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俺の彼女は《カノジョ》じゃない  作者: イマジンカイザー
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#5 キミのこと、ずっと見てるからね♡

「さ、さ。こっちこっち」

 見ず知らずの同級生に連れられて、足を運ぶは駅前のちょっと小洒落た喫茶店。使い古され、渋い色合いの四人掛けテーブルが三つ。二人用が四つ。店長が焙煎する様を間近で見られるカウンターには席五つ。客入りはまばらで、BGMといやあ頭上でからからと鳴るシーリングファンくらいのもの。

「ほらほら、座って座って」

「お、おう」

 彼女の指定で窓際端っこの二人席に座し、店員からメニューを受け取って、暫しラインナップを目で追った。


「そんじゃ、えぇと。何にしようかな」

「いーよ、いいよ。好きなの頼んで。一杯までなら奢るから」

「うぇっ!? いや、でも」

「遠慮はノン・ノン。こっちが来てってお願いしたんだし。これくらいさせて」

 そこまで言われて断れるわけもなく。向こうが即断でエスプレッソのダブル(見た目に反して渋いチョイスだ)を選ぶ中、俺は少し悩んでカプチーノを指差す。


「へえ意外。ブラックの一杯やニ杯よゆーだと思ってた」

「カフェイン苦手なんだよ。あんまりキツイとカラダが受け付けなくて」

 注文を済ませて店員を追い払い、少し口調が砕けてきたところで、家川のばが話を切り出した。

「それでさ。アズマ君はどこまで知ってるの? 苅野さんのこと」

「どう、って言われても……」

 珈琲を奢られて何だが、『苅野忍』のことなら他のクラスメイトと似たようなことしか知らん。

(有名読モの姿を借りて)容姿端麗、勉強は出来、女子らに囲まれてもボロを出さずに溶け込んでいる。他の男子らに好意を寄せられてもさり気なく躱して敵もいない。ここ数日見ていてわかったのは、これくらいか。

「違うでしょ」

「はい?」

「キミは、もっと何か凄いヒミツを握ってる。わたしはそう睨んでるんだけどなあ」

「むむ」やはりそう来たか……。通り一遍の情報だけなら、俺みたいなストーカー予備軍に訊く必要もない。

「あれ、ピンと来ない? じゃ、わたしからも情報提供。苅野さん、今はもう廃校になっちゃった戌亥高に入り浸ってるんだって。一度興味本位で忍び込んでみたんだけど、気付かれたのか見失っちゃってさぁ」

 そこへ来て、のばの人差し指が俺に向く。「で。アズマ君もよくそこへ行くって情報も持ってる。ここまで来て自分は関係ないなんて言わないよね? よね?」

「間違っては、いないが……」

 予想通りの展開ではあるが、図星を突かれて気持ちが良い訳がない。この口ぶりじゃ、『カワ』のことまで知られてるかもしれん。

「折角珈琲まで奢ったんだもん。しっかりした答えをきーきーたーいなーっ」

 思い切って、秘密を打ち明けてみるべきか? 同じ謎を追っている人間ならば、この秘密を共有する仲間になれるかも知れない。

 だが、バレたらどうする。今も動画は奴の手中。人づてに知れれば俺も無事じゃあいられまい。

 待て待て。逆じゃあないのか? 独り悩んで迷って、解決できる問題から目を背ける方が間抜けじゃないか? 先手を打ち、チアキを出し抜くことが出来たなら――。


「家川さんだっけ。あんたの言ってることは……正しいよ」

「おっ。あたしってばナーイス。何か、知ってると見て良さげかしら?」

「けど」それでも、即答出来ない自分がいて。

「けど?」

「約束してほしいことがある。君が新聞部で、スクープを狙う気持ちも解るよ。でも、記事には……しないでほしいんだ」


「ほああ。そりゃあどんな了見で?」

 彼女は不思議そうな顔で俺を見、今さっきテーブルに並んだエスプレッソに口を付ける。そりゃあ確かに意味不明だろう。こんな前置きじゃ数刻だって持たせられやしねえ。

「あの子……苅野さんさ、あんまりその、人前に晒したくない秘密を抱えているみたいなんだ。記事で拡散されたら学校にいられなくなってしまう。そう言えば、分かってくれるか?」

「なーんか、ずいぶん含み持たせたよね」当たり前だが、家川はだいぶ不満げで。「悪いけど、何もかも包み隠して取材拒否はノン。他言するなっていうんなら、もっと尤もらしい理由がなくちゃ」

「むむ」

 正論故に言い返す弾も無い。やはり、見栄を晴らす正直に話すべきか? 向こうに如何な言い分があろうとも、こちとら将来がかかっているんだ。遠慮して我慢する方が阿呆らしい。


 ――こんな家になんか、産まれなきゃ良かった。オヤジもオフクロも、アニキでさえも何も分かっちゃくれない! オレのキモチも知らないで、なんなんだよその言い草!


 あぁ畜生。なんでこんな時に『ヒカル』のことを思い出しちまうんだ。ベツモノだろ!? 悩みの種類も性別も! しかもこちとら続く高校生活握られてるんだぞ!? ヒミツなんて、守るだけ馬鹿じゃねぇか、追い出した方がラクじゃないのか、あぁ!?


