エピローグ・踏切後から
なんとびっくり。本章は『#0 プロローグ・踏切前にて』の直接の続きとなっております。
前話を読んですぐでも、プロローグに戻ってこちらを読んでからでも難なく繋がる……はず。
一年と二週間ものあいだ、最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
「あのさ、ヒガシ君」
「どった。急に改まって」
背後の踏切が再び閉じて、耳障りな警告音を打ち鳴らす只中。戯けた調子で包み隠してきた本音が『それ』が顔を出す。
もう、ボクとヒガシ君を遮るものはない。北西ヒカルも、お父さんもお母さんも、笑ってボクたちを祝福してくれるだろう。
けれど。こればっかりは人任せじゃ終われない。カレに言うんだ。ボクの口から、はっきりと。
「前に、話したことあったでしょ。ボクは1275グラムの未熟児で、手術じゃハンデを克服出来なかったって」
「ああ、聞いた」
だけど、今更何故その話? そりゃ関係があるからさ。と言うかそれがそもそも本題。
「それはもう昔の話で。あれから人並みに暮らして来てさ、やっと手術に耐えられるカラダになったんだ。だから、もう、同意さえあれば……なんとか出来るんだよ。お金だって、自分で稼いだ蓄えが、あるし……」
「話が見えないな。何が言いたい」
このにぶちん。ここまで来たらノリと雰囲気で察しが付くだろ。ボクにそこまで言わせんなっつーの。
しょうがない。しょうがないなヒガシは。ごくんと唾を呑み込んで、目を瞑って下を向き。「性転換の手術! 受けようかって思ってるの! それが言いたかったのに! 最初のひとことで気付けバカ!」
「はあ?!」
ああ、言った。言ってしまった。って、なんで自分で落胆してるんだ。ソレ込みで話したんだろうが。後はもう進むだけでしょうが。
「ごめん……。馬鹿はちょっと……言い過ぎた」
咳払いで居住まいを正し、あぁそれでもカレの顔を観るのが怖い。
「やっぱりさ。このままじゃマズいと思うんだ。ボクはいいよ。けれどヒガシ君は。オトコだかオンナだか曖昧なニンゲンをカノジョにして、キミは」
答えを聞くのが恐い。続く言葉が怖い。それでも話すのを止められない。カレは何と言うだろう。ボクはそれを受け止め切れ――。
「はぁ? な〜に言ってんだよ、お前」
「ふぇ?」
返ってきた言葉は、予想外に朗らかで。こちらとしては相当思い詰めて言ったのに、向こうさんはだからなんだと素知らぬ顔。
「ナニって何だよ。色々あるだろ。結婚したって子どもは出来ないし、この国じゃ法律上夫婦にはなれないし、この中身はあんな顔。時間はかかるけどさ、ちゃんとオンナになれば……」
「だから。それが何だっつってんの」もう言うなとばかり右掌で口を遮って。「俺は、それ全部引っくるめてスキになったんだ。子どもが何だ。お上に認められないから何だ。俺はお前を愛してる。それが総てだ。他に何が要る?」
これ以上なく簡潔な答えだった。ぐうの音も出ないとはこのことか。カレは本当に気にしていない。今更。何もかも今更だったんだ。
「ごめん。ごめん……ヒガシ君」
「うおっ!? イキナリ泣くなイキナリ! 俺何かした? 俺が悪いの? えっ、えっ!?」
悪くない。君は何も悪くない。"ワタシ"はワタシ。君が求めてくれるなら。継ぎ接ぎだらけで、嘘つきな『苅野忍』を認めてくれるなら。
「ヒガシ君」溢れる涙を少し堪え、泣き顔の上から笑顔を造り。
「何だよ。だから俺は……」
――ワタシ、キミのカノジョでよかった。
「は、あ、あ?!?!」
困惑するカレに不意の一発。夕陽をバックに微笑んで。どもりも濁りもない声で。ヒガシ君ってば面食らって目を白黒とさせてら。
「お前さ、今日は何なんほんとに! 心臓か!? 俺の心臓テクニカルに攻めてナニする気!?」
「別っつにー。そう思うのなら、何かやましいことがあるんじゃなーいのー?」
