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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー
7/61

#6 あなたなんて、産まれてこなければよかったのに

※ ※ ※



「アズマくぅん、おーはよーっ」

「ひっ、ぁあ、うん……おはよ」

 最近、カレの様子がおかしい。

 嫌がったりうんざりするのではなく、誰に話しかけられても怯えた目で身構えて。


「よー、どうしたよアズマちゃん」

「ハラ痛か? 気持ち悪さでグロッキーかぁん?」

 仲の良い友人たちとのやり取りでもそれは同じ。まず両目でワタシの姿を探り、見えない何かにビクビクして、誰とも目を合わせようとしない。


「おーう北西。悩みか? 悩み事か? センチメンタリズムかぁ?」

「何でも……無いです。ないから」

 目上で担任の蜷川先生に問い質されたところで、当然脈無し進展なし。ビビってしまって、何一つ話らしい話をしない。


「おーい、ヒガシ〜。ヒガシくんってばぁ」

 放課後、戌亥の旧校舎に足を運んで見るけれど、そこにも彼の姿はなく。

 避けられてる? じゃなきゃ一体何だって話。

 放っておけばいいのに? ワタシ自身そう思ってるよ。向こうから避けるのなら、これ程やりやすいこともなかろうに。



 ――それの、何が悪いんだ?

 ――他人は好き勝手に物を言う。でも生きる権利までは奪えない。



「ワタシって、イヤな子だ」

 自分から彼の自由を奪ったくせに、それに満足しないワタシがいる。ヒガシ君にはヒガシ君のままでいてほしいって、欲張りなこと考えてる自分が居る。

 やっぱり、あれはやり過ぎた。カレは家川のば(みずしらず)にさえ、ワタシのヒミツを隠し通してくれたんだ。脅しで縛り付けるのは可愛そすぎる。



「せんせー、アズマはー?」

「うん? 体調不良で欠席だって。家族さんから連絡が来た。何日か休むんだと」

 でも、それはとっくに手遅れで。カレは謝る暇すら与えず消えた。体調不良。他からすれば風邪や何だと騒ぐだろうけど、ワタシはその事由を知っている。

「えー、うっそー」

「ガタイの良さと健康なだけが取り柄のアイツが?」

「どーせズル休みなんじゃないのー?」

 こうして騒ぐ誰も彼も、ヒガシにとっちゃ『ワタシ』が化けているもんだと思っているんだ。強迫観念に駆られて、ヒトと逢うのが怖いんだ。


 こんなつもりじゃ無かった。ただ、自分の知らないことを探りたいだけだったのに。カレを傷付けるつもりは無かったんだ。

 などと言っても、此処に居ないヒガシには届くはずもなく。じゃあどうする? 答えはこの上なくシンブルだ。


「ごめーん。仁美、美波ん。私、用事で先に帰るね」

「えー、またぁ?」

「今日こそは駅前のアクセショップ、一緒に見ようって言ったのに」

「だからごめんて。明日、明日には埋め合わせするから〜」


 なんて、他愛のない会話でクラスメイトを躱し、足の向く先は女子トイレ。周囲に誰もいないことを確認し、個室に鍵をかけ、纏った制服を脱ぎ捨てる。

 生徒同士の変装なら、アタマを取り替えるだけで済むけれど、オトナとなればそうはゆかない。畳んだ制服、上下青の下着、ニーソックス。軽く丸めて鞄にしまい、黒髪にバレッタ留めの大人びた顔を取り出す。


 目元。頬。顎。ピッタリ貼り付いたのを確認し、人差し指で肌の『たるみ』を伸ばす。程よく膨らんだ乳房には背中から嵩上げの『パット』を押し込んで形を整え、背中を『ならして』お尻に少し膨らみを加わう。

