかい、一人の人」
校舎に入ってすぐ目の前に、村雨は立っていた。その目線の先には、五人の男達。
「村雨っ!」
私は大声で叫びながら、彼に駆け寄る。すると、彼は驚愕の表情をした。
「お前何一人で攻め込んで好き勝手やってんだよ!」
「お前、どうしてここに」
「無茶なんだよ! いくら強くても一人でこんな数相手して勝てるわけねぇだろ!」
「口出しすんな、俺はこれでも楽しんでんだよ」
顔を見ても、楽しんでいるようには思えない。そして、よく見ると手や顔に傷がたくさんあった。
「少しくらい休め、ここは私がやる」
「お前は手出すなって……!」
「引っ込めって言ってんだろ! おい八戸、その喧嘩馬鹿抑えとけ。タロ、お前はこっちを相手しろ」
本当は八戸と戦った方が心強いと思ったが、多分タロに任せるのは怖いので、八戸に村雨を頼んだ。
「わ、わかりましたっ!」
「よし、行くぞ!」
その五人は大して強いわけではなかったので、一瞬で事が片付いた。タロも少しはやるようだ。側に駆け寄り、坊主頭を撫でる。
「後輩ができたみたいだな〜」
「あ、あの、一応俺も一年で同い年なんですけど……」
「るせぇ、知るか。んなのどうでもいいんだよ。問題は弟属性があるか無いかだ」
「勝手に変な属性作らないでください……」
そう言いながらタロを撫で回していると、じっと睨みつけてくる村雨と目が合った。最初は八戸に抵抗していたが、疲れたのか諦めたようだ。
「どうしたんだよ、睨んで」
「来なくても良かったっつーのによ。余計なことしやがって……」
「お前、その状態で戦えるのか?」
「戦えるに決まってんだろが……っておい! お前なにしやがる、離せ!」
私は村雨の手を取り、自分のカバンからあらかじめ入れていた湿布と絆創膏を出した。
「分かったからじっとしてろって、簡単な手当てしてやるから。どうせ何言ってもやめないつもりだろ。でも痛いのが長引いたら辛ぇだろ」
「いっ……! それはいいからもっと優しくやれよクソ……!」
「何言ってんだよ、我慢しろ我慢」
そして、ふいに少し村雨に言いたいことがあったことを思い出したので、彼にしか聞こえないように小さな声で告げた。
「お前は強い。だが誰しも限度はあるんだ。一人で無理すんじゃねぇよ。お前の未熟なところはそこだ」
彼は複雑そうな顔をして、黙った。少し変なこと言ったか?と不安になりながら他の手当てを済ませ、顔の手当てをしようと頰に手を当てた。
すると、それを見ていた八戸が何気なく直球に言った。
「なんかイチャついてるみたいに見えるねー。なんか見せつけられてるみたい」
「はっ!?」
「あ?」
私はそう言われて、それを意識してしまった。顔が熱くなっていく感じがする。村雨はどういうことかよく理解していなかったようで、ぽかんとしていた。
「うるせぇ、ならお前がやれ!私は知らないからな!」
八戸に持っていた湿布と絆創膏を押し付けた。
「ははは、冗談だって!真面目になり過ぎ、本当はちょっと意識しちゃってたりして?」
「その顔面を涙でおかゆの米粒みたいにふやふやにしてやろうか?」
「ま、待ってって冗談だよ!」
怒りや照れが混じって頭の中がぐちゃぐちゃになったが、深呼吸して落ち着かせる。
「取り敢えず私は先に進む。ここまで村雨が動いたならあいつらも黙ってないだろう。これ以上生徒達に被害を与えないように、日を開けず今日やってやろう」
「分かった。もうすぐ仲間が到着するらしいし、一緒にやっちゃおっか」
「俺も行くからな」
村雨が立ち上がり、私の方を見て少し近づいてきた。そして、私にしか聞こえないような声で私を見下ろしながらこう告げた。
「お人好し。借りは返すからな」
すぐに彼は顔を逸らす。
えっ、と声が漏れた。よほど驚いたのか、心臓がバクバクとうるさかった。
「っ、行くぞ!」
なんだか少し照れくさくなって、それを誤魔化すように校舎の奥に進んだ。
「ここは通さねぇぞ!」
「なめやがって!!」
その先にはたくさんの学校の生徒が並んでいた。
「あ〜、この学校のアタマの下についてる人多いからなぁ……流石にこの人数だとまずいかも」
「そんなの知ったこっちゃあねぇ、行くぞ」
「取り敢えずぶっ潰していけば終わりはあるだろ」
「そんなんだから脳筋って言われるんだよお二人さん!」
すると、突然タロがはっと後ろを向き、口を開いた。
「皆さん、仲間達が到着しました!」
「お、やっと?」
私と村雨が同時に振り向くと、そこには私たちに立ち塞がる奴らよりも少数の、八戸の仲間と見られる人達が来ていた。
「八戸さん、お手伝いします!」
「チャリ飛ばしてきたぜ」
「ありがと、みんな!ってことで、先に行っといていいよ、美咲ちゃん、裕翔くん」
「お前ら、数的には少し不利だぞ? 頼っても大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、オレのダチ達はみんな筋が通ってるからそこらへんの雑魚には負けないって」
心配すんな、と言わんばかりの笑み。こいつは顔だけはイケてるのかもしれない。少しかっこいいなと思った。
……あれ?
一瞬、一瞬だけ、モヤが晴れた気がした。
だが、すぐに再びモヤがかかって、思い出せなくなってしまった。
かっこいいな、と思うこの感情とこれは何か関係があるのか……?
「分かった、礼を言う」
村雨が口を開き、ハッとする。ボーッとしていてはいけない。今は全面戦争中だ。
「だな、ありがとう八戸!」
「おうよ」
私たちは来る敵にひたすら重い一発入れて道を進み、後処理は八戸達に任せる。
残党が追ってこれないよう、全速力で屋上のある階まで走った。