無神経に『どうでも良い』なんて言うからだ。絶対に正解なんて教えてやんない。知りたきゃ察して見るがいい、この超絶にぶちん鈍感マンめ。
「なんでもない。別に、なんでもないよ」
ああ、この一瞬がずっと続いてくれたらな。
※ ※ ※
「チアキお前さ。結局アレ、どうなったんだ」
「父さん母さんの答え待ち。ここんとこ連絡返してくれないからさ」
衣更着夫妻にニセモノの戸籍で作った仮住まいを解約され、根無し草になったチアキは、あれからなぁなぁでウチに居候し続けていた。
母さんは「ヒカルが帰ってきたみたい」と喜んでいたが、一応彼氏彼女の関係である俺たちが、流されてずっと同棲というワケにもゆかない。チアキの方から親に連絡をしたらしいが、「暫し待て」という端的すぎる一言で止めっぱなしにしているのだという。
「ま。いいじゃん。学校以外四六時中、ヒガシ君と一緒に居られるんだもん♡」
「そりゃあ、別に……悪くは、ないけど……」
あれだけ離れろって言ってたくせに、この不自然な間は何なのか。不気味極まりないし、俺の理性もどれだけ保つかわからん。
「で? で? 今日はナニする? キミに任せると夜は全部ヒカルになっちゃうしなー」
「はァ? べ、別にそんなじゃなくね? 言っても二日に一度くらいだろ?!」
「はいダウトぉー。自分の彼女に週三で妹”プレイ”させてる時点で何の説得力もありませーん」
「プレイっていうな! インモラルな響きで言うなーッ」
それもこれも、向こうの家が何も言って来ないからだ。あの過保護さ何だったんだ衣更着夫妻。アンタんとこの子は、今カレシを変質者呼ばわりしてケタケタ笑っていやがるってぇのに。
などとくだらない会話を繰り広げ、共通の自宅が見えてきた、その刹那。
「トラック……?」鳩のマークの何とやら。引っ越しのやつか? 夕暮れ時に珍しい。
「あれ、ウチの真ん前だよね。何か聞いてる?」
「いんや」お前にとっちゃこっちも”ウチ”か。「しかし、言われてみりゃそうだな。道路を挟んでお向かいさんなのに……」
そこまで言いかけ、妙な考えが頭をよぎる。セイセイ、そんなわけがあるか。固まりかけた疑念を振り払ったところで、玄関前に立つ母さんと目が合った。
「あら。おかえりアズマ。チアキちゃん」
「おう」
「ただいまです。おかーさん」
最早、チアキが母さんに挨拶する様すら見慣れてきたな……。や。問題はそこじゃない。
「何その包み。どっかからの貰いモン?」
「ああ、これ。お向かいの苅野さんから」
「苅野……」うん。いや、ちょっと待って?「苅野さん?! 今カリノさんって言った?!」
「ええ。これからお世話になりますって。凄いのよ。フランスの超高級チョコレート」
あらァ、まあなんて上等なお菓子~……。じゃねぇよ! 違うところが違う!
苅野ってこいつが作ったニセの苗字だろ? 世を忍ぶ仮の姿、から派生しての苅野だろ?!
なのになんで! そんなやつがうちのお隣に越してくるワケ?!
「チアキ、聞いてたか?」
「いやいや。ボクが聞いてるわけないでしょ」
だよなあ。
だよねえ。
ナンデ? ねえナンデ?
子どもの為にここまでする?
「おかえりなさい、”ちあき”」
「今日からここが、私たちのおうちよ!」
ああ、呼んでもないのに二人ともご登場かよ。感じの良い夫婦の体を装って出て来やがって。
「やあ、君がちあきの彼なんだって?」
「うちの子が大変世話になりましてェ。私は苅野”さやか”。こちらは夫の苅野祐樹」
改めて、俺は恐ろしい連中を相手取っていたんだなあと思う。
ここまでやる? 子どもの安寧の為に戸籍も名前も偽って、元々そうだった体で振る舞うの。
世間一般の親ってこんなもん? チアキんとこがおかしなだけ??
もう諦めていたことだけど。別に必要ないことだけど。
これからしばらく、戌亥の旧校舎には近づけなさそうだ……。
○俺の彼女は《カノジョ》じゃない 完○