 後はスーツを纏うだけ。飾りげのないベージュのノンストラップブラとショーツを纏い、ワイシャツ、パンツ、上着と澱みなく重ね着してゆく。


「ああ、あぁ、あ・あ〜」

 調律不足の声帯に刺激を与え、オトナの女の声に近付ける。産まれた頃から安定しない声色だ。何かキッカケを持って律し、ひとつの人格に固定する必要がある。

「良し」手鏡で自分を見やり、笑ったり目を細めて最終確認。何処からどう見ても担任の蜷川そのひと。これで準備は整った。

「季節外れの家庭訪問よ。さあ、しっかり話を聞かせて貰おうかしら」



※ ※ ※



「あら、こんにちは蜷川先生」

「この度は急な申し出をご容赦ください。アズマ君は……」

「部屋に居ますよ。呼びましょうか」

「いえ、訪ねたのは此方ですし。上がらせて頂いて構いませんか?」


 むふふ。我ながら完璧な教師っぷりに惚れ惚れする。アポなし夕方訪問だったけど、向こうのお母様はワタシを見ても何一つ疑おうとしない。

 何食わぬ顔で職員室に潜入し、生徒個々の連絡先を確保することなど、ワタシにとっては造作もない。素早くヒガシ君の家を割り出し、不登校を見兼ねたお宅訪問という体での潜入に漕ぎ着けた。

 後は何食わぬ顔でカレの部屋に乗り込んで、事の次第を問い質すのみ。こんなくらい、ワタシにとっちゃ朝飯前ですよっと。

 衝立で塞がれた部屋を避けて、二階にあるカレの部屋へ。完璧とは思うけど念の為。咳払いで声の調子を整える。

「北西君、辰巳高の蜷川明美です。お話を聞かせてもらえないかしら」

 ノックにも、蜷川先生の声にも反応なし。ドアに聞き耳を立ててみる。声はしないが掛布を払うガサガサ音を確認。カレは間違いなく此処に居る。

 ドアノブを触るも錠は下りていない。引きこもりというより登校拒否。だとすれば、『先生』のやることはひとつ。ぐずる教え子をお天道様の元に晒すことよねっ!


「ああ、やっぱり居た。北西君、あなた、何やってるの」

 窓とカーテンを締め切り、上下スウェット姿でヘッドホン装備。フローリングの床下に転がるあの掛布は、今の今まで包まっていた名残りだろうか。

 ここまでは想定の範囲内。さて、蜷川先生として何と諭してやるべきか。尤もらしい言葉が喉元まで出かかっていたのに、続く返しは向こうの方が一手早い。


「学校から逃げたら、家庭訪問で御用改めか。ご苦労なこった」

「え、え。何を言うの。私は」

「今更驚くことかよ。ダチならともかく、一日休んだくらいでセンセが出張って来るもんか」

「あ……」

 成る程、と納得させられた自分自身に腹が立つ。カワの上から化粧を乗せて、いつも以上に気合いを入れたのに、出鼻を挫かれ完全敗北。お母さんがあんな調子なら、キミだって同じだと思っていたのに……。

 もう、蜷川明美を演じる必要はない。気配を解いてマスクを剥がし、『苅野忍』の雰囲気に切り替える。


「バレちまったらしょうがない。そうさ、ワタシは――」

「話すことは何も無い。用がないならさっさと帰れや」

「うぉおい、最後まで聞かんかいっ」

 話の中途で興味ないねと打ち切って、床の掛布を拾い、芋虫みたいに丸まって壁の方を向くあいつ。

「折角お見舞いに来てやったんだぞ、顔くらいみーせーろーよーっ」

「黙れッ、揺するな、剥がすなぁあっ」

 ベッドの端から掛布を掴み、力づくで引っ張るけれど、そうはさせまいと必死の抵抗。名実共にクラスイチの『美少女』が見舞いに来たんだぞ。こんなサービスイベント、お前の人生でどれだけあると思っているんだよっ。勿体無くないのか、誇らしいと思わないのかよっ。


「お前、よくそんなこと、自分で言えるな」

「言うさ。言うともさ」それがワタシの人生だ。そうじゃなきゃいけないんだ。兎に角何でも良いから顔を出せ。苅野忍としてのプライドに掛けて、このままシカトで絶縁絶交エンドにはさせないんだからっ。

 うん? そういえばワタシ、何のために此処に来たんだっけ……?