「ごめんな、家川さん。それでも、答えられないものは答えられない」

「どーしてよ」

 傍から見れば意味不明に映るだろう。俺自身、頭と身体が互い違いに動くような感覚を味わっている。

「俺のことは幾ら疑ったって構わない。けどさ、流石に友達のことは……売れないよ」

「ふーん」

 眼鏡越しのその瞳に映るのは、あからさまな不安と諦念。それと少しの……喜びか? のばはエスプレッソをずずと啜り、気怠げにため息ひとつ。

「イイセン行ってると思うけど。何か知ってて隠すのに、転校生で友達って、動機がちょっと弱いんじゃないの?」

「それは……」

「もしかしてアズマ君。苅野さんと特別な関係にあったりするわけ? 友達なんかじゃなく、もっとこう……。そう、恋人?」

「ややや。違う、それは間違いなく違うからッ」

 流石は新聞部、痛いところを突いてくる。ここから続く言い訳はなんだ? 恋仲だって言ってやるか? セイセイセイ、そもそも『これ』は違うだろ。向こうだって否定するだろうし、俺だって認められん。


 では、この状況を如何に躱すか? 出ない答えを空に彷徨わせていた最中、窓越しの外にうちと同じ高校の生徒が三人。此方に気付かず通り過ぎた。

 目の前のこいつと同じ制服の女子だ。栗色の三つ編み少女を真中に据え、何やら楽しそうに笑っている。

「ん……?」

 待てよ。栗色? 三つ編み? その容姿には見覚えがあるぞ。ここに赤渕の眼鏡が加わりゃあ――。



「あーあ。もう少しだったのにあ」



 考えてみれば、簡単なことだった。

 これまで、あのポカミス以外何もかもパーフェクトにこなしてきた奴が、今になって尻尾を掴まれるなんておかしい。

 苅野のことならともかく、俺のことまで話した時点で、既に気付いておくべきだったのだ。

「まあ、いっか。聞きたいことは聞き出せたし、合格だよ『ヒガシ』くん」

 既に、家川の優しげな口調はそこにはない。中性的な低い声で、テーブルの下に身を隠す。

 べり、べりと粘着テープを強引に剥がす音が響いたかと思えば、エスプレッソのすぐ隣に肌色の薄いゴム溜まりと、栗色のかつらが分別されて現れた。続いて空気の詰まった風船二つ。考えたくはないが、アレはそういうことなのだろう。今それはどうだっていい。

 そして、再びテーブルから見せたその顔は。

 その、顔は。


「まさかこんなコテコテの手にかかるなんてさ。ヒガシ君も男の子だなあ。ねえ?」

 苅野忍の『カワ』を被った不審変質美少女、『チアキ』さまのご登場かよ。勘弁してくれ……。


※ ※ ※


「勘弁してくれ、ねえ。よくもまあ、そんなことが言えたもんだ」

 家川のばから完全に調子を戻し、苅野忍の雰囲気を纏ったチアキが、俺を射竦め不敵に笑う。

「ワタシは前に言ったよね。証拠は既にクラウドの中にある。下手を打てば直ぐに開示してやるぞって」

 それは前にも聞いた。携帯端末で撮影された(やつが言うには)俺がコイツに性的暴行を行った映像。それ故俺はチアキの秘密を漏らすことは出来ない。

「けどそれと、今この状況と何の関係がある」

 そもそも、どうして姿を偽って現れたのか。点と点が線に結び付かずイライラする。

「は。そんなの、ワタシの口から言わせないでほしいな」チアキは嫌味な目付きでにんまり笑うと。

「あんな口約束で信用出来るほど、ワタシはチョロくないってこと。現にキミはワタシを舐め回すように目で追って、その様子を友達に咎められている。ここらで一つ、灸を据えるべき頃合いだと思ったのさ」

「それが……。家川のば、ってことか?」

「Exactly(その通りでございます)」

 少しずつ、事態が飲み込めてきた。

 約束はしたが弱みを握らんと狙う俺が気に食わないチアキは、家川のば(ばけのかわ)の姿で俺に接触。

 第三者の体で苅野忍じぶんを探るフリをして、俺がゲロるかどうかを試していたということらしい。

(だからこそ、合格だって訳かい。えげつねえ)

 裏切者かどうか探るために、キャラひとり作ってそっくりそのまま成り切るとはね。間近にした俺ですら、言われなきゃ気づけたかどうか。


「その様子じゃ、友達連中にも滅多なことは話してなさそうだね。ああ、よかった。全部ワタシの杞憂で」

「よかった、って」拳を振り上げ、殴ってやろうかと思った。衝動的にそうしなかったのは、きっとそのくらいじゃ毒にも薬にもならないだろうという諦めからだ。こいつを常人と同じ尺度では測れない。

 テーブルの下で握った拳を、振るう場所なく解いて広げる。チアキとお近付きになるってことは、これを受容しなきゃならないのかよ。


「冗談じゃないぜ、まったく」

 もう、二人でお茶をなんて気分にはなれなかった。程よく温まったカプチーノをぐいと飲み干し、勝ち誇る奴を睨んで席を立つ。

「あれ、もうお帰り?」

「他にすることねぇだろ」

 珈琲はお前の奢りだって言ったな。だったら俺には関係ない。明細をチアキに突き出して、向こうの顔も見ずに回れ右。

「はいはいお疲れー。これからも、ワタシはずぅっとキミのことを見ているからねー」

 それが別れ際の捨て台詞であることは何となく察しが付いた。けれど、コイツにはそうするだけの技能がある。コケ脅しをそうだとは思わせないチカラがある。

 これから、奴に四六時中見張られながら過ごすのか。俺はなんだ、犯罪者か? 未遂なのに、もうこんな扱いなのかよ。


 冗談じゃないぜ、冗談じゃ……。

・家川のば

けかわのば

ばけのかわ


安着でいいんです。どのくらい違う人間に成り替わるか、わかってもらえれば。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひとまず五話まで。 家川のば、はやくも新聞部系新キャラでアズマくんピンチなの!?!? と思ったらこのオチ……! よく考えたらチアキの性格的にも作品の設定的にもあり得る話だったのに普通に騙され…
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