『私だって、本当は……(上)』
俺カノ!? 完結したはずじゃ……。
残念だったな、特別編だよ。
とある事情で書いたは良いが、流れの中に組み込めずお蔵入りになっていたもの。
自粛自粛で暇してるひとたちの暇つぶしになれば幸いです。
時系列は#38の終盤と同軸か、#39の冒頭あたり。本編シナリオの重大なネタバレ等はございません。
「あの。宜しいですか、ドッペルさん」
「何」
コの字に置かれた三つの長机を挟み、鏡映しに同じ顔がふたつ。長く伸ばした黒髪に、化粧いらずできめ細やかな肌。見ていて吸い込まれそうな藍色の瞳。
「そろそろ。お友達になって一月になりますし、チアキさんとお呼びしても……」
「却下」
辰巳大付属高校現職二期目の生徒会長・明灯かがり。ワタシを嵌め、”なかみ”を引きずり出さんとした厄介な相手。憎っくき敵を前にして、どうして揉めずにいられるかって? そんなのワタシが聞きたいわ。
…………
……
…
「ああ、いたいた。ドッペルさーん」
「に、えっ?!」
前髪ぱっつんに両こめかみをリボン留め。眠たげな目にやや着崩した夏服。
どこの誰とも違うカワで、慣らし運転がてら学校を回っていてこれだよ。
「あ、明灯生徒会長……。人違いでは、ないですか?」
「その言葉。そっくりそのままお返し致します」丸きり他人の体を取ったのに、かがりの目は決断的に光っていて。「我が校に在籍する生徒の名前と顔は一人残らず頭に入っています。なのに、貴方の顔に覚えが無い。つまり」
皆まで言わすな、とでも言いたいか。その瞳はワタシの顔を真っ直ぐに見据えたまま動かない。
「あー、アー……。わかったよ降参降参。これ以上追求しないで」
ため息と共に雰囲気を崩し、下ろしたてのウイッグを掻き上げる。
「あんまり外でそう呼ばないでって言ったじゃん。ただでさえ自由に動けないんだから」
不本意極まりない取り決めだが、ワタシがワタシと生きるため、"ドッペルさん"は辰巳高生徒会の軍門に下ることとなった。藪を突いて変なやつに絡まれなくなったけど、代わりに好き勝手な行動は原則ご法度。
ヒトを騙すな。善行に励め。後は校内のパトロール。まるで保護観察処分中の犯罪者みたい。自由にしろと言っておきながら、右の脚には鉄球付きの鎖で繋がれて。詐欺だよなあ。詐欺でしょ、詐欺だよねえ?
「私としても、そちらで済ませたかったのですが」悲しげな顔で端末を取り出し、「何度連絡しても、お返事を頂けませんでしたので」
「あ……」
これ見よがしに掲げられた液晶画面には、ワタシと個別で会話する用のLINEグループ。それが縦一列、総て奴の名前で埋まっているとなれば。
「心配したんですよ。もしかして、正体露見を苦に辰巳を去ってしまったのかとか、スマホの方を紛失されてしまわれたとか……」
なんで此方から連絡することが前提になっているんだかがり。お前は何だ、精神病のカウンセラーか。子の総てを束縛したがる毒親か。
「あのね。確かに連絡先を交換したけどさ、あれはカレに促されて仕方無くだったからなの。ナンデいじめっ子と恒常的にメッセ送り会う仲になんなきゃいけないのさ」
必要に駆られたからとはいえ、ワタシを精神的にいたぶった人間と、どうして仲良くしなきゃならんのか。冗談じゃない、二度と触れてくれるなと踵を返すが。
「成る程。仰っしゃりたいことは解りました」
「に、ぃっ?!」
背を向けたワタシの手を両手で掴んでそれ以上先へと行かせない。
「過去の所業……。貴方が私をそう認識してもしようがないことです」
全く悪びれる態度を見せず、決意に燃える瞳を添えて更にひとこと。
「ならば過去より今! 合縁奇縁で結ばれた仲ですもの、仲は良いことに越したことはありません」
「はァ?!」
結局奴に押し切られ、あれよあれよと連れて来られたのは生徒会室。遺憾の意でかがりに化けて、絶対にしそうのない顔をしているのだけど、向こうは全く意に介さない。
…
……
…………
そうして、今に至る。強制連行したくせに、ワタシを見つめてニヤニヤしてさ。ペットか何か? 飼い猫を観て一喜一憂するやつ?
「あまりヒトをからかうのもいい加減にしろよ」理由もなく軟禁されて、ワタシの我慢もそろそろ限界。声の調子をコイツのものに切り替えて……。
「ライブ配信オン! 明灯かがりセット! 見てろォお高く止まった生徒会長ォ〜〜。今から! この! 『私』がッッ」
夏服の上ボタンふたつを開けて大顕わ、膝下のスカートを捲り上げ、品性の欠片もない下劣な表情。そこに奴の柔らかく淑やかな声質を組み合わせ。
「『動画をご覧の皆様、よぉく目に焼き付けてくださいまし。これが! 辰巳高生徒会長! 明灯かがりの、本! 性!!』」
ざまあみろ明灯かがり。これでお前の評判はガタ落ち確定。ドッペルさんに縋って二期目を得たお前を、そのごたいそうな椅子から引き摺り下ろしてやるんだからっ!