「ヒトにトラウマ植え付けといて、なんつー勝手な言い草……」

 ワタシ自身困惑で頭を抱えそうになった時、掛布の奪い合いは此方に軍配が上がり、ヒガシが気怠そうな溜め息と共に此方を向く。

「ヒミツは守った。口外しないよう引き籠った。他は何だ? これ以上、俺から何を奪おうって言うんだよ」

「あ……」OK軌道修正。すべきことをアタマの中に再装填。

「違うよ。違う違う。奪うつもりなんてナッシング。今日はむしろ謝りに来たの」

「謝る? おまえが?」

「そ。秘密を守ってくれてありがとう。キミがそこまで従順なのには驚いた。あんな抜き打ちはもうしない。今後はもっと仲良くしようよ。人質取られてるからって、ずっと余所余所しくしてちゃ、ヒガシ君も辛いだけじゃなあい?」

 よし、言った。言ってやったぞ。天の岩戸で引き籠るヒガシノスケよ、ワタシの導きで現世に戻り給えー、なんつって。なぁんつってー。


「ふざけんなよ」

「はい?」

 あれれ。おかしいな。ワタシの計算ではこの後カレは自らの非を認め、布団を跳ね除けかの粗相を謝罪するはずなのに。なんで――、声荒げてそっぽ向くの?

「それで謝ったつもりかよ。ヒトにヒミツを強要しといて、どこまで高圧的なんだお前は。どうしてそれで、仲良く振る舞えるなんて思えるんだよ」

「や。いやいや、それは」

「言い訳なんか聞きたくない」吐き捨てて布団を被るヒガシの声は、拒絶の色濃くトゲトゲで。

「ああせいせいした。OK、バラしたきゃ勝手にやれよ。お前の顔を見なくて済むんなら、檻の中に居た方がずっとマシだ」

 なんだよ。

 なんなんだよ。その態度。

 キミの人生だろ。侵されちゃまずいんだろ。なんでそんな投げやりになれるんだ。

「何言ってんだよヒガシ。謝ったでしょ? アレは流石に無いなって、やり過ぎたってさ。なのに」

「なんでこうも話が噛み合わないんだろうな……」向こうのイライラは尚も増していて。

「お前の趣味にケチつけるつもりはない。けどな、仮にも美少女のカワ被って生きてるくせに、同じ年代の男子との接し方すら分かんないのかてめーは」

 イライラ口調が熱を帯び、もう黙ってられないとばかりヒガシが掛布を跳ね除ける。最初からそうしろ、それを待ってたと言いたいけれど、据えた目で此方を睨まれちゃ、滅多なことなど切り出せない。


「独りよがり。ナルシスト。ぼっち。ヒトの姿を借りるんなら、少しはその人の気持ちくらい汲んだらどうだ。

 ヒトの日常を滅茶苦茶にしやがって、疫病神は地獄に還れ。もう二度と俺の視界に入ってくるな。話もするな。お前のことなど忘れた。もう知らん。他人だ。もう他人なんだからな」



「な、なんだよ……。なんなんだよ……」

 胸が、締め付けられるように痛い。

 ナンデ? こんなキモチ、生まれてこの方覚えがない。

 怒られた。ただそれだけだ。怒られて、そう、怒られて――。


…………

……


 ――ああ、神様。我が罪をお赦しください。報いを受けよというなら如何な罰を受けます。私の息子に何故、このような……仕打ちを……。

 ――君が悪いんじゃない。誰にも、どうにもならなかったんだ。いつかはよくなる。きっと、いつか。


 ――☓☓☓、お前は! お前ってやつは! お母さんになんてことを言うんだ。さあ、謝れ! 謝るんだよ!

 ――あなたのその顔が醜い。マトモな子を成せなかった私自身が憎い。そして、それをめでたくも受容するお前自身がユルセナイ。


 ――あなたなんて、産まれてこなければよかったのに。


……

…………



「ああ、そっか」

 覚えがないんじゃない。覚えてなかったんだ。

 記憶をサナギに閉じ込めて。思い出すまいと押し込めて。

 やばい。なんか、やばい。喉元があつい。鳩尾の奥から噴水みたいに噴き上がって……。あっこれ止まらない。


「ごめん……なさい」

「あァ?」

 ごめん、ヒガシ。ごめん。堪えようとしたんだ。したんだけどさ。


「お前……、どうした、何があった!?」

「ごめんよ、ごめん。ごめん……なさい……」

 苦くてあついものが、口に含んだ嫌なものが、出て来て出て来て止まらないんだ。

 こんな筈じゃなかった。きちんと謝りたかった。ホントだよ。そうなんだ。そうなんだけど……。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。許して……ごめんなさい、ごめんなさい……」

・『このカワ、原理とかどうなってんの?』というご指摘をいただきました。

 なにかも現実に則して考えるとこんがらがってくるので深く考えずにお楽しみください。

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