そうしたい。
そう、したいのだけれど!
「く……おおおおおおっ!!!!」
醜態を晒すより早く、配信を落とし、服を正している自分に心の底から腹が立つ。ガチで嫌いな相手なのに、穢してやりたいと思っているのに、『そのひと』であろうという気持ちに敵わない。
美柳先輩の時も、コイツも、ゆー姉の時も。元を知り、それが別に居るとなると、オリジナルを無視して動けない。カンペキであるために、どうしても私をころしてしまう。
「まあ。ドッペルさんってば、優しいんですのね」
それを知ってか知らないか。かがりの奴、咎めもせずニコニコしやがって。滑稽か? 己の欲よりバレないことを優先したワタシが、結果何も出来ず唇を噛むこのワタシが!!
「つーかさ。結局何でワタシを呼んだワケ。鏡見てゲラゲラ笑うんなら、被服室でやってくんない」
「あ……ああ」やれやれ、ようやく本題か。苛つく笑みを普段通りに戻し、居住まいを正すと。「ドッペルさん。あなたにはずいぶんと助けられてきました。こうして生徒会長という職に就けているのも、あなたという存在あってのもの」
「何だよ、今度は褒め殺し?」事実だから嬉しくも何ともない。「そんなこと言われてもね、お前と仲良くするつもりなんてないから」
「いえいえ、そんなことは」一方は凄んで見せ、もう一方が大手を振って否定にかかる。ジキルとハイド、またも登場。
「今日はですね、功労者であるドッペルさんに、少し……恩返しが出来無いものかと思いまして」
「怨?」
「いえ、恩です。恩赦の方」
今頃になってワタシに恩返し? コイツが、ナンデ?
「前々から考えてはいたのですが、神出鬼没で行く先知れず。アプリの応答も無いものですから、企画を立てようがなく」
「くどい」前置きの長さは育ちのせいか? いつまで経っても話が進展しない。「結局何なの。本題を言ってよ」
「『ヒガシ君』」
「ぎょっ?!」
や、や。確かに早くしろと言ったけどさ、いきなりそのワードは無くない?! ABすっとばしてEまで行ってるじゃん!
「その反応。やはりそうなのですね」
「な、何が言いたいの」
鏡写しに同じ顔が慌てふためくのを見て、コイツはビビったりしないんかな。何をしようがニコニコ顔で正直ちょっとコワくなってきた。
「恩返しをさせて頂きたいと言ったでしょう。求むるものが恋ならば、微力ながらお助けしたいと思いまして」
「はァ?!」
まっ、待てよ待て待て。ナニソレ意味分かんない! 「オマエが、ワタシの、手助け?! しかもその、ここ」
「恋」どもるワタシにぴしゃりと補足し、「ひとりで思い悩むより、他の誰かと話した方が良いかと思いまして」
「勝手に話を進めるんじゃあないよ。だいたいあんたさ、そーゆー経験ちゃんとあんの?」
ヒトの振り見て我が振り直せ……。ってそりゃ別の諺か。とかく、制服の下に年がら年中ジャージ穿いて、奉仕活動に精を出すお前に、的確なアドバイスが出来るとは到底思えない。
「そう来ると思っていました」なのに、奴はその笑みを崩すことはなく。
「確かに、私には殿方に恋い焦がれた経験はありません。『ない』ものを有るように口添えするのは相談者に対し失礼です」
そうだよ、そりゃそうだ。というか自分で言ってて肯定するんじゃあないよ。前提から崩れるんじゃんさ!
「ですが」かがりの高説は止まらない。「それ相応の、相談役がいるとしたら……?」
「相談役?」
間髪入れず、生徒会室の門を叩く者の姿あり。かがりはそちらを見ずに『どうぞ』と招く。
「や。ゴメンね遅くなった。進学の書類でちょっと手間取ってさ」
「いえいえ。『ドッペルさん』も今来てくださいましたし。忙しい中ごめんなさいね、真帆」
現れたのは長い黒髪を後ろで束ねた背の高いオンナ。夏季になり、上下をブラウスとスカートで分けたうちの制服をゆるく着崩し、右の足首に包帯を巻いたあのオンナ。
あの姿には覚えがある。あぁそうだ忘れるものか。チアにかまけ、ホンネも言えず、ひとり潰れかけていたあの女!!
「気にしないで。珍しく『かがり』の方から頼んでくれたんだ。無碍になんて出来ないでしょ」
「相変わらずのカッコつけ。良いんですよ、ここには私たちしかいないのですから」
えっ。何この何。知り合い? トモダチ? そういう仲? 目と目を合わせてする会話がイチイチアヤしい。
「で、ここにかがりがもう一人居るってことは」
「はい。そういうことです」
微笑み浮かべてこっち視るなよ。最早驚きすらしないのか。中身が割れてりゃ怖くないのか。
「久し振りだねドッペルさん。まさか、かがりの顔で再会するとは思わなかったけど」
美柳真帆。元チア部のリーダー格。昔その顔を利用したあの女が、どうして生徒会長と一緒にいるんだ!?